34 352-06 秘密の訓練(2140)
暖かな日が多くなり、屋敷の庭の薔薇園も、白や赤、ピンクの薔薇が咲き乱れ、芳香が風に乗ってそよぐ季節になった。
ナスターシアとマルセルは、中庭でお爺様と神力の使い方訓練をしていた。
「じゃあ、私からね。アランとの訓練の成果を見せるよ」
そういうと、ナスターシアは短めの剣を手に身構えた。
目の前には丸太で作られた木人が据えられている。どうやら剣で木人を打とうというようだ。
「ふっ!」
ナスターシアは、集中すると手にした剣を軽々と振ってみせた。動き出した剣は止まらない。8の字に動かしていたが、やがてクルクルと体を回転させ始めた。それは、まるでバレリーナが回転するような前を見据えたまま体だけが先に回って、顔はなるべく他を見ない回り方だった。
バシッバシッと木人が打たれる。最後には、さらに勢いを増し、渾身の一撃を叩き込んだ。
ガコッ!
木人に剣がめり込んで抜けなくなってしまった……。ナスターシアの回転も強制的に止められた。
「イタタ……。もっと力が必要みたい……」
「凄いな、ナスターシア。剣なんて振れなかったのに、どうやってるの?」
マルセルは驚いて聞いた。
「お兄様から聞いたフォース制御。加速と減速が出来るやつ。次、石投げてみて」
「えっ? 怪我しても知らないよ?」
「大丈夫だから!」
マルセルの心配をよそに、ナスターシアは自信満々である。
「じゃあ……ほいっと」
マルセルは、手近にあった小さな石を拾い、ナスターシアに向かって放り投げた」
石は、ナスターシアの体の近くに来ると急に減速し、ポトリと落ちた。
「もっと思いっきり投げてよ!」
「お爺様……」
「うむ」
マルセルは、何かあったときはお爺様に治癒して貰うことを確認し、5メートルほど離れて今度は思い切り石を投げつけた。
今度はものすごい勢いで石がナスターシアに向かって飛んでいく。しかも至近距離から……。
だが、やはりナスターシアの近くに来ると急に減速しほぼ静止した。ナスターシアは、落下しようとしているその石をつまんで言った。
「ほらね」
「ほう……」
今度はお爺様が感心した。
「では、剣で切りつけたらどうなるのじゃ?」
「それはまだ試したことはないんだけど、多分受け止めきれないか、反作用で私自身が飛んじゃうか……かな?」
「なるほど、まだ完璧ではないが、この方向で強化するということか」
「はい」
ナスターシアの今後の方針を確認したお爺様は、ゆっくり頷いた。
「ところで、馬はどうするのじゃ?」
「……あれは無理」
即答である。
「あのさ、ナスターシア」
「なに」
マルセルはなんだか浮かない顔だ。
「ナスターシアは、綺麗になったんだし、誰でもいいから一緒になって幸せに暮らして欲しいと思うんだ」
「? そのつもりだけど?」
「なら、どうして力が必要なの?」
マルセルは、ナスターシアに近づき、そのきらきらと輝く瞳を見つめて続ける。
「父上の敵を討とうというなら……」
その言葉を聞いた途端、ナスターシアの表情がこわばる。
「私は反対だ。もう人を殺したり殺されたり、うんざりだ。それに、君の手を血に染めたくはない!!」
それは、マルセルの偽らざる本心だ。願わくば、ナスターシアに立ち止まって考えて欲しかった。
「何を仰るのお兄様……」
ナスターシアの脳裏には、ロスティスでの惨事の映像が蘇ってくる。色も、音も、臭いすら……。
「父上の敵を見つけたら……」
うっすら、涙を浮かべたナスターシアの心の中には、サイモンの姿があった。
「ミンチにしてやるっ!!! 絶対に……許さない」
血の海のなかに横たわる頸のない躯……。
「ナスターシア……」
マルセルは、ナスターシアの瞳の奥に燃え上がる炎と、その更に奥にある闇に気付き、恐怖した。この闇を埋め、癒やせるものは……果たしてあるのだろうか。
「では、……次は私が」
ため息とも深呼吸ともつかない、深い呼吸とともに、マルセルはそっとナスターシアから離れて集中を開始した。
マルセルが集中を高めていくと、彼の体はほんのりと光を纏った。
「マルセル! 抑えろ!」
お爺様が叫んだがちょっと遅かった。
「ウォーム」
神力が発動した。
だが、なにも起きない……。
静かな日だったが、さらに静かになった気がした。鳥のさえずりさえ聞こえない……。
ガシャーン!
屋敷の中から音がする。
「マルセル……、次からはちゃんと制御するんじゃ。全力でぶっ放しては迷惑じゃ」
「え? でも……。はい……、気をつけます」
このとき、何が起きていたかはナスターシアとマルセルは後から知った。
屋敷の中では、使用人達が急に恍惚となり、ぼへっとしてしまったために事故が起きていた……。街中の人達が、名状しがたい幸福感に包まれ、しばらく呆けてしまったらしい。なんともありがた迷惑な神力だった。
因みに、神力を使える人は耐性があるらしく、ヘロンとナスターシアは効果を受けていなかった。
「最後に私が見せてあげる。最近ずっと特訓してきた成果をね」
「まだ何かあるのか?」
「生成とフォース制御の合わせ技! ジャジャーン」
「うわっ!」
マルセルもお爺様も、ナスターシアの神々しいまでの姿をみて驚いた。
「ナスターシアよ……。どうやっているのか、とても興味はあるが、それはしばらく封印した方がよいな」
「えーーーっ!」
ナスターシアの不満げな声が、訓練の終わりを告げた。