43 352-07 建国祭 まさかの後始末(2593)
ローディア王からの出頭命令を受け、ナスターシアとヘロン達は王宮へ向かった。
彼等が案内されたのは、昨日宴が催された大広間ではなく、謁見の間であった。
謁見の間は、広さこそさほど広いわけではないが、威厳のある調度となっている。真ん中には、真っ赤な絨毯が真っ直ぐ玉座の前まで敷かれ、そこから三段ほど階段になって上ったところに、重厚な玉座が鎮座していた。
今は、玉座は主の体をしっかりと支えている。
入り口の大きな重いドアが開けられ、ナスターシア達が進むと、中には昨日出会った諸侯等が正装し整列して待っていた。
(回れ右して帰りたい……)
衛兵に促され、三人は王の前へと進まされる。
ナスターシアが歩くと、独特なみずみずしい薔薇の芳香が誘うように漂う。
王子達と王女達もいる……。ふと、第二王子のシャルル殿下と目が合うと、悪戯っぽくウインクされた……。
「本日呼び立てたのは、ほかでもない、昨夜現れたという『大聖堂の天使』についてである」
王の横に立つ輔弼が、用件を伝える。基本的に王は、市井と直接言葉を交わさない。
さらに続ける。
「市民が申すには、両替商ヘロン=アキナスが孫、ナスターシア=アキナスが天使の化身であるとのこと。相違ないか?」
いきなり核心を突いてくる!!
どうしたらいい? と、ナスターシアはヘロンを見遣るが、ヘロンは前を見据えたままだ。
「相違ないかと聞いておる!」
ヤバ!
「そ、相違ありません……」
と、ナスターシアは言った。
(あーっ、言っちゃったぁっ!! どうなるの~?)
謁見の間は、居合わせた者のどよめきで満たされる。
「で、では、今ここで、天使の姿を顕現してみせよ!」
「え、あ、あの! あの時は、とにかく子供達を助けたい一心で! その……」
焦る!
「では今は余の危機じゃ。助けよ」
突然、王が言葉を発し、参加者を驚かせた。
(なんだかんだ言って、見たいだけじゃんっ!!)
「……はい」
仕方なく、ナスターシアは純白の羽をフォームして見せた。
一同は、その姿に目を見張る。
神々しいまでの美しさに息を呑む。
裾の長い純白のブリオーのドレープの上に、白銀の艶めく髪が垂れ、白鳥のような大きな羽根は流麗で、揺らめくアメジスト色の瞳は吸い込まれそうだった。
ナスターシアの薔薇の香りが、部屋全体を覆う頃、言葉を失って眺めていた諸侯等は、我に返った。
「おおっ!! ナスターシアよ。なんと、神々しく美しいのだ! 其方の前では王宮の庭に咲く大輪の薔薇も、恥じて散ってしまうだろう!!」
薔薇が散ったのは七月になって暑くなったからだ。
平然と臭いセリフを言えるのは、第二王子のシャルル殿下をおいて他にない。
そこにいた領主の全員が、ナスターシアのことを『手に入れたい』と思ったのだった。だが、それ故に危険だとも感じた。
輔弼は、司教に問う。
「これは、国が危機に瀕したときに現れる、カイル様の使いではないのか?」
司教は、ぽかーんとしていたが、はっと我に返った。
「恐らくは……。予言の中で、王国が危機に瀕したとき助けに現れる天使で間違いないでしょう。これは、我が国に危機が迫っているということかも知れませぬ」
顔色を変えた者が二人いたが、それに気づく者はいなかった。
「逆に言えば、守護者が現れたのだから王国は何があっても安泰ということであろう?」
シャルル王子がフォローする。
「そういう意味では……」
第一王子フィリップが、神妙な面持ちで続ける。
「教皇とツァーリが黙ってはいまい……」
神聖なる力が他国で顕現したとなれば、教皇などのその宗教の神聖性を利用した権力にとっては、非常に都合が悪いことになってしまう。
教皇のいるヘキシミリア帝国とルーティア・ツァーリは、どんな手を使ってでもナスターシアを手に入れようとするだろう。
「恐れながら、陛下に奏上致します」
お爺様が口を開くと輔弼が答えた。
「何か?」
「教皇からなにか反応があれば、私が対処致しましょう。それと、ナスターシアの身については、幸いもうすぐ修道院が完成します故、そこへ置いてはいかがかと……。修道士達も多く集まりましょう」
「貴様らしい意見だな、ヘロン」
第一王子フィリップは、不敵な笑みを浮かべる。
「いや、ヘロン=アレクシウス=アキナスと呼ぶべきか?」
「フィリップ殿下! ナスターシアは、フェリアに戻り準備でき次第、シェボル修道院へと向かうように!」
フィリップ王子は、諫められたがさらに合図をして発言を始めた。
「陛下、妙案がございます」
「なにか?」
「は。今回の天使降臨は、我が国にとっては僥倖。この者を聖女と認定し、教皇の権力基盤に揺さぶりをかけましょう。幸いにして目撃者も多く、王国の建国に合わせての奇蹟ということもあり、実績として揺るぎないものがあるかと。これを国威の発揚に繋げ、領土拡大の礎にしない手はありますまい。修道院は、……そうですな、聖ナスターシア修道院とでもしておけばよいでしょう」
「聖女認定の件はよいが、他国との戦争は回避するように。戦争は余の欲する所ではない。諸侯と協力し、引き続き生産力の向上に努めよ」
フィリップ王子は、ナスターシアを権力拡大に利用する気のようだ。
「御意」
フィリップ王子も諸侯も、王の弱腰に不満げである。はやる騎士達を押さえられるかどうか、不安が残る。
「では、ナスターシア=アキナスは、セントナスターシア修道院へと向かうように」
「仰せのままに」
「え? あ、はい……」
ナスターシアの間の抜けた返事が、一同の緊張をほぐす。
司教は、改まって少し緊張した面持ちで宣言した。
「ナスターシア=アキナス。今回の奇蹟を起こしたことをここに認め、其方を正式に聖ナスターシアと認定する。今後は、その名に恥じぬ立ち振る舞いを期待するものである」
「下がってよいぞ」
翼を消していいものか思案していたが、あまりのことに動揺し、思わず消失させてしまった。
丁度よかったが……。
ヘロン達一行が部屋を出ようとするところで、シャルル王子の抗議が聞こえた。
「酷いですぞ、父上! 私の妃にするつもりでしたのに!」
「何を言う、あんな厄介事の種をわざわざ嫁にしようというのか? しかも平民ではないか! 物好きなヤツめ」
「兄上は、黙っていて下さい!」
「二人とも、場所を辨えよ! 諸侯等には引き続き、この神に祝福された国をよろしく頼む」
朝は、今夜もいい夢を見ようと息巻いていたナスターシアだが、どうやら見るのは悪夢になりそうだった。