03 351-04 そんなこと言ったら正体がばれちゃう(2925)
春風そよぐ季節。
陽光は柔らかく、抜けるような蒼空に新緑の輝きが映える。
ナセルは、物心付いた頃から神への祈りを習慣化させられていた。
普通はみんな、唯一神であるカイルデュナス様、カイル様と呼ばれているが、その神様に祈りを捧げていた。
だが、ナセル達の家ではカイル教でよく使われるカイル様が跪いて祈っている像の他に、小さな丸い鏡を置いてあった。
そして、カイル様ではなく、最高神イオス様に祈りを捧げていた。
それは、どうやら禁忌らしいのだが……。
それ故、来客の際には鏡を隠さなくてはならないとされていた。
ナセルが転生前の記憶を取り戻してからも、それは続けられていた。
「いと高き天に在す 畏き大日霊 至高の神イオス様
我が終生の信仰を献げ奉り 我が見目麗しせめ給いて
恵み幸へ給えと 恐み恐み申す
」
(ぬおおおおぉっ!!
ホントにホントにお願いしますぅ!!
綺麗にしてくださいぃっ!!
毎日絶対欠かさず全身全霊を以て、お祈りさせて頂きます!!
格好いい王子さまのとこへお嫁に行くんです。
ナンマンダブ ナンマンダブ~)
教えられた通りに祈りを捧げる。
ちょっと違う方向になってしまっていたが……。
王子様と結婚するとか考えているが、サイモンへの想いとはまた別腹なのである。
そんなふうに、就寝前の祈りを捧げて寝ると、ある夜不思議なことが起きた。
ナセルは真剣に祈りすぎて、トランス状態に入ってしまったのか、急に視界が明るくなり、白いもやがかかったような中に光が見えた。
そして、その光はナセルに綺麗な声のようなものを聞かせたのだった。
(我が名はアーレフト。汝が心の底から美しくなりたいと願うのならば、我に祷りを捧げよ。我は美しさを司る神なり。汝が心のままに女性の優艶さを願い信仰を捧げるなら、手を貸してやろう)
ナセルは、気がつくと床に突っ伏していた。
(夢……か?)
翌朝。
「なんか、アーレフトって言ってたな……」
ナセルは、とりあえず顔を洗い、柔軟体操をしてから半信半疑で朝の祈祷で試してみた。
(こころなしか、肌の艶が良くなった……? わけないか。所詮夢か、続けてはみるけど)
別の日。
食後、寒いので家族で、暖炉のそばに置いた長椅子の上でゴロゴロしていると。
「ナセル。そろそろ髪の毛切ろうよ」
馬鹿兄が絡んでくる。
「嫌」
「なんで?女の子みたいで変だよ!」
「いいの、別に」
「こんど、夜中にこっそり切ってやる……」
「そんなことしたら……コロスから」
ちっちゃいナセルから、ギロリと睨まれ怯むマルセル。
「ナセルさぁ、手すりでタマなくなってから変じゃない?」
「な! なくなってないしっ! た、たた、タマあるもんっ!! 降りてきたもーんっ!」
(失敬な! てか、タマとか言わせんなっ! セクハラだぞ?)
(……いや、待てよ? アーレフト様に祈りをバンバン捧げれば、ひょっとしたら? ここは異世界。何が起きても不思議はない! ……だとしても、自助努力も必要だよね)
「お爺様、そういえば化粧水とか無いんでしょうか? もっといい石鹸とか?」
「あ? ああ……。 ない……」
なんとも間抜けな、気の抜けた返事が返ってきた。
「ナセルや、ちょっと爺の部屋においで」
(ん?)
お爺様は、ナセルを自室に招き入れた。普段は使用人でさえ入ることを許されない部屋。何があるのか、あまり知られていなかった。
(何があるんだろう?)
そこにあったのは、書斎と本が詰まった本棚だった。
(普通すぎてつまらん)
「ナセル……、お前」
なんだかもったいぶってお爺様が問う。
「どっから来た?」
「は?」
「おぬし、最近変じゃ。それになぜ、化粧水なるものを知っておる?」
「えっ!?」
(ぐぬぉっ! 私なんかやっちゃいました?ってヤツ? マズイ状況なのでは?)
「えっと……、あのぅ……、そのぅ……」
しどろもどろのナセルから溢れる冷や汗。
「ふむ。儂はその昔、日本という国から来た。もとは大学で教鞭をとっておったぞ」
「え? マジで? ございますか?」
なんと、自分以外にもそんな人がいるんだ!?
「どうやら、そういう家系みたいでな……」
「ということは、お父様や兄上達も? ですか?」
「まあ、そうなる。だが、マルセルだけはまだ違うようじゃ。だから、あれには秘密にしておる。もちろん、使用人や転生者以外には全て伏せてある。ややこしいでの。あ、あと其方の母マリーも転生者ではない。意外かもしれんが……」
「一番、それっぽいのに……」
「で。もう一度聞こう。どこから来た?」
ならば話は早い。
「えっと……、自衛隊にいました。第四対戦車ヘリコプター隊第一飛行隊で二等陸尉でした。中西路加っていいます」
「えーと、女性かの?」
「ああ、一応女でした……。もともとは男性の名前みたいですが、ルカだけに親が女性名と思ったらしく……。」
「なるほど、女性じゃったか……。それは大変じゃろうな、いろいろと。でもまあ、それでこれまでのおぬしの性格も態度も合点がいくというものじゃ」
「あのぅ、ところで、王子さまとかいたりするんですか?」
「ああ、おるよ。儂、王とは懇意にしてもらっておるし、王都でたまに会うぞ」
(こ、こともなげにすんごいこと、さらっと言ったよね!?)
「折角なんで、王子さまと結婚してみたいなーって!!」
「………………はーっ。どんな人かもわからないのに?」
大きなため息。
(なんか、ためが長かったの気になるんですけど)
「自分が今は男であることを忘れてはおらんかね? それに、それはただの思いつきよの?」
「えっ! ああ、確かに……。今は、そうですね。それに、やっぱり王子様って憧れなんですよ!」
「今は、って……。これから女になれるとでも?」
お爺様は、目を逸らす。痛い子にかかわってはいけない……みたいな。
「まだ、ひょっとしたら~なんですけどね。神様にお祈りすれば大丈夫かもしれません! なので、諦めない方向でお願いします」
(声が聞こえたとか、寝言を言うのは止めておこう。きっと信じてもらえない……。)
「それって……、いわゆる男の娘になるということかの?」
「おっ! えっ? ええーっ!!! いやいやいやいや、違いますよ!」
「何が?」
「男の娘とか、女装っ娘とかじゃなく!! ……なく。……そうかも?」
あれ? ひょっとして、お爺様の指摘は正しいの?
「いえ、違います! キッパリ! だって、私、女ですし!」
「言いたいことはわかるが、それ男の娘じゃから……。まあ、よい」
(こうなったら、意地でも完全に女性化しなければ!!)
「解って頂けたなら、化粧水が欲しいんですが……」
「さっき言っておったな。ふうむ……。考えておこう。多分じゃが、近いものは出来るじゃろうと思う」
「ひょっとして、ファンデーションとか、アイライナーとかもできます?」
「アホかっ!! 仮に出来てもお前にはやらんっ! 考えたこともなかったわ……」
お爺様はだんだんトーンダウンしていく。思いつかなかったことについて、考えているようだ。沽券に関わるのだろう。
「商材として開発してみても面白いかもしれんな……。石探しついでに……。まあ、既にあるかも知れんが……ナセルが欲しいものではないじゃろうな」
「やたっ!!」
「やらんと言うとろうがっ!!!」
「でも、知っている人が私しかいなかったら、私に使用感とか意見を聞くしかないですよね?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるナセルであった。