29 352-05 大聖堂の天使(2156)
王都でのお茶会に、突然顔を出したのは第一王女イザベルであった。
全身白っぽいコーディネートで、知的な雰囲気の大柄な女性である。
「シャルル殿下、諸侯等が至急謁見をと申しております」
「そうか……。あまり気が進まぬが……」
「何を仰います! そんなことでは……コホン」
シャルル王子は、席を立った。
人目を憚る話題のようだ。
「そういうわけだ、ナスターシア、マルセル。時間が許せばまた会うとしよう。次は夜会でな」
イザベルは、底意地の悪そうな瞳で値踏みするようにナスターシアを見下ろす。
「ふっ、貴方が……。字も読めないような田舎娘では、股を開いて王子を待つぐらいしか能の無い妃になってしまいますよ」
(なっ! 私この人苦手だ……)
「何を言う、字は読めずとも彼女は聡い。心配要らぬ」
(王子、ええ人や~)
「そうだ、忘れるところだった。おい、あれを持て!」
「かしこまりました」
侍従はそういうと、なにやら小さな包みを持ってきた。
「私から渡そう。近う」
ナスターシアは、席を立ちシャルル王子に近づく。
ひしっ!!
シャルル王子は、ナスターシアを抱き寄せ、硬く抱きしめた。
「必ず、また会おう」
呆気にとられるナスターシアを少し離して、今度は手を取る。
「これは、私からの今日のお礼だ」
そう言って、小さな包みを手に握らせた。
「では、諸君! 失礼する」
(ヤバイ、王子格好いい!! そしていい人っぽい! ヒゲはちょっと嫌だけど……)
「今日はお招き頂き、ありがとうございました」
ぽかんとして動かないナスターシアを尻目に、マルセルが頭を垂れて挨拶する。
「私たちも失礼しよう」
王子が去るとナスターシアたちも侍従達に礼を述べ、帰途につく。お爺様はなかなか帰ってこなかったので、ロジェとアランを残して馬車で送ってもらうことにした。
「ねえ、ナスターシア」
「?」
「王子の求婚を受けるの? まだ11歳だよね?」
「婚約ってことになるんだと思うけど……あと二年しかないし」
「ジョエル様はいいの?」
「マルセル兄様はどう思う?」
「そりゃ、ジョエル様はいい人だけど貧しいからな。いや、普通にお金はあるはずだけど、全部寄付しちゃうから……」
「そうよねぇ……」
(もといた日本なら、絶対却下されてるタイプだよね。人が良すぎて、聖人だもんね。崇め奉る人であって、結婚相手ではないよね……)
「ねぇ、お爺様も帰ってこないし、大聖堂に行ってみないか?」
マルセルは前から気になっていた、大聖堂に行くことを提案した。なにげに聖職者になることについて真剣に考えていたのだろうか。
「うん、行く!」
「フェルナンド兄様に護衛を手配してもらおう。それとナスターシアは男装して!!」
「わかった!」
「リュシスも行く?」
「お供させて頂きます」
リュシスは矛盾を感じたが、敢えてスルーした。偉大なスルー力だ。
もともと男の子なのだから、男装もなにも……という意味だが、実際男装という方がしっくりくることは確かだ。
途中、通りで吟遊詩人がナスターシアの歌を歌っていた。
『運命の糸はたぐり寄せられ、男として育てられていたナスターシアも、美しさを隠し切れず、ついに王子のもとへと……♪』
(お前かっ!!!!)
と言うわけで、三人で大聖堂に来てみた。ナスターシアは男装しているが、それでもなんだか目立ってしまっていた……。
大聖堂は、街の中心にあり、中央広場に面しているのはフェリアの教会と同じだ。ただ、その大きさや装飾の豪華さが桁違いなのだ。
ゴシック様式の荘厳な建築美。丁寧に無数の彫刻が施された外壁、惜しげもなく高価なガラス板を使った窓。
建物の中は石畳のままだが、中央には赤いカーペットが祭壇まで敷かれ、両脇には礼拝用の長椅子がたくさんあった。全部で四階まであり、礼拝堂はすべての階が吹き抜けになっている。そして、その背後には巨大なステンドグラスか飾られていた。
二階、三階、四階と上に上がるにつれ狭くなっており、最上階は一般人は立ち入れない。各階にも部屋があり、その床面積は広大である。
一行は、礼拝室にたどり着いた。ステンドグラスからの光で、部屋はとても明るい。
大聖堂は、敬虔な信者たちが、多く集まる場所だ。
礼拝室にも二十名弱くらいの人がいたが、真摯に祈りを捧げており、とても静かで冷厳な雰囲気だった。
「綺麗~」
「綺麗だね」
「本当に綺麗ですねぇ」
「あれは? 天使?」
ナスターシアが指さしているのは、礼拝堂の丸い天井だった。 そこには、白い大きな翼を持つ天使が、剣を手に悪魔らしい魔物と闘っていた。
「そうだね」
しばし、三人で祈りを捧げる。
もちろん、ナスターシア達はカイル様にではなく、イオス神に対してだが……。
「さて、気になってた大聖堂も見られたことだし、そろそろ帰ろうか」
ナスターシアには、全く言葉が届いていない様子でじっと天使の絵を見つめていた。ぽかんと口を開けたまま、じっと凝視している。
「先に行ってるね」
マルセルとリュシスが先に大聖堂を出て、外で待っていたが、なかなかナスターシアが出てこない。中でなにかあったのか? と、仕方ないのでもう一度見に行くと、ナスターシアはまだ天使を見ていた。
周りの人も、少し心配そうに気にかけてくれているようだ。
「ねぇ、行くよ?」
「えっ! ああ、ごめんなさい。つい」
後ろ髪を引かれながら、ナスターシアは大聖堂を後にした。