39 352-07 建国祭 夜会1(2354)
ジョスト大会の後、王宮では夜会が催された。
きらびやかに着飾った、王族、公族、貴族達に混ざってナスターシア達面々の姿もあった。商会から参加しているのは、ヘロン、フェルナンド、ナスターシアの三人だった。
夜会は、王宮の大広間でこれでもかと明かりを灯し、花が飾られ、絨毯・壁紙で彩られていた。
半分ほどには、なにも置かれず、半分ほどにはテーブルが設けられて豪華な料理が高級なテーブルウェアに盛り付けられていた。
会は、王の輔弼の挨拶から始まった。
王国の歴史からはじまり、現王の功績、王国の現状、輝かしい展望などが、長々と語られる。
続いて功労者の表彰を終え、やがて歓談の時間を迎える。
楽士達の演奏が始まり、宴の幕が上がった。
「あれが、フェリアにいる領主、アルベール=リシュリュー様だ。そして、隣にいるのがセルヴィカ領のラファエル=クラピソン様」
お爺様が参加者を見て、解説してくれるが、あまり興味はない。
「まったく、何を企んでいるのやら……。そうだ、ナスターシア。カルヴァンもいたから気をつけろよ」
フェルナンド兄様は、当主の風格を備えつつあった。
「それとナスターシアよ、酒は飲まんようにな」
「もちろんです、お爺様」
しっかり釘を刺す不安げなヘロンをよそに、なんだか元気なナスターシアだった。
ナスターシアは、まずはジョエルを探した。今日のジョストを労いたいと思っていた。
優雅な雰囲気のなか、キョロキョロしているとシャルル王子が歩み寄ってきた。
「ナスターシア。元気そうでなによりだ」
「シャルル殿下! ありがとうございます」
「今宵も一段と奇麗であるな」
「……そんな。滅相もございません」
(だはぁっ!! もうメロメロリンですよ……王子いい人過ぎ!)
「ぃた!」
後から来た女性に足を踏まれた。
「あらっ? ここは平民が気安く来ていい場所ではなくてよ?」
底意地の悪そうな貴族の女は、ナスターシアを睨み付けて続ける。
「シャルル殿下に気安く話しかけるなんて、畏れ多いこと!」
「申し訳ありませんでした」
ナスターシアは、その勢いに気圧されて謝ってしまう。
「余が話しかけたのだ。失礼などではないぞ。そなたも、そんなに怒っておると、美貌が台無しぞ?」
「まあ! 殿下ったら、お上手ですこと!」
なんだか機嫌が直ったその人に、ぐいぐいと押しやられてしまった。
ナスターシアは、女に意地悪されたのも、身分も辨えず王子と軽々しく会話したからだと思い、来ているはずのジョエルを探すことにした。
だが、少し歩くと何故か女性とぶつかる。
何度もぶつかる。
なぜだろう? と思ったら、どうやらわざとぶつかられているようだ。
(壁の花になろう……。そういえば、薔薇の香水をお披露目しようと思って、王都まで持ってきたのに屋敷に忘れてきてしまったな。昨日、変なことがあったからか……。まあ、この雰囲気じゃ無理そうだから、むしろ良かったけど)
がちゃり
ドアの開く音と会場のどよめきが聞こえる。
「リューネ様!! なんですか、その格好は!?」
「ライオソート卿!」
(なんだ? なんか珍客が来たのかな?)
声のする方をみると、部屋の反対側あたりに明らかに女性なのに男の格好をしている人が立っていた。回りを見渡して誰かを探しているようだ。関係者とおぼしき人達は頭を抱えている。
「みーつけ」
男装の公女は、ナスターシアを見つけると、そうつぶやいた。
ナスターシアは、どこかで見たような気がしたが誰だか解らなかった。
(変な人。ま、他人のことは言えた義理でもないか……。何か飲もうかな?)
「初めまして」
「は?」
なんと、結構遠かったのにわざわざ会いに来たようだった。
「よろしければ、私と一曲踊って頂けませんか?」
「え、ええ……」
(はっ!!! この人は!!! 昨日の!!!)
「あっ、ちょっ……」
「は・じ・め・ま・し・て」
(完全に、バレとるがな!! あわわわわ……どうしよう)
「リューネ!! こらっ! すぐ着替えてきなさい!」
「お父様……。わたくし、遂に! 遂に理想の殿方を見つけましたのよ?」
「なんだって?」
帝国の南、王国の西に位置するタルニア大公国のリューネ公女は、女性好きで知られていた。……つまり、男性と結婚したがらなかったのだ。だが、そんな彼女が理想の男性を見つけたというのだ。周囲が、驚かないはずがない。
「これは、ナスターシア……様ですぞ?」
「そう、ナスターシア様。初めまして、ですよ。私が見つけたのは別の方です」
リューネは、会場の給仕係に飲み物をもってくるように頼む。
「さあ、ナスターシア。今宵は楽しく踊り明かしましょう?」
無理矢理ダンスフロアの方に連れて行かれてしまうナスターシア。なんだか、周囲の哀れみをふくんだ視線が痛い。今までも、気に入った女性を口説きまくっているところを目撃されているからだった。
仕方なく……ではあったが、楽士たちの奏でる音楽に合わせて踊っているうちに、だんだんと興が乗ってくる。ゆっくりとした優雅なワルツだった。が、リューネは男性パートを華麗に踊り、小さなナスターシアは軽々と抱きかかえられてしまう。
キスを迫ろうとするリューネを、のけぞって避けるナスターシア。あり得ないほど体の柔らかかったナスターシアの姿は、バレエを踊っているようでもあった。
くるくると回る度に、ナスターシアの艶やかな薔薇の香りの髪がなびく。いつしか、周りで踊っていた人々も立ち止まって二人の踊りに見入っていた。
曲が終わるとどこからともなく拍手が起きた。
二人は、挨拶をして飲食テーブルの方に戻る。途中で飲み物を受け取って……。
「はあ、ありがとうございました」
ナスターシアが息を切らせながら礼を言い、受け取った飲み物をグビッと飲む。
「こちらこそ。素晴らしかったですわ。乾杯……」
二人が飲んだのは、あの忌ま忌ましい『レディーキラー』だった。