36 352-06 蒸留所(1980)
今度はマリウスが蒸留所全体を案内するようだ。
「この建物は、ウイスキー製造用だ。いいか、ウイスキーってのは……」
長々と説明が始まった。
ナスターシアは、細かい製法に興味が無かったので、適当に相づちを打って聞き流していた。
「というわけで、最終的に樽に入れて最低3年熟成する。普通は8年から16年くらいだな。うちで一番古いのが16年くらいだ。俺が飲んじまうから、売るほどないんだが……」
「ダメじゃんっ!!」
「何言ってんだ! 『いつまでも あると思うな 酒と金』って言うだろ? あるうちに飲まなきゃ、無くなるんだ!」
「いや、飲むから無くなるんだよ!」
「……そうとも言う」
「次はジュネバーだ。蒸留すること自体は変わりないが、こっちはウイスキーよりずっと単純な蒸留でいいから、ポットスチルの形も違うだろ? 香り付けのために、蒸留後も果実を漬け込んだりする」
最終的に樽詰めされたものを指さして、ナスターシアをからかう。
「あのへんにあるのが、こないだお前がつぶれた酒だな」
「いやーっ! 思い出させないで……」
「で、最後に新作の酒なんだが……」
それは、一番小さい蒸留器で作られていた。
「アブサンだ」
「飲むか?」
「う、うーん……」
マリウスは、ほんの少しだけ、カップに汲んでやった。
ナスターシアが、ペロリと舐めてみる。
「うげっ! 何これ?」
「ニガヨモギの葉を漬け込んである。飲み慣れると癖になるぞ」
「お酒って言うより薬じゃない?」
「まあ、そうかもな。あと、飲み過ぎると幻覚を見るから要注意だ」
「ひょっとして経験者ですか?」
「ノーコメント」
吹けもしない口笛をフィーフィー言わせながらごまかすマリウス。
「ざっと、こんなとこだな」
マリウスは、そろそろ帰ろうかとナスターシアに声をかける。
「試作品の薔薇のヤツを1ダースほど用意してある。他に何か持って帰るか? お爺様には黙っていてやるぞ」
「うーん……やめとく。私はお酒はわいわい飲む派だから……」
「聞かなかったことにしとく……」
ああ、11歳の女の子のセリフじゃなかったか……と、ナスターシアも気づいた。
次の日。
ナスターシアはめかし込んで、薔薇の香水の試作品を持ってギルロイ商店に出かけた。貴族街方面であれば、もう護衛も要らない感じなので暗器としてダガーを装備してのお出かけになった。
近寄るなオーラ全開で、足早に目的地に向かう。それなりに目立ってしまっていたが、それでも誰にも話しかけられることなくギルロイ商店に到着した。
「こんにちは!」
「あら、いらっしゃいませ。ナスターシア様」
ペンダントを持ってきてくれた店子が出迎えてくれた。
「シャルロッタさんは、いるかな?」
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと、奥へ入っていった。
「ナスターシア様、ようこそ。今日はお一人? どのようなものをお探しでしょうか?」
「初めての一人外出です、えへ。今日は扱って欲しい商材を持ってきました」
ナスターシアは、そういって小箱にいれた薔薇の香水をテーブルに置いた。持ってきたのは、全部で6本。残りは自分用にして、今日は使ってきた。
「これなんですけど」
ひとつ取り出してみせる。
「どれどれ? 開けてみてもいいかしら?」
「どうぞ」
シャルロッタは、香水の瓶を開けて、中身を確かめた。
「うーん……」
その表情からは考えが窺えない。食えない商売人の態度そのものだった。
「ちょっとアルコール臭が気になるわね……」
「私がいま使っていますけど、どうでした?」
「確かに、香りはフレッシュでいいと思うわ。で、いくらで売ってくれるの?」
「それが、まだ決めて無くて……。私のブランドにしようと思っているんですが」
先に金額を言った方が負けだ。
シャルロッタは、眉ピクリと動かした。お金の臭いを感じた。
「じゃあ、銀貨五枚ってところかしら……」
「そうですか。じゃあ、今日のところは持って帰りますね」
なんだか安過ぎる気がしたナスターシアは、勝負に出た。
「ちょっ! っと待ってくださる?」
慌てる店主。だが平静を装う。
「なんでしょう?」
「お客の反応を見てみたいから、置いていって貰えるとありがたいんだけど……」
それは確かにそうかもしれない。それも、許さないナスターシア。
「いえ、来月王宮に行くので、そのときにお披露目しようと思います」
「じゃあ、どうして今日お越しになったの?」
「そうですね。では、3つ置いて帰りますので、どうぞお試しになってください」
「あっ、そうそう! 私用に男ものの服が欲しいんですけど、出来合いもので、適当なのがありますか?」
シャルロッタには、思いっきり怪訝そうな顔をされたが気にしない。
ナスターシアは、とりあえず試供品として置いて帰ることにした。
何気なく原価を言い当てるところとか、侮れないと思ったが、なかなかいい交渉ができたと、ナスターシアはご満悦だった。
あとは、綺麗な化粧箱にいれて王宮でお披露目すれば……。