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41 352-07 建国祭 燃え上がる炎に浮かぶ影(2297)

 七月とはいえ、夜になると結構涼しい。


「よろしくお願いいたします」


 馭者(ぎょしゃ)によろしくして、馬車に乗りフィーデス商会の屋敷まで送ってもらう。


 だが途中でなぜか馬車が渋滞(じゅうたい)し、動かなくなってしまった。


「火災のようです」



 みれば、二筋くらい先の建物で火の手が上がっている。周りには人だかりが出来ており、馬車も足止めをくらって動けない。


「ちょっと見て来ます」


 何が出来るということもないのだが、とりあえず様子を見に行くことした。




 王都の建物は、一階が石造り、二階以上が木造のものが多かった。だいたい四階造りで、フェリアの下町では上層階に行くほどせり出すという無茶な構造が多いが、ここは真っ直ぐ立っている。


 ナスターシアは見物人の外から、燃えている建物を眺めてみる。


 火は、パチパチという音とともに一階と二階の窓から吹き出しており、月が出ていないのに、辺りは炎でこうこうと照らされている。


 何人かが必死に桶に汲んだ水をリレーしてかけ、消火しようとしているが、火の勢いが強く、あまり効果はなさそうに見える。


 建物の三階の鎧戸から、誰かが顔を出しているようだ。地上では、飛び降りるように叫んでいた。




 どうやら建物の中に取り残されているのは子供のようだ。


 ナスターシアは逡巡した。


(助けないと! でも……)


 そのあいだにも、建物に火が回っていく。




 一瞬、父サイモンの顔が脳裏をよぎる……。


 ナスターシアは意を決し、急いで建物の裏手に回り、ぱっと見、人がいないことを確認して神力で生成する。




 背中から、翼長8メートルはあろうかという真っ白な翼をフォーム。その形は、鳥の翼そのもので、関節もあり、滑らかに動いた。

 ドレスの下の体から直接生えているにもかかわらず、服にはなんの穴もない。貫通しているのだ。


 地面や建物に当たっても貫通するのでとくに邪魔になったりはしない。



 そして羽根から発生させた力の制御で重力と相殺し、ふわりと浮かび上がる。


 バサバサと羽ばたく必要はない。必要はないが、イメージとして少し羽ばたいてしまう。とくに風が発生するわけではないのに。



 飛行の仕方は、ヘリコプターに似ていた。だからこそ、違和感なく飛べているとも言える。


 ナスターシアは、慎重に高度を上げると建物を飛び越えて、燃えている現場に近づいた。





 炎の光の中に人々が見たものは、大聖堂の壁画から出てきたような天使のシルエットだった。


 暗くて顔はよく見えないが、青いドレスに明るい髪色、大きな翼が見えた。


「見ろっ! 天使だ!」

「奇跡が起きた!」

「建国祭の日に奇蹟が起きたぞ!! ローディア王国万歳!」




 ナスターシアは、炎が上がっている場所を避け、慎重に三階の鎧戸(窓)の側にとりつく。開け放たれた鎧戸からは黒煙がもうもうと立ち上っていた。下の階は既に火の海だ。翼の先が二階からの炎に突っ込んでいるが、特に燃えたりしないのが幸いだ。


「誰かいるっ!?」


 煙を避けていた子供が、ひょっこりと顔を覗かせる。


「助けて!!!」


 よかった、無事だ!


「こっちへ!! 手を伸ばしてっ!」


 手は四本伸びてきた!! 二人いるのかっ!




 近寄るととにかく熱い!! 長くは近づいていられない。

「一人ずつ!!! 小さい子から来て!」


 うまく力のバランスをとりながらホバリングする。熟練のワザが必要だが、あまり練習していない割にはうまくできている。


 先ずは一人、外壁に足をかけ、両手で引きあげる。五歳くらいの女の子だ。煤で真っ黒になった顔がよく見える。薄汚れているが、くりくりの髪の毛のかわいらしい子だった。なんとか左腕で抱える。


 問題は、もう一人の子だ。


 ほとんどナスターシアと同じくらいの背格好の男の子のようだった。



 窓からは、チロチロと火が回り始めているのが見える。一旦降ろしている時間はないかもしれない。



「掴まって!!」


 もう、右手に掴まってもらうしかない。


 男の子は必死でナスターシアの右腕に掴まる。


 腕の力だけで支えるのは無理なので、神力でサポートすのだが、それでも辛い。制御が途端に難しくなり、必然的にフラフラする。


 ぐぬぬぬぬっ!


 もう半分ヤケクソ。無理でもなんでも引っ張り上げるしかない。


 腕がちぎれそう!!


 鎧戸の窓は、あまり大きくないので体を斜め上へ引っ張り出すのは骨がおれる。少年の手足には、火傷もありそうだ。


 残念ながら、ナスターシアは治癒が使えないので、放置するしかないのだが。


 なんとか、ギリギリのところで踏ん張って持ち上げられた。あとは、二人をそのまま地上へゆっくりと降ろすだけだ。


 熱気から遠ざかり、夜風が心地よい。


 建物から離れ、安全な場所を探して……。着陸の直前から、周囲に集まった人々の歓声が沸いた。


「やったーっ!!」


「ありがとう!」


「嗚呼、神よっ!!」



 子供達がナスターシアから離れて、地上に立つと親らしき人達が駆け寄る。


「お母さんっ!!」


「よかった! 本当によかったー!! ありがとうございます。ありがとうございます……」


 涙の再会のうちはよかった。歓喜の渦の中、すぐに人々が近くに寄ってきて、ナスターシアに触れようと手を伸ばしてきたのだ。



 これはマズイ!



 疲労困憊(こんぱい)したナスターシアだったが、身の危険を感じ、咄嗟(とっさ)に全力で上昇する。翼を触られたり(つか)まれたりしていたが、なんとか逃げ切れた。だが、ジョエル様から返してもらったリボンは盗られてしまった……。



 子供が助かったのはよかったが、もう神力を使い果たし、意識が朦朧としてきていた。


 馬車にもどらないと……。






 人々は、天使がどこに帰るのか興味津々だった。当然、追いかける。


 馬車はわりと近くだったので、とてもじゃないが降りられそうにない。ナスターシアは諦めて直接お屋敷に戻ることにした。あとで謝っておこう。

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