46 352-08 夏だ!海だ!バカンスだ!容赦なしだ!(2461)
バカンス! 王族でもなかなか旅行を楽しむことなど出来ない。
そもそも、危険だからだったが、それでも旅は人を惹きつけるようで、旅をする人はいた。……ごく稀に。
「行ってきまーす」
「ああ、ナスターシア。これを持ってゆけ。海の必需品じゃ」
お爺様はとても軽い小箱をくれた。なんだろう……? ま、いいか。
明け方、フェリアを出発して、セルヴィカまで10日間。野営8回、途中王都で宿泊と補給をする。
ナスターシア、マルセル、リュシス、護衛のロジェ、馭者としてアラン、そして何故かジョエルが護衛としてついた。もっとも、このメンバー構成で護衛が必要とも思えないのだが、お爺様の計らいでつけられたようだ。
馬車は1台で、護衛はそれぞれ自分の馬に荷物を載せて歩いた。
野営では、ジョエル様といっぱいお話出来そうだ。
王都では、フェルナンド兄様とお話しも出来た。だが、相変わらず殺人的な忙しさのようで、体が心配になる。
王都を出て、二日。
いい加減、変わり映えのしない景色に飽きてきたとき、それは起きた。
「おい!」
川沿いの街道を移動していると、反対側の森の中からわらわらと10人ほどの盗賊団が現れた。
フェリア周辺では、夏に盗賊がでることはまずない。基本的に農閑期に、餓えた農民が徒党を組んで商人や町を襲うのが定番だ。最近は、それもなくなった。
だが、夏の最中に奴等は現れた。
アランは、馬車を止め、剣に手をかける……。
「なにか用か?」
ジョエルは、静かに怒っている。
「お前ら、荷物を置いて王都に帰るんだな。さもないと……」
「どうかしたの?」
「ナスターシア!出てくるな!」
ぼんやりしていたナスターシアは、うっかり顔を出してしまった。
「うひょーっ! こりゃ上玉じゃねぇか!? 兄ちゃん、女も置いていけよ。俺がかわりに気持ちよくしてやるぜ」
「馬鹿なことを! 命が惜しくないならかかってこい!」
ジョエルが剣を抜く。鎧は手足とチェストプレートのみの軽装である。盾も持たない。
「この人数相手にやる気かよ? 上等じゃねぇか!」
盗賊団は、さしてガタイがいいわけでもなく、数で押すタイプのようだ。頭目と思われる男は、目配せで合図する。
一斉に襲いかかってきた! 息はぴったりである。
アランは、すかさず剣を手に馬車から飛び降りる。
賊の初撃を受け止めることもなく、そのまま躱して腕を切り上げる。
さらに、もう一人と正対し牽制した。後ずさりしているので、正面から上段の一撃を喰らわせると、剣ごと叩き切ってしまった。
ジョエルは、頭目に向かって真っ直ぐに突き進む。
初撃を剣で弾き、弾きあげた体勢のままオフサイド(左手側)で喉に突きをお見舞いする。切っ先は、ブレることなく正確に喉を貫いた!
剣を抜きつつ、向かってくるもう一人を足蹴にする。
賊が体勢を崩した隙に、のしかかり剣の根元で頸を掻いて仕留めた。
ロジェには余裕があった。
向かってきた二人うち一人と剣を打ちあうと、あまりの力に相手の腕から剣がこぼれ落ちてしまう。ニヤッと笑みを浮かべるロジェ。
もう一人は、突きかかってきた剣をかわし、足を引っかけて転倒させた。余裕をもって背中から剣を突き立てる。しっかりと二度。
ナスターシアは、馬車の荷台からラペルダガーを投げつけた。
恐るべき正確さで賊の顔に命中する。一人、二人……。
さらに神力を自身の体に使って飛び降り、加速。動きが速すぎて剣を振るタイミングすら与えない。一人のみぞおちに肘を叩き込む!
神力で加速し重さを増した一撃は、強烈だったが倒れなかったので、今度は掌底を顎にぶち込みに行く。ヒットし、歯がこぼれ飛ぶ!
賊は意識が飛ぶ直前のほんの一瞬、ナスターシアが近くに来たことが嬉しかった。
「汚ぇ!」
怪我を負ったり、戦意を失った賊四人が、ひぃーっ!と悲鳴をあげながら逃げ去っていく。
一瞬の出来事であった。
終わったかな? と思ったが、ジョエルは賊にトドメを刺して回っていた。意識を失っている二人は、後ろ手に縛っておく。
「聖ナスターシア。さっき、『汚ぇ!』とか言いませんでしたか?」
マルセル兄様が突っ込む……。冷静すぎる!
リュシスは、マルセルを抱きしめていた。……あざとい。
(私もそういうキャラになりたい……)
「お前ら、容赦ねぇな。ちったあ手加減てものをだな……」
ロジェが面白がる。そういいつつも、案外それぞれ手加減していた。
「仕方ないです。襲ってきたのは彼等です。神の御許へ旅立っていきました」
「お前が一番怖えわっ!! ジョエル!!」
「どうしましょう? 一応、道の脇にどけておきますか? 邪魔ですし……」
アランは真面目だった。少しズレてはいるが。
「そうだな」
賊とはいえ、死体を見るのは気分のいいものではない。
きちんと葬ってやりたいところだが、道具もない。
仕方なく、腕が無事な遺体は腕を胸の前で組ませて、道ばたの花を供えてやった。
「行こう!」
ナスターシアが馬車に乗ろうとしたとき、ジョエルの馬がそばにいた。鼻水を垂らしていたので、思わず身構えるナスターシアだったが、馬はとくに何もしない……。
一行は、現場をあとにして、再び移動を始めた。
「次は、ナスターシアは参加しないでね。私が全員無力化するから」
「お兄様がやると、ジョエル様とリュシスが巻き添えになるんです!!」
「えっと、私平気です」
「なんでよ? いつの間に?」
「えへっ」
ジョエルが先手を打って、皆の言いたいことを予想して返す。
「私は、カイル様以外の神に信仰を捧げる気はない」
はっ!とリュシスが何かに気づく。
「ひょっとして、カイル様の御使いとしての聖ナスターシア様は、信仰の対象ですか?」
「無論だ」
ジョエルを除く、一行に微妙な空気が流れた。
恋愛対象は特急列車のように通り越し、信仰対象になったらしい……。
「私とて、その真のお姿を一目拝見したいと思っている……」
(あは! ジョエル様、かわいい)
途中、もう一度、夜盗に襲われたが、むしろ気の毒なのは夜盗の方で、やっぱりすぐに返り討ちに遭ってしまった。
田舎は、おっかない……。
途中、雨にも見舞われたが、予定通り10日で港町セルヴィカに到着した。