表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/115

38 352-07 建国祭 ジョスト大会(3189)

 カイル暦352年 七月七日 建国祭。


 毎年、建国祭のイベントとしてジョスト=馬上槍試合が開催されていた。

 今年は第二王子が参加するとあって、否が応でも盛り上がりをみせている。


 ジョストの会場は、街外れの闘技場だ。会場には、観覧席が設けられ、会場全体が見渡せるように、勾配がつけられ、段々に座席が設けられていた。

 観覧席の中央は王族や貴族の観覧席となっており、そこから遠ざかるにつれて身分が下がっていた。

 ナセル達フィーデス商会の席は比較的中央に近い位置にあった。貴族ではないが、殆ど貴族に近い扱いとなっていた。


 ジョストは二人の騎士が、槍を持って馬に乗り、槍で突き合う競技である。二列の馬場が並び、向かい合って互いに近づきながら走り、中央で突き合うのである。並んだ馬場の中央には柵が設けられ、互いのレーンを隔てていた。


 ルールは、お互いに三回突き合い、落馬させるか、上手く突いた回数が多い方が勝ちである。


 ナスターシアは、マルセル、リュシス、お爺様、フェルナンド、リュシスと共に護衛を従えて観戦していた。


「盛り上がってますね」


「そうだね、ナスターシア。ナスターシアは馬に乗れないから関係ないけどね」


「マルセル兄様……ら、来年こそは……」


「冗談だよ。ナスターシアは、こんなことしなくていいよ、危ないし」




 開会の挨拶の後、競技が始まった。


 バカーンッ!!


 ドウッ!!


 バキッ!!


 騎士と騎士が突き合う度に、ものすごい音がする。

 ときに破壊された槍の残骸が躯に刺さり怪我をしたり、落馬して重傷を負ったり、目を突かれて生死不明になったり……。

 娯楽の少ない人々の数少ない享楽として、名誉と賞金のために騎士達が争った。


「うわ~、あのひと大丈夫かな?」


 ナスターシアが、派手に突かれて鎧がはじけ飛んで落馬した騎士をみて心配した。


「大丈夫じゃないじゃろうな」

 冷静沈着なお爺様の声が、不安を煽る。


 一回戦の試合があらかた終わろうとした頃、歓声がひときわ大きくなる。第二王子の登場だ。


 おーーーーっ!!!! シャルル様ぁ~~~!!


 近くの観覧席からも歓声が上がる。


 シャルル殿下は、馬上から手を振り歓声に応えていた。そしておもむろにナスターシアがいる方に近づき、馬を下りる。


「ナスターシア!!! 余は、今日の試合を貴方に捧げよう」


 全体に聞こえるように叫ぶ王子の声に、会場のボルテージは一気に最高潮を迎えた。ナスターシアは、赤面するしかない。


 王子の従騎士が一人ナスターシアの方に向かってくる。


「ナスターシアよ、なにか布を王子に渡すのじゃ」

 お爺様がすかさずフォローする。


 はっとして、ナスターシアは服と同じ紺青色のハンカチを取り出し、観覧席の一番前に移動して王子の従騎士に手渡した。愛の証しや、名誉を託すという意味もあるが、今は応じないわけにはいかない。ナスターシアがこの場にいるというだけで、王子の作戦勝ちである。


 王子はうやうやしく一礼したのち、従騎士が持ってきたハンカチに口づけし、従騎士に腰へ結び付けてもらった。これで王子が勝たなかったらどうなってしまうのかというくらいに、会場は盛り上がり、熱をおびる。


 やがて、可哀想な対戦相手が出てきた。立派な馬に乗り、だが貧相な鎧を着けて登場したのは、ジョエルだった!!!


「ジョエル様!!! なんてことっ!!」


 ジョエルは登場するや、王子に向かって膝をつき、言った。


「偉大なるローディア王国王子シャルル殿下!! 私は王家に向ける槍を持ち合わせておりません。よって、ここに不戦敗を宣言いたしたく存じます!!」


 会場がどよめく。道理ではあるが、興ざめである。


「騎士よ。余に対する忠義、しかと受け取った!! だがしかし!! 試合をせぬと言うのは、余に対する冒涜と知れ!! 正々堂々、勝負するが良い!!」


 うおーーーっ!!!


 王子の声に、会場が歓声で応える。


「失礼致しました。フェリアのジョエル=ゴーティエ、全力で参ります!!!」


 ジョエルには、王子の腰に付けられたハンカチと観覧席のナスターシアが目に入った。

 すぐさま、意味を理解する。

 ジョエルの目が、普段の優しい眼差しから獲物を狩る鋭い眼光に変わるのを、ナスターシアは見逃さなかった。


 従騎士には彼の父テオドールがついていた。ヘルムのフェイスガードを下ろすと、ジョエルの視界はアイスリットからの景色のみに限定された。

 ガントレットをした手を伸ばすと、従騎士から槍を受け取る。


 一方、王子も同じように準備を整えた。従騎士は美麗な者が選ばれたようで、とても美しい風景であった。王子の鎧は最新のもので、分厚く、装飾も施され、突かれた槍を受け流すような形をしていた。


 互いにタイミングを計ると、旗が上げられ、ほぼ同時に駆け出した!


 疾走する馬が砂塵を巻き上げ、みるみる距離が縮まる。





 バーーンッ


 槍が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


 王子の槍がジョエルの肩を捉え、肩の鎧が変形し、千切れそうになっている。ジョエルの槍は王子の脇に入り、躯を捉えることができなかった。

 衝撃でジョエルの肩が脱臼するが、痛みを堪えながらなんとか馬を元の場所に誘導し、降りた。


「くっ、肩がっ!!!」


「ふんっ!!」


 ガンッ!


 テオドールは脱臼したジョエルの肩を、強引に元に戻す。ジョエルは痛みに呻いた。


「ぅがぁーっ!! クソッ!!」


「いけるか?」


「ぬうっ……問題ない」


「動きをよく見るんだ、遠慮は要らん!! 行けっ!!」


 もう一度、馬に乗り槍を受け取ると、旗が上がっているのを確認し、そのまま駆け出した。


 その様子を眺めるナスターシアの握りしめた手は、じっとりと汗ばむ。



 互いの距離が縮まる!




 バガーーンッ


 槍が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 今度はジョエルも槍を王子に突くことが出来た。だが、ダメージはジョエルの方が遙かに大きかった。ジョエルは、胸を突かれ一瞬意識を失い、のけぞり落馬しかけていた。だが、永遠かと思われた落馬までの瞬間も、数秒で持ち直し、辛うじて落馬を免れた。


 朦朧とした状態で、馬を引き返すジョエル。ふと見ると、ナスターシアの前であった。手綱を引き、馬を止め、フェイスガードを上げ、ナスターシアを見る。


 その瞳は、ナスターシアがこれまで見たこともないような、鋭い眼光を放っていた。


「ジョエル様……。これを……」


 そういうと、今度はつけていた紺青色のリボンを外し、観客席からリュシスに持って行かせた。ジョエルは、おもむろに馬で近づき、受け取った。そしてリボンに軽くキスすると、そのまま従騎士のところまで行き、手首につけてもらった。


 なんだか良くわからないが、最早どっちが勝っても盛り上がる展開になってきている。


 次で最後である。ジョエルに槍を当てさえすれば、勝利が確定する。


「いいかジョエル。王子は首を突かれると思っていない。難しいが、やるしかない。遠慮するな、勝ちに行け!!!」


「簡単に言う……」


 ヘルムで見えないが、ジョエルはにっと笑みを浮かべ、フェイスガードを下ろし、駆けていった。





 互いの距離が迫る!





「であぁぁぁっ!!」




 王子の槍が首を狙うジョエルの槍を弾く、が、それを予期したかのように回り込むジョエルの槍が王子の肩に激突する!!





 バーーンッ


 槍が木っ端微塵に吹き飛ぶ。と、同時にシャルル王子がバランスを崩す。ジョエルは、ギリギリのところで王子の槍をかわしていた。




「この勝負、引き分け!!」


 判定の声に会場がどっと湧き上がる!!



 ジョエルは、シャルル王子のところに急ぎ、馬から下りた。


 跪いて挨拶しようとするジョエルを王子は止めた。


「よい勝負であった」


 そして、がっちりと握手をする。


「貴様、ジョエルと言ったか?」


「はい、殿下」


「また勝負できることを楽しみにしているぞ」


「ありがとうございます!!」



 両者は賞賛の拍手と歓声で見送られる。


 ジョエルは涙ぐんだナスターシアのところに向かった。


「ありがとう、君のお陰だ」


「ジョエル様……」


 歓声の中、二人はしばし見つめ合ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ