22 352-04 5月祭 羽化(3437)
二週間後は、5月祭である。
一年で一番華やぐ時節。住民は、年末から既にこの祭りのために準備しているほどで、皆とても楽しみにしている。
祭りは、街の中央広場と隣接する教会で開催され、若い未婚の男女が、互いに相手を見つけて踊る出会い系イベントでもある。毎年多くのカップルが誕生し、結婚していく。しかも、祭りは三日間も続くのだ。
そのあいだ、酒や食べ物の屋台が出て、楽士達が音楽を奏で、町中が浮かれ、盛り上がる。当然、喧嘩や犯罪も絶えないのだが、そこはノリで乗り切るのがフェリア流だ。
年頃の男女は、気に入った相手と踊る。踊った相手は、結婚相手の候補として認められることになる。そして、祭りの最終日に男性が告白し、女性が受け入れて踊れば晴れてカップル成立である。
平民が所謂逆玉を狙える千載一遇のチャンスではあるが、成功率は高くない。
ナセルは去年のこの祭りを羨ましく眺めていただけだったが、今年は全力で参加する予定である。
祭り本番に向けて、ギルロイ商店で仕立てた服があがってきたとの連絡を受けて、受け取りに来たのだ。
カランカラン
店の入り口のドアにつけられたベルが、ナセル達一行の来店を告げる。
「いらっしゃいませ。フィーデス商会のナセル様の御衣装ですね。今準備いたしますので、少々お待ちください」
店には、豪華絢爛な衣装から、地味目の衣装までトルソーに着せられている。
羽根飾りとリボンで装飾されたカンカン帽やペンダント、ブローチ、ネックレス、ピアスまである。服には金糸で刺繍されているものも多い。超高級店の名に恥じぬ品揃え。
お、ウチで作っているパルファムも置いてある。
「このペンダントなどはいかがでしょう?」
ナセルは、ほっておいて欲しい派だった。右も左も分からない大店の子供が来店しているのだ。勢いに任せてどんどん売ってやろうという、たくましい商魂が見え隠れする。
「すいません、今日はちょっと……」
「失礼いたしました。どんなものでもご用意いたしますので、なんなりとお申し付けくださいね」
店の中を見てまわっているうちに、店子が呼びに来てくれた。
「奥でお召し替えいたしましょう。どうぞ、こちらへ」
奥へ入ると、何人もの店子とともに店主のシャルロッタがいた。
シャルロッタは仕立ての良いすっきりとした山葵色のブリオーに栗皮色のベルトで絞めていた。ともすると補色になりかねない取り合わせに近いが、明度の違いからすっきりとまとまった配色に見える。
華美にならず、それでいて高級服飾店の店主に相応しい装いである。
「お久しぶりでございます、ナセル様」
「お久しぶりです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。こうした方がいいという事がありましたら、どんどん仰ってくださいね。老師の関係者の意見は私どもにとって、とても大事な意見ですので。どうか遠慮無く」
にっこりと微笑みつつ、上品さと嫌みにならない丁寧さで接客をする。シャルロッタは、歳こそ30近いがまだまだ若々しさを保っていた。
「では、始めましょう」
そういうと、ナセルの服を脱がせ始めた。焦げ茶色の膝近くまでの長さのある細身のジャケットと、白いゆったり目のハーフパンツを順に脱がせていく。そして、下着にも……。
「あのっ!」
「はい?」
「それ以上はちょっと……」
シャルロッタは、何かを察したようで、すぐに店子に合図を出す。
「そうですか。では、あちらでこの下着にお着替えください」
若い女の店子は、そういってさらに奥の荷物に囲まれた作業スペースにナセルを案内した。
「狭い上に、お手間をおかけしまして、誠に申し訳ありません」
受け取った下着は、白い絹でできた肌触りの良いドロワーズだった。裾部分は、ヒモで絞れるようになっており、フリルになっていた。凄い。
なんだか人に見られていなくても恥ずかしいものがある。
さっさと着替えてしまう。
ナセルは、着替え終わると、隠れたスペースから元の着替え場所に戻った。
「さて、ではこれを付けますね」
今度は、白いコルセットである。
「これは、ヘロン様からご提案頂いたもので、今回初めて製作させて頂いたものです。使い方も聞いてはおりますが、具合が悪ければ仰ってください」
コルセットは、おへその辺りから胸の真ん中ぐらいまでのロングタイプで、胸の形もきれいに出るように立体的に作られていた。骨が何で出来ているかまでは教えてくれなかったが、お爺様に聞けばわかるだろう。
ナセルは、コルセットの前の金具をつけられると、そのままぐいぐいと後ろ側のヒモを引っ張られた。
ギリギリと絞め上がるコルセット!
なんだか息が苦しい。
「あ、あの……痛いかも……」
「も、申し訳ありません。加減が良くわからなくて……」
すぐに緩められた。
コルセットは、締まるからといって絞めすぎると気分が悪くなったり、最悪骨折するので、絞めすぎ注意なのだが、誰もそんなこと知らなかったので仕方ない。
結構きつめに付けられたコルセットで、蕾のような胸が少し強調されて、締まった腰との対比で女性らしさを演出していた。骨盤も大きくなりつつあったが、幼児体型なのはどうしようもない。
「いいですね。私も欲しくなっちゃいます」
他の店子達もざわざわする。来年は、みんな付けているかも知れない……。でも途中退場者続出だろう。だいたい、頑張りすぎてしまうのだ。
下着が終わるといよいよ上着の出番だ。
上着は、透けるように薄い白い絹の艶やかなブリオー(そでが広がっていくワンピース)をベースに、深みのある紺青色の前開きジャンパースカートを重ね、その両脇太ももの中ぐらいの位置には共布の幅広リボンが縫い付けられていた。リボンでたくし上げて腰で一周巻き、そのまま背中側で結ぶと、ふんわりとしたシルエットになった。ジャンパースカートの生地はしっかりしていて、前のボタンの閉じ具合で開きを調節できた。
さらに深い紺青色の幅広のストラ(ストール)を、両肩から垂らしたようなデザインになっていた。ストラっぽいものは、縁が金糸で刺繍が施されて、先端にはナセルの好きな薔薇の刺繍が施されている。
肩からかけているように見えるが、実は肩で縫い止められているのでずり落ちることはない。
全体的に青金石を思わせる衣装だった。青を基調に白い部分があり、金糸の刺繍が青金石そっくりである。
「うわー、凄い綺麗です」
「ほんとねー、素敵な服に仕上がってますわ」
「髪の色にもぴったりですねー」
「うーん、なにか胸元が……」
店子達が好き好きに品評すると、シャルロッタが割って入る。
「では、外で待っている殿方にも見ていただきましょう」
店の中で手持ち無沙汰に待っているのは、マルセルリュシス、それに護衛剣士の二人、ロジェとアランだった。
「どう? お兄様」
「うん、いいんじゃない?」
(なんという気のない返事!! おのれ許せん!)
「ロジェは?」
「す、素晴らしいと思います」
と、ロジェ。
「私ごときが、口を出せることではございません」
アランは堅物だった。
(男共は話にならんな……リュシスに振るのは酷かな?)
「リュシス?」
「え? あの、その……。とっても素晴らしいと存じます。ただ……」
なぜか最後まで言わない。やはり差し出がましいことを言いたくないのだろう。うん。
(なんかこう、胸のあたりがすっきりしすぎてる気がするのよね……)
「そうね。胸元になにかアクセントはないかな?」
「でしたら!」
待ってましたとばかりに若い店子が駆け足でペンダントを持ってくる。なんやねん! 最初から用意しとったんかいっ!! みたいな?
「ルビーのペンダントですが、いかがでしょうか?」
小さなルビーがついた可愛いペンダント。台座は、さりげなく花の形をあしらっている。
「ええ、とってもいい感じです」
なんだか、思惑にのせられた感もあるけど、満足満足。
(祭り本番でみんなを驚かせたいから、今日は着替えてもとの服で帰ろう)
また、奥で元の服に着替えているとリュシスとシャルロッタが話す声が聞こえてきた。
「共布のリボンを一つ。あと、コルセットとブリオーは2枚ずつ、下着は3枚おつけしてあります」
「はい」
「お代は、金貨42枚になりますが、商会の方につけておきますね」
「……はっ? 今なんて?」
うっかり声が出てしまった。
すかさず、近くにいた店子がフォローする。
「無粋な話は、担当の方と致しますのでお気になさらず」
(ヤバイ、金銭感覚狂うわ……。使用人の一年の給料の4倍やん!! 服だよ、服!! 車ちゃうねんどー!)
これは絶対頑張らねば! と思うナセルであった。




