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35 352-06 薔薇の香水(1975)

 初夏の日差しのもと、鮮やかなピンク色の薔薇の花が、びっしりと丘一面に咲き乱れ、華やかな香りに包まれる。労働者の手によって、車輪付きの収穫箱に、次々と収穫されていた。最終的に何台もの荷馬車いっぱいに収穫される。


 ナスターシアは、酒好きの兄マリウスと一緒にフィーデス商会所有の薔薇園に来ていた。

 作業してくれている人達が、こちらに手を振っている。

 マリウスとナスターシアは、笑顔で手を振り返す。


「すごーい! 壮観ね」

 はしゃぐナスターシア。


「お前も収穫しろ」

 そういって、マリウスはハサミと背負いカゴをナスターシアに渡した。

「はーい!」

 調子よく収穫を始めたナスターシアだったが、カゴが一杯になる頃にはもう飽きていた。


「いい匂いなんだけど……疲れたわ」

「そりゃそうだろ! みんな頑張って収穫してくれているんだ。感謝しろ」

 そういわれれば、確かにそうだ。


「ありがとうございます」

 合掌。


「さあ、蒸留所に移動だ。お前も乗れ!」


 収穫を終えた薔薇の花を満載した荷馬車の後ろにちょこんと座り、小川の近くの蒸留所まで移動する。のどかな田園風景である。

 薔薇園の回りには見渡す限りの小麦畑も広がっていた。


 折角二人きりになったので、気になっていたことを聞いてみた。

「あの、お兄様は『前』はどんな人だったんですか?」


「あ? ああ、ただの飲んだくれのしがないサラリーマン」

「今とどっちがいいですか?」

「うーん、俺は酒が飲めればそれでいいから、2週目人生ってのは得じゃねぇかな。いろいろ発見もあるし。特に期待もされてないから気楽なもんだよ。ヒロさんは、スゲーよな」

「ヒロさん?」

「あー、知らねぇか。ヘロン爺さんだよ。ヒロって書いてヘロンって読むんだ」

「ふーん」



 蒸留所は、馬鹿でかい木造の建物が二棟あった。中には何基ものポットスチルや、モルティング場、発酵タンクなどが収められていた。

 そのうちの一角に、パルファム用の作業場があった。


「今日は蒸留しない。その代わり、薔薇水の仕込みとアブソリュート製造を行う」

「はあ……」

 ナスターシアにはなんのことだか解らない。

「薔薇水は解るよな? 川の水を汲んで、蒸留し、蒸留水をつくってそこに薔薇を突っ込むだけだ。あとは一月ぐらい放置して、濾過して終わり。うちでは、蒸留水だけじゃなく、少しだけ精製酒を加えるけどな」


「ふーん」

 製法自体はどうでもよさげなナスターシアだった。


「でだ。通常のパルファムは、あの薔薇をてんこ盛り蒸留器に突っ込んで、水と一緒に水蒸気蒸留をして、出てきたエッセンスを回収するんだが、これがめちゃくちゃ僅かしか採れない」


「それは聞いたことがあるよ。だから高価なんでしょ?」


 水蒸気蒸留がなんのことかわからなかったが、どうでもいい。


「そう、それに……。まあ、これは出来上がってから自分で確かめるといいが、品質にも違いが出る」


 マリウスは、樽が沢山置いてあるところまでナスターシアを案内した。

「ここにあるのは、殆ど100%といっていいアルコールの半分ほど入った樽だ。ここに、薔薇を突っ込んでいく」


 マリウスは、職人に指示を出した。

「おーい、お願いします」



「薔薇水ならぬ薔薇アルコールだ。薔薇水とおなじくらい置いたあと、濾過して、少し水を足し、さらにアルコール分を飛ばしていく。やり過ぎ注意なんだが……。単式ではなくて蒸留塔を立ててラシヒリング(塔に入れる詰め物)を入れて」


 そして、ツカツカと作業場の端の棚から何か取り出した。ガラス瓶に入って木栓された試作品だった。


「これが、薔薇水と薔薇のアブソリュートを混合した新作の薔薇パルファムだ。嗅ぐか?」


「うん」


 ナスターシアは、試作品のそれを嗅いでみた。若々しい果実のような薔薇の香りとそのあとに甘い重めの香りが続く。通常のエッセンスよりも先に来る香りが豊潤で、尚且つテールも長い。しかし、若干アルコール臭くもある。


「熱を加えるとどうしても香りが変わってしまう。だから、それを極力避けた。あとは、水に溶けやすい成分を先に取りだして、そうじゃない成分と合わせたって訳だ。しかも、安く出来る。イカすだろ?」


「お兄様すごいっ! 天才!!」


「で」


 マリウスは、改まってナスターシアに向き直る。


「お前の名前を冠したブランドで売れ!」


「えっ!? ええーっ!?」


「いいか、俺様が売っても誰も買わんだろ? それに誰かに盗られて終わりだろう。だから、製法ごとお前にやる。お前が使っているとわかれば、欲しい人もいるだろ?」


 この一家は、揃いも揃って商売人だ。


「だから……薔薇園の管理も頼むな!」


「げっ!」


「去年はテッポウムシにやられて大変だったんだからな! ちゃんと管理しろよ。あと出来れば交配して、もっといい香りで花付きのいい株を作るんだ。頼んだぜ」


「植物を育てたりするの、苦手なんだよなぁ……」

「次は、蒸留所全体を案内してやろう。酔っ払うなよ?」

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