18 352-03 騎士を目指して(1835)
晴れた日が多くなり、春の息吹が感じられるようになってきた三月も終わり頃。
ストンッ、トンッ、トンッ……
ナセルは暇になるといろいろ考えてしまうため、無心になろうとダガー投げに勤しんでいた。まだ、外は肌寒く感じるときもあるが、ダガーを投げたり取りに行ったりしているうちに、暖かくなり汗ばむ。
ダガーの的は、芽が出始めた薔薇のアーチが続く先に置いてある。以前より少し遠くなった。
「やあ、ナセル君」
そこには、鎖帷子をジャラジャラいわせた上から、さらに羊毛のジャケットを着た壮年の騎士が立っていた。
一瞬、誰だか分からなかったが、ナセルはすぐ思い出した。ジョエルの父、テオドールだ。
「ご無沙汰しています、ゴーティエ卿」
右手を胸に当て、挨拶をする。
「テオドールでいい。老師と予定があるのだが、おられるかな?」
「ご案内いたします」
薔薇のシュートが出てきている中庭の薔薇園から、テオドールのところへ行き、エスコートしながら玄関までついていく。
「お爺様ぁ!! テオドール様がいらっしゃいました! あ、エレナ・・・。お爺様を」
「畏まりました」
ほどなく、ヘロンがロビーに現れた。
「おおっ、ゴーティエ卿。元気そうでなにより」
「老師も、相変わらずお元気そうで何よりです」
「準備は出来ておる。上がるがよい」
お爺様とエレナは、テオドールを二階の広間に案内した。
広間はだだっ広かったが、テーブルの一つを独立させ、クロスや花でこぎれいにされている。
「どうした? ナセル」
普段は寄りつこうとしない会合……という名目の酒盛り……に、何故かナセルがついてきたので、お爺様が聞いた。
「いえ。すこし、テオドール様に伺いたいことがあって」
「ナセル様、先ずは椅子におかけになっては?」
エレナが着席を促す。客人に失礼のないように気を配ってのことだ。
そう言って、お爺様、テオドール、ナセルの順に椅子を引いてくれた。
「本題に入る前に、ナセル君の話を聞こうじゃないか」
「ありがとうございます。実は、父上との約束もあり、騎士を目指したいのですが、どうしたらいいでしょうか」
ナセルは、聞きたかったことを聞いてみた。
「うん、先ずは、沢山食べて大きくなろうか……」
「冗談で言っているのではありません!」
テオドールとお爺様は、顔を見合わせて驚いた。
「それは、失礼した。騎士になるには叙勲が必要だ。15歳になったら受けられる。それまでは、従騎士として騎士のお手伝いだ。だが、従騎士として取り立てられることも簡単ではない。ミリティアの教練に参加してみるのがいいだろう」
テオドールは、一通りの説明をした。仕方なくといったふうで……。
「だけどナセル君……無理だと思うよ」
「無理じゃないです!! それに、約束したんです!!」
そういうと、ナセルは席を立ち、ダンダンと部屋から出て行った。
「すまんな、テオドールよ。まだ、父親の死から立ち直れんのだ」
「いえ、分かっております」
「しかし、ナセルは甘やかされ過ぎておってな、字も読めなければ、馬にも乗れんのだ」
「では、折角本人がやる気なら、乗馬からさせてみては? ちょうどよい馬でも見繕って参りましょう」
「そうじゃな。では頼むぞ。お代は……、ウイスキーひと樽でどうじゃ?」
「そんな! お釣りが来ますよ、はっはっは!」
「講師も……と言いたいところじゃが、流石にそうもいかんじゃろうから、それはウチのアランにでも頼んでおくとしよう」
中庭では、ナセルが一人思い悩んでいた。
(剣を振る方法……、力をつける方法……、速く動く方法……)
「うーん……」
「どうしたの? ナセル」
マルセルが教会から帰ってきた。最近は教会に出入りしているようだ。神学も勉強して、教会で働く準備をすすめている様子である。
「マルセル兄様……。あのね、どうしたら手っ取り早く力をつけられるかな? と思って……」
「筋力強化?」
「……それは嫌なの」
「じゃあ、難しいけど『力の神様』にお祈りするしかないんじゃないかな」
「で? どうなるの?」
「力の神様、ターム様が与えてくださるのは、フォース制御っていう力らしいよ。私には良くわからないな。重さと速さが問題らしい。ニュートンと重さとカソクドがどうとかお爺様が言ってたな……」
「ほうっ!! なるほど!! 解ったよお兄様。ありがとう!!」
「えっ? いまので解ったの?」
ナセルはこの世界の文字は勿論読めないし書けないが、理解力は高かった。本質を理解する力が高い故に、一を聞いて十を知るタイプだ。
早速自室にこもって実践してみたナセルであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
読んでいてくれる人がいる。こんな嬉しいことはないです。
鋭意執筆していますので、これからもお付き合い頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。