04 351-05 まつりと工房とわたしの王子様(3525)
五月祭である。豊穣を祈るお祭りだが、未婚の男女には単なるお祭りではなかった。
フェリアの町は、毎年五月の最初の火曜日から三日間、五月祭が催される。
祭には、多くの店が出店し、酒や食べ物、服やアクセサリーなどが並ぶ。
一番の盛り上がりは、未婚の男女によるダンス。三日間、気になる者同士が手を取り、踊る。最終日に男性から結婚を申し込み、女性が受け入れて一緒に踊れば成立である。
ナセルはマルセル兄様と出かけることにした。一応、護衛もつけてもらっての外出である。
「見て、マルセル兄様」
「みんな楽しそうに踊ってる」
「うーん、私、踊りはまだ練習中なんだよね……」
「そっか、じゃあなにか食べよう」
「なんだぁ? 気持ち悪いチビじゃねぇか!」
「ホントだ、キモ!」
「あっち行けよ!!」
「行こうナセル。相手にすることないよ」
「うん」
昔からそうだ。ナセルはいつも虐められてきた。ナヨナヨとしてチビで反撃もしてこないから……気味悪がられていた。記憶はなくとも、中西路加が中身だったのだから仕方ない面もあるにはあった。前の人生でもそうだったな、と感慨深く思ったりもした。
だが、今は……。
「ちょっと待って」
「なんだよ、チビ!! やんのか!?」
一番大きい男の子に対して、ナセルの小さな体を精一杯使い、勢いを付けて肘をみぞおちにお見舞いし、そのまま足を踏んづけて頭突きを顎に喰らわせる。
ゴスッ!!
「ぐっ!!」
相手の子は、失神しかけて尻餅をついて倒れた。
体が小さく、力もない分威力も無く、たいしてダメージは与えられないが、しっかりポイントを突いた攻撃は、相手の戦意を挫くのに十分だった。
「おい大丈夫か!?」
「何すんだ、コイツ!!」
まだ向かってくる男の子のみぞおちに、拳をお見舞いし体を押して体勢を崩す。
次の子が殴りかかってくる手を掴み、勢いを殺さずに体を外側に流してやる。自分の体を入れて手はそのままねじり上げる。
「いたたたたたた……」
「このーっ!」
いつもナセルのことを馬鹿にしてくる同じくらいの背格好のやんちゃな男の子が、果敢にも向かってくる。
ナセルは、持っていた手を強めにねじり上げて放り出し、迫る男の子に調子に乗って回し蹴りを繰り出した!
ふんっ!
鈍い音を立て、男の子の頭に、あり得ないほどのクリーンヒットしてしまう……。
男の子はもんどり打って倒れてしまった。
(あ、やりすぎちゃった……。大丈夫かな?)
体格が同じか少し勝る程度の相手なら、今のナセルの相手ではなかった。
「行こう!」
(すっきり!)
護衛は付けているが、基本的によほどのことがない限りは何もしない。所詮は、子供同士である。強盗とか人さらいに対する抑止力なのだ。
「あのさ、ナセル」
「ん?」
「ナセルだよね?」
「え? あ、うん……。あ……あのね、ちょっと今まで本気出してなかっただけって言うか……その」
「なんか急に男の子らしくなって、嬉しいよ。こっそり頑張ってたんだね」
「えーっ! 男の子らしいかぁ……、そうだね、ははは」
(激しく複雑なんですけど……)
「このまま、職人通りのお爺様の工房に行ってみよう」
「うん!」
マルセルとナセルにとって、広場の反対側に広がる貧民街は普段は近寄れない場所だ。お爺様は、工房の人を呼んで、頼み事をしているようだが、どうしてもと言うときは護衛を付けずに一人で工房に出入りしている。
信じられないことだが、お爺様は結構強いらしい。
「こんにちは。誰かいますか?」
「やあ、坊ちゃん! こんなところに何しに?」
「ちょっと……見てみたくて」
「ああそうかい。ちょうどヘロン様に頼まれていた『化粧水』が出来たとこだ。見るかい?」
「えっ? どこどこ?」
工房の中は薄暗く、なにやら油の臭いが充満し、鉄の臭いもした。そして、汚い……。奥にも人が何人かいる。金床でなにか部品をつくっている人、何かを削っている人、木を彫っている人……。ここで化粧水を作るのはちょっと問題がある気がする。
祭りは関係ないのだろうか?
「ほら、この瓶の中身がそうさ。臭いを嗅いでご覧。いい匂いだよ」
かなり濃い薔薇の香りがする。
「少し出してやるから、手に取ってみな」
シャバシャバの殆ど水みたいな液からは、お酒のような臭いもした。
ナセルが手に取って、手の甲に塗ってみる。特段、どうという事もなさそうだが、少ししっとりする。
「薔薇水と石鹸製造の残りカス、あとはお酒で出来てる。内緒だぜ?」
「うん! ありがとう!」
「おじさん達は、祭りには行かないの?」
「ああ、俺たちはこっちの方が楽しいな。ヘロン様のアイデアはホントに凄いぞ。次から次へと思いつく」
「ひょっとして、若い頃先生だったんじゃない?」
「かもしんねぇな!」
「後で届けてやっから! 今日はけーんな!」
「お邪魔しましたぁ!」
(やったね! 化粧水完成だ!)
ナセルとマルセルは、元来た道を帰ることにした。
中央広場は楽士達の奏でる楽しげな音楽と、多くの人で賑わっていた。
中央広場をぐるっと避けて、通りに入ると今度は高貴な雰囲気の格好をした一行に出くわした。マルセル達が、横から現れたので危うくぶつかりそうになってしまった。
「おい、何してる」
今度はいかにも金持ちそうな少年、金糸で刺繍が入った赤と黒の短いジャケットに生成のスパッツのようなズボンを穿いていた。
しかも、股間にはしっかりと股布が施され、こんもりモッコリと強調されている。
「くすっ……ぷ」
ナセルは、その様を見て迂闊にも笑ってしまった。そんなにモッコリ強調されたら笑いたくなるのは仕方ない。だが、他人を見て笑うのは御法度だった。特に相手が貴族以上の場合は……。
「貴様ぁっ!!! なんだその態度はっ!! 俺様を侮辱したなっ!!! 許さんっ、許さんぞっ!!!」
「すいませ、ぶっ」
いきなり、思い切り殴られたナセルは、ゴロゴロと通りを転がって、反対側にあった樽にぶつかった。あまりに唐突だったため、防御も受け身もとれなかった。
「申し訳ありません、お許しくださいっ!! お願いします!!」
マルセル兄様が、必死に懇願する。
ゴッ!!
マルセル兄様は、すぐに足蹴にされて転がってしまった。
「ダメだ、許さん。殺してやる!!」
金持ちそうな少年の取り巻きが、ナセルの髪を掴んで引きずって少年の元へと放る。
「い……た……」
ナセルは赤と黒のジャケットの少年に胸ぐらをつかまれ、持ち上げられた。そのまま、なすすべもなく地面に叩きつけられた」
「ごふっ」
ナセルは息が出来ない。体格があまりに違いすぎ、このままではなぶり殺しにされてしまう。
「気持ち悪い『なり』しやがって!」
「そこまでだ」
お屋敷からついてきた護衛が割って入る。
「手出し無用に願おう」
だが、相手の護衛に阻まれてしまう。しかも、相手が悪い。相手は領主の(馬鹿)息子だったのだ。
「もうやめておけ」
そこへ誰かが無謀にも割り込んだ。
「なに? 俺様に指図するのか?」
「やめておけと言っている」
無謀な声の主は、金髪碧眼に襤褸(ぼろ)を纏った少年だった。
「貴様は、……たしかゴーティエ卿の……」
貴族には貴族なのだ。
「そうだ、ジョエル=ゴーティエだ。見たところ、騎士が幼弱の徒をいたぶっているようだが、違うか?」
「いかにも。私は既に叙任をうけた正騎士だ。それをこの餓鬼は、侮辱したのだ。死んで当然だろう?」
「騎士とは、弱者を護る者だ。神より給わった剣は、教会と領主を守護し、弱者たる信徒を護るためにのみ振るわれる筈だ。徒に暴力を振るうためではない」
「ご高説なぞ、なんの役にも、」
地面に転がっているナセルを蹴り上げる。ナセルはその細い腕でかろうじて防御はしたが、骨にひびが入ったようで、激痛が走った。
「たたんよ」
ジョエルは、攻撃態勢に入るが、すぐさま護衛騎士が間に割って入ってきた。
「今日のところは、これぐらいにしておいてやる。二度と私の視界に入るな」
そう、捨て台詞を残して祭りに向かっていった。
「君、大丈夫か?」
「ありがとう……ございます」
ナセルは、ジョエルをまじまじと見つめた。それほど年が離れているようには見えなかった。マルセル兄様と同じか一つ上くらいだろうか。服は、騎士の清貧を体現しているのだろう。その姿は凜々しく気品に溢れていた。
(こんな人もいるんだ……)
「ご迷惑をおかけしてすいません。ありがとうございました」
マルセル兄様も礼を述べる。
「いや、当然のことをしたまでのことだ。また何かあれば頼るがいい。じゃあな」
ジョエル様は、風のように去って行った。
お屋敷に帰り着く頃、ナセルの腕は腫れ上がっていた。
「うむ。打ち身かヒビぐらいかの? どれ……」
お爺様に腕を治癒して貰った。少々の怪我ならすぐに治るのが、本当に凄い。
可哀想に護衛達は、お爺様にこってり絞られたようだった。