17 352-01 二つの決意(3484)
今年の年明け早々。あれは、まだ雨やみぞれが良く降るとても寒い季節だった。
ロスティス事件の起こる前の話になる。
ナセル達は、半ズボンから長ズボンに替わっていた。ジャケットも厚手になり、内側には羊毛を編んだものを着込む。そして、一番外側にはフード付きのマントを羽織る。それでも寒い。
世界がどんよりと鈍色に染まる。
ナセルは、マルセルと一緒に行った教会の帰り道で、いつものいじめっ子達に虐められていた。
「いっ!」
ナセルとマルセルが歩いていると突然ナセルが声をあげたかと思うと、ポトリと音がした。石をぶつけられたようだ。マルセルは咄嗟に投げられたと思う方向に背を向けてナセルを庇う。
「当たった!」
少年の声とともに、ポツポツと石つぶてがマルセルの背中や足に当たる。結構痛い。
「おいっ! 出てこい隠れるな!」
あっという間に、近づいてきた五人ほどの少年に囲まれてしまった。一人は領主の息子だ。去年の五月祭以降、なぜかいじめっ子達と合流して事ある毎にナセルを虐めるようになった。
彼は確か、もうすぐ成人の筈だ。いつまでも子供っぽいのだ。
護衛の剣士もついていたが、護衛は護衛であって教育係ではないためか、どんな酷い態度をとっても全く注意したりはしない。よほど目に余るときだけだ。
「女みたいで気持ち悪いんだよっ!」
「クズは礼拝に来んなっ!」
「ちょっと親が金持ってるからって、いい気になるなよな!」
「うぜーっつの!」
ナセルのこめかみ近くからは、血が出ていた。いつぞやのように反撃することは出来ない。貴族にたてついて酷い目に遭うのは、結局自分たち平民だ。
「やめてくださいっ!!」
「ふんっ! 大店の子でも、貴族には逆らえねぇよなあ!」
「どけよっ! おら」
マルセルは、どんっと、殴るようにしてナセルを庇っていたところから押され、弾みで転んでしまう。まずい……。
ドスッ!
ナセルに容赦なく浴びせられたのは蹴りと土であった。ナセルは、下を向き、体を丸めて耐えるしかなかった。どうなったら気が済むのか、執拗に蹴り続けられ、ごろごろと鞠のように転がるしかない。
「やめろ!!!」
マルセルがいくら叫んだところで、なんの足しにもならなかった……。もう、こうなったら……。拳を力いっぱい握りしめ、立ち上がり、後先考えずにやるべき事をやるだけだ!
「お前達! 何をしている!」
不意に、ナセルを取り囲んでいた少年の一人が引き剥がされた。
「ああん?」
「何だお前! まーた嫌われ貴族のゴーティエんとこのじゃねぇかっ」
私かリュシスと同じくらいの少年が、そこにはいた。騎士の理想を説き、常に高潔たらんとするゴーティエ卿が煙たがられていたことは確かだ。
「弱い者を虐げて、貴様等それでも騎士かっ?!」
「何言ってんだ、あんななよっちぃの、見てるだけで反吐が出るぜ」
「そうだ、男ならやり返せばいいんだ」
「そうだ、やり返せないようなウジ虫はどうしようもないヤツだ」
割って入った少年は、大仰な手振りをしてさらにたたみ掛ける。
「弱き者を助けよ、カイル様はそう仰ったのだ! 騎士の剣は、そのための護る剣だ!」
「けっ! 格好つけてんじゃねぇよっ!!!」
「行こうぜ」
平民相手ならいくらでも偉そうにできるが、貴族相手になった途端腰が引けていくのは、見ていて滑稽だった。
「大丈夫か? 立てるか?」
そうナセルに声をかけ、手を伸ばしている相手を、ナセルは知っていた。ゴーティエ家のジョエル様だ。何度か彼の父親とうちに来ていた。
ナセルは、自らに伸ばされたその手を取り、立ち上がる。
ジョエルは、ハンカチでナセルの頭の血を拭いてやると、そのままハンカチを手渡した。
ナセルは、ぽかんと口をあけたまま、ジョエル様を凝視していた。
「お前はもう少し強くなれ。自分らしく生きろ、下を向くな! 堂々と自分が自分であればいいじゃないか! 弱いことは、恥じることなどではない」
あとで反芻すると、前後で矛盾している気がしなくもないと思ったが、そのときはとても力強く聞こえた。ナセルは、答えるでもなく、ただジョエル様を眺めている。
「ところで、護衛はどうした?」
「今日は、足りなかっただけです。大丈夫だろうと……」
マルセルは、よこからフォローする。
「そうか、気をつけるのだな」
「あの……」
「何だ?」
「ありがとうございました」
マルセルは手を胸に当て、礼を述べた。
「気にするな」
それだけ言うと、颯爽と去って行く。
男にとっても、腹が立つほど絵になる男だった。
「ナセル、大丈夫? 行こうか」
ナセルがぽかんとしたまま動こうとしない……。
「ナセル?」
おーい。
「ナセルさん?」
「ナセル!」
ようやく、こちらの世界に帰ってきたかのように、ハッと気がつくナセルだった。
翌日。侍女のエレナとマルセル、リュシスを伴って服飾店のギルロイ商店に向かった。
ギルロイ商店は、貴族街側の繁華街にある町一番の高級服飾店だった。店の建物はガラス窓が取り付けられ、店内に展示された豪奢な衣装や装飾品が外から見えるようになっていた。それに、中に入るととても暖かい。
ナセルは、お屋敷もこれぐらい綺麗にして住みやすくして欲しいと、かねがね思っていた。が、お爺様は贅沢に興味がないためか、全く無頓着である。
「いらっしゃいませ」
店に入ると店子が出迎えてくれる。
「今日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「マルセル様とナセル様の祭りの服を仕立てて頂きたくて……」
「でしたら、奥で詳しくご要望をお伺い致します。その後で採寸させて頂きたく存じます」
「わかりました」
先ずはマルセルから、リュシスと一緒に奥に入って希望を伝える。
そのあいだ、手持ち無沙汰のナセルは、店内をうろついてみた。
綺麗な服、綺麗なアクセサリー、綺麗な帽子……。暴力的な人達が多いことを忘れさせてくれる、キラキラとした美のオアシスのようだった。
嫌なことも忘れさせてくれるだろうか?
ほどなく、マルセルが出てきた。
「お待たせ」
「決まった?」
「うん、あんまり変わり映えはしないかもだけど。目立ちたくないし」
リュシスも出てきたが、なんだか浮かない顔だ。何かを思い詰めているような……。
「では、ナセル様。参りましょう」
エレナに促され、今度はナセルが奥に通される。
「はじめまして、私が店主のシャルロッタでございます。以後お見知りおきを……」
「よろしくお願いします」
「では、どのような感じの服にするか決めて参りましょう。何か、抽象的でもよいのでご希望がございましたら、なんなりと仰ってくださいね」
ナセルは、迷っていた。
本当は男の子の格好をしたくはない。
でも、世間体とかもあって、ずっと男の子っぽく振る舞うように気をつけてもいた。
一方で、アーレフトへ祈りを捧げ続けている効果なのか、どんどんと女性らしさが加速していっていることも事実であった。
肩までだった髪は伸び、肩甲骨に届くほどになった。体は少しずつ丸みを帯びつつある。肌の質感も、肌色も明らかに変わった。
もう、男の子の格好をする方が無理が出てきているのだった。
「あの……、私は……」
『自分らしく生きろ、下を向くな! 堂々と自分が自分であればいいじゃないか!』
ナセルは脳内で、ジョエルの言葉を反芻する。
「可愛い感じの……」
えっ? と驚いたのは、エレナだけではなった。
「ブリオーがいいです」
店子達はみな、声には出さないが仰天した。ただ一人、シャルロッタを除いて。
「畏まりました。デザインを幾つか持って参ります」
予定になかったのだろう。シャルロッタは奥までなにやら取りに行った。
「ナセル様……。マリー様は?」
「ううん。言ってない。でも、きっと許してくれると思う」
「もう、決めたんだよ。後戻りしない」
そのまま、シャルロッタが持ってきたデザインをベースに、ナセルが思いつくことをシャルロッタに事細かに伝えていき、デザインを完成させていく。
シャルロッタは、心密かに歓びに満ちていた。
(どこから、こんな発想が浮かぶのかしら!? 流石、ヘロン様のところの人は、皆変わっていて面白い!! 商売のネタをただで提供してくれるんだもの、頑張らなくちゃ!!)
帰り道。
道に迷ったのか、リュシスがいなくなった。
「リュシスがいないよ?」
「あら……、まあそのうち帰ってくるでしょ。買い物にも行って貰ってるし」
エレナは心配していない。食料品の買い出しやらは、よく出かけるので、迷ったりするはずはないのだが……。
「でも、ちょっと心配だな。探してくる」
マルセルが、リュシスを探しに行こうとしたとき、彼女は帰ってきた。
肩で息をして、一生懸命走ってきた。
「どうやったら迷うのかしら……」
不思議に思うナセルであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
読んでくれる人がいることに感謝を!!
今後ともよろしくお願いします。




