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24 352-05 5月祭 お爺様の秘密兵器達(3144)

 5月祭、当日。


 イベント、とりわけこの祭りに関しては、未婚の男女にとっては勝負のときなのだ。


 ナセルは朝から気合いが入っていた。湯浴みを先に済まさせてもらい、先ずは髪の乾燥から。普段は月に一度くらいしか髪は洗わないのだが、今日は特別だ。タオルドライしながら祈祷を終わらせると、エレナ達に頼んで乾かしてもらう。といっても、ひたすら扇ぐだけだが……。

 あらかた乾燥してから化粧水を塗っておく。石鹸には香りはついていないから、薔薇化粧水で薔薇の香りを纏うのとパサつくのを抑える効果もある。


 そして、丁寧に梳いてもらう。ほどよくツヤツヤ。本格的につやっとさせるには小手がいるが、まだ開発してもらってない。リラックスできるひとときでもある。


 次に着替え。昨日もらってきた下着に着替え、昼用コルセットを装着!

 締めすぎ注意だ。

 でも、この締まり具合はちょっと癖になる。

 ちなみに夜寝るときは夜用コルセットを着けたまま寝る。広がったあばら骨を狭める為だ。……人体改造の領域。

 顔を通す服は、ここで着てしまう。そして、メイクで汚れないように前掛けをつける。

 

 さらにここで秘密兵器を取り出した。


「取り出したりますは、ジャジャーン!」


「大きい鏡!」


 部屋の祭壇にある小さな丸い鏡ではなく、手のひらサイズの手鏡である。丁寧に磨かれており、良く見える。これなら細かいアイメイクも可能だろう。


「手作りファンデーション!」


 お爺様に作ってもらったファンデーション。カオリナイトとかいう粘土と細かい雲母(うんも)粉を瑪瑙(めのう)乳鉢(にゅうばち)でこれでもか! とすりつぶしたものを、自分専用に顔料で色をあわせて作ったのだ。ちょっぴり粗い雲母も入れてある。ほんの少しだけ、キラキラする。でもこれは固まってないので、筆で使うのだ。

 柔らかいリス毛のフェイスブラシも作ってもらった。

 ちなみに、やったのは全部職人さん達。


「手作りアイライナー!!」


 基本的には炭。炭を細かくすりつぶし、油と練ってちょうどいい粘度にするのだ。びっくりするほど真っ黒。ファンデーションの原料も入ってる。

 筆は、クロテンの毛で作った絶妙なコシと揃いのいい逸品! これでちゃんとラインが引けないなら、もう諦めるしかない。


「そしてぇ、いつもの薔薇化粧水!」


 薔薇水と石鹸の塩析時にできるグリセリンを混ぜてアルコールを加えたもの。薔薇の香りが素敵なお気に入り化粧水。


「あ、あとお母様の紅とシャドウ……ね」

 これは借り物。それぞれ専用の筆がセットになっている。



「さて、お絵かきタイムなのです」


(しっかし、化粧映えしそうな感じよねぇ~)

 とか、思いつつ、手際よくしかし丁寧にメイクしていく。


 化粧はした方が映える人と、むしろあまりしない方がいい感じの人がいるのは確かかも。ナセルは前者だ、化けるタイプ。


 まずは、化粧水で肌を整え、ファンデーションは塗ってから一旦布で押さえておく。そして、眉毛をハサミで整理し、足りないところを炭で書き足す。

 正直、ファンデーションは要らないかな? とも思ったが、やっぱりちょっと塗ると印象が大人っぽく変わる。それに、塗らないとアイメイクはキマラナイだろう。

 キモはアイラインである。目を半分閉じて、気合いもろとも幅広めに塗っていく。二重だからしっかり塗らないと、思ったような線にならない。内側は目玉に触れるギリギリまで塗る。目尻は一番気になるポイントだ。垂れ目にならないように、スッとちょい上に上げながら……。


 よしよし! ここまで来れば、もう終わったようなもの。


 アイメイクの仕上げに、シャドウをほんのり……。上品な感じにラインをぼかすのだ。

 ここでもう一度ファンデーション。失敗も隠せて、毛穴も隠せて一石二鳥。単に一回目が馴染むのを待っていただけだけど。透明感のある自然な肌の完成。


 最後は、唇に紅を乗せていく……。上唇は、「へ」「へ」と。下唇はちょい分厚めに……と。ん? なんだか艶がありすぎるというか……。ヌラヌラになった。


 お母様めっ! エロは要らんのだよ、エロは!!


 ファンデーションをちょびっとのせておこう。エロ緩和のためだ。

(……あんま、効果ねぇな)


 チークはない。


 だが、完成!! としよう。


 ナセルは、改めて鏡で全体を確かめてみる。


(うん! かつてないくらいに完璧!)


 街の人達は、普段あまりメイクしていない。娼婦が口紅爪紅を差すくらいと、あとはお金持ちの奥方ばかりだ。なかには美白のつもりなのか真っ白に塗りたくっている人もいるが、あれはいただけない。


 さて、残りの服を着て完成である。下着の上にパニエを一枚はいて、ふんわりさが更にアップ。たくし上げたジャンパースカートの裾が、リボンで結わえられて、エビのシッポみたいな形になっている。


 時間的にはもうお昼だが、コルセットのせいか全くお腹が空かない。


 そうだ、リュシスに髪を結ってもらおう。


「リュシス! 髪の毛編んでくれない?」


 ナセルは、部屋から出て階下に降りながらリュシスを呼んだ。


「はい只今!」


 バタバタバタバタ、ガタン! バーン! ドカッ!

 相変わらずである。

 お兄様達は、祭りの準備のために男衆だけで出かけてしまっていた。


「お待たせ……し……」


 リュシスはナセルを見るなり、言葉を失った。


「凄い!! ナセル様ですよね? なんて綺麗なんでしょう!! みんなに見てもらいましょう。 みんな来て~! エレナ様ぁ」


 何事かと侍女達が玄関ホールに集まってくる。そして皆一様に言葉を失い、そして直後に饒舌に感動を分かち合う。

 ナセルを赤面させつつ、わいわいと批評し、これならどんな男でもイチコロに違いないなどと祭りの戦果を予想し合う。


「あの、リュシスさん、髪をお願いしたいのだけど……」


「あっ、ごめんなさい。つい」


 慌てて髪を編み始める。


「なんだか緊張しますよ。この世の者とは思えないほどです、本当に」


 綺麗に編むために、いつもより丁寧に髪をまとめて編んでいくリュシス。両サイドアップにしたあと、ドレスと同じ紺青色のリボンで止める。本当はもう少し長さが欲しい……といつも思うのであった。


「マリー様。ごきげんよう」


「ごきげんよう、みなさん。ナセルの着付けが完成したのかしら?」


 現れたナセルの母マリーは、今日は真っ赤なコーディネートだった。いつもの黒と赤が反転しただけとも言える。だが、明らかに品質のいい布をふんだんに使ってフリルのできた袖広がりのドレスで、頭には白いヴェールを被っていた。既婚の女性は、祭りではヴェールを被るのだ。


「あらまあ、綺麗になって」


 マリーは、目を細め、腰を落として目線をナセルと同じ高さに合わせる。そして、改まってゆっくりと話し始めた。


「ナセル……」


「今日から貴方は、名をナスターシアと改めなさい。お義父様と相談して決めた名前です。その方が自然ですから。ナセルは幼名とでもしておきなさい。教会にはお義父様が届け出ます。

 それから、これは私からのプレゼントです」


 マリーは、かんざしをリュシスに手渡した。リュシスは、ナスターシアの後ろから、編んだ髪をまとめた部分に挿し、つけてくれた。

 真鍮の柄に、ピンクのタッセルと小さな鞠が二つずつついており、リボンや服の紺青に対して、差し色として映える。


「昔、サイモンがくれたものを可愛い感じにアレンジさせたのよ。

貴方がつけてくれたら、あの人もきっと喜ぶわ」



(お母さんありがとう。きっと、私がお父さんを大好きだったことを知ってて……。そっか、お父さんは江戸時代の武士だったもんね。だからかんざしをお母さんにプレゼントしたんだ)


 ダメだ、折角気合いを入れてメイクしたのに、涙が……。


「ありがとう、お母様」


(涙が制御不能だよ……)


「これで、いつでもあの人と一緒ね」


「お父様との約束も……、必ず……」


 ナスターシアは嗚咽がとまらない。母の腕にすがり、ただ涙が流れるに任せた。

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