42 352-07 建国祭 群衆の取扱い方(1843)
火災の現場上空から、お屋敷に向けて飛行する。町には、ナスターシアの帰投先を見届けんとする人達が、全力で追いかけてきていたが、月が出ていないから、すぐに見失うだろう。
お屋敷が見えたとき、玄関の前には黒いキャソック(神父服)を着たマルセルが立って空を見上げていた。
お屋敷にむけて高度を下げ、速度を落としていくと、人が群がってきた。追いついてきた人もいるが、どこから出てくるのか増えている!
今さら行き先を変更してたどり着ける自信もない。
ナスターシアは、マルセルにむかって徐々に近づいていく……。
(あっ……ダメ……)
あと2メートルほどというところで、意識が飛んでしまった。翼は雲散霧消し、その体は自由落下を始める。
「うわぁああ! っと!」
バサッ
マルセルは、上手く受け止めたが尻餅をついてひっくり返ってしまう。
すぐさま人が駆け寄ってくる。
「両替商のお嬢様が天使だったのか?」
「たしか、ナスターシア様とか言ったか……」
「シャルル王子の恋人だ」
吟遊詩人の妄想も加わって、もうめちゃくちゃである。
マルセルは、騒ぎを静めるため、そっと唱える。
「……ウォーム」
彼の周囲半径200メートルほどの範囲にいた人々が、幸福感に満たされることになった。
(建国祭の日に天使に会えるなんて、なんという幸せだろうか!? 嗚呼、もうどうなってもいい。ずっとこの幸せの余韻に浸りたい……)
マルセルの神力は、彼を中心に放射状に効果を発揮する。その強度は、マルセルからの距離の2乗に反比例する。当然、近くにいる人は影響が強く、恍惚と名状し難き甘美なる快感に誘われ、力が抜け、意識を失い、その場に倒れ込んだ。
騒然としていたお屋敷の周りが、一瞬にして静まり返る。
「おやすみなさい」
マルセルが神力を放った後、なぜかリュシスがドアから出てきた。
抱き合って、ひっくり返っているマルセル達を見て慌てる。
「早く中へ」
「うん、ちょっと手伝ってくれる?」
二人はナスターシアをお屋敷に運び入れ、そして照明の下でナスターシアを見て驚いた。
顔から服から煤だらけで真っ黒だった。酷い有様である。とりあえず清拭してやりたい。
「リュシス……着替えと清拭頼めるかな?」
「いやー……、どうでしょう? 私がしたと知ったら嫌がられると思いますけど」
しかたない、弟でも妹でも一緒だ。
二人は、ベッドのある部屋までナスターシアを運び、マルセルはそのまま服を脱がせて下着姿にして、顔や手をぬれタオルで拭いてやった。
翌朝。
ナスターシアは、なんだかわからないが超スッキリしていた。
(むふふふふ……。昨日はなんだかすんごく幸せな夢を見たぞ~。今日の夜も続きを見よう!!)
外は既に明るいようで、鎧戸からは光が漏れている。
そして、ふと気づくと下着姿だった……。
(うおっ! 服がないっ!! でも、コルセットは締めっぱなし……。マルセル兄様かしら?)
体中焦げ臭い……。
風呂だっ! なにをおいても風呂だ。
フェリアから持ってきた服を探す。
あった!
着替えを持って風呂に向かおう。
「ああ、ナスターシア。おはよう」
マルセル兄様が湯浴みを終えて出てきたところだった。
「しっかり髪も洗ってね」
「ありがとう、お兄様。そうします」
なぜだ、なぜか優しい。
湯浴みを終え、髪をタオルドライしつつ、王都用男装スタイルで出てくると、リュシスが待ち構えていた。
「ヘロン様が応接室でお待ちです」
そういえば、ドライヤーは出来たかな? とか、考えつつ応接室に向かう。
部屋には、お爺様の他、マルセル、フェルナンドと他に知らない男性がいた。
「なんて格好しておる! あとで、これに着替えるように」
「へ?」
渡されたのは純白の絹で出来たブリオーだった……。結婚式じゃあるまいし。
「こちらは、王からの使者じゃ。命令を持ってきなさった」
使者は、大仰な仕草で羊皮紙の立派なスクロールを手にすると読み上げた。
「王からの命令です。読み上げます
『ナスターシア=アキナス。右の者、直ちに王宮に出頭すべし』以上」
「と、言うわけじゃ。支度せよ。と言っても、時間がかかるじゃろうからのんびり待つがの」
ああ、よくご存じで……。
「あの……、お昼頃までかかりそうなんですが、なにか食べ物とか……」
「リュシス! 後でなにか運んでやれ。他は?」
「ないです……」
(ああ、お爺様といろいろ話したいけど、使者が邪魔なんだな~)
「支度を調えて参ります」
とりあえずのスープと堅いパンで小腹を満たし、支度を調えたナスターシアは、用意された馬車で使者とともにヘロン、マルセルと伴い王宮へと向かった。