13 352-03 秘術魚獲り!そして……(3111)
「マルセル! ナセル! 魚獲りに行くぞーっ!」
あれから四日。父サイモンの死から間もないこともあり、屋敷の中もどことなく重たい空気が充満している感じだ。今日は日曜日なので、教会へ礼拝に行かねばならないのだが……。
「お爺様、礼拝には行かれないのですか?」
「行かぬ。支度せいっ! 水と薪じゃ! あとは要らん」
軽い! 軽いな、なんだか。このところ気分が滅入っていたのを察してか、ワザと楽しげにしているのかな?
「お爺様、私もですか?」
「そうじゃナセル。魚きらーい、とか、なしじゃ!」
「えーっ! お魚、臭いからきらーい」
「うむ、では胡椒と塩を小袋で持参せよ! よいな!」
「なんで命令なのー?」
「いいから早うせいっ! わしゃ、せっかちなんじゃ!」
「知ってるもん! そうだ! エレナさ~ん!」
ナセルにとって教会に行かなくてもいいというのは、うるさいいじめっ子達に会わないという意味で、とても気分が楽になった。
ともすると、父の死を思い出し、塞ぎがちなナセルは、努めて明るく振る舞おうとした。
バタバタと準備をして、護衛の剣士二人を伴い、近くの川に向かって歩いていく。途中で、荷馬車と桶を調達したけど、そんなに獲れるのだろうか?
「ピッピッピッピ、ピクニック~♪」
マルセル兄様は、あきれ顔だ。まあ、そんな気分になれないというのも分かる。
川上に向かって歩き、地元の人達でも漁がしにくいから敬遠されている支流の岩場に到着した。訓練と称して、魚の手掴みでもさせる気かな?
「着いたぞ」
まだ3月なのに、日が天頂に近づくにつれ暑くなってきた。
清々しい。
(たまには、街の外に出るのもいいな)
「んじゃま、始めようかの」
(始めるもなにも、何も持ってないんですけど……)
「フォーム、ネット」
(おおっ! これは、父上がやってた武器生成の応用か! でも、なんか掌から漁網がうにょうにょ出てくるのは、ちょっと気色悪いかも)
お爺様は、生成した漁網をえいやっとばかりに川の水面めがけて投げた。8メートル四方ぐらいに広がる。上手いもんだ! だが、辺りは岩場なので、当然岩に引っかかるだけだ。……だけだ?
えっ? 網は岩に溶けるようにスーっと貫通して、ふわぁーっと辺りに広がった。
「よっこらーせ」
(じじいかよ! あ、じじいでした……)
びちびちっ! びちっ!
網がたぐられると、少々何かにひっかかりながら引き寄せられてくる。大きく膨らんだ網の中には木の枝と岩の間に隠れていた大小様々な魚がいっぱい入っていた。途中で少し引っかかっていたのは、魚が岩に引っかかっていたのだ。
「大漁ですね!」
思わず感嘆の声をあげた。
「大漁! 大漁!」
お爺様も喜ぶ。
その後、何度か漁網を投げ、積んできた桶に入れられなくなったところで、漁は終わった。一応、小さい魚は川に投げ戻す。
「さて、今のでわかるようにじゃな。神の奇跡で生成したものは、生物以外に作用せん。通り抜けてしまうんじゃ。はい、ここ、テストに出ます」
「テストて……」
「では、次に火を熾すぞ! マルセル! 薪!」
「あ、はい」
マルセルは荷馬車から薪を取ってきて、適当に組む。ナセルも護衛の剣士も手伝わない。どうしていいのか分からないからだが、マルセルは不満げだった。
「出来ました」
「よし、では着火してみてしんぜよう。こうして……」
お爺様は、薪に手をかざすと全体を撫でるように動かした。
「最初に全体を熱して火が着きやすくするんじゃ。で、奥の方に集中して更に熱していく……と、ほら着いた。便利じゃろ?」
周りで見ていた私とナセルは、狐につままれたようになっていた。
「何が起きたんですか?」
「これも、神の奇跡。つまり神力じゃな。武器や道具を生成するだけではないということじゃ」
しばらく放っておくと、火の勢いが増し、いい感じになってきた。
「……串を忘れた……じゃが! ジャジャーン!」
お爺様、串もサクッと生成。便利すぎ! 獲れたばかりの魚を何本か生成した串に刺し、塩を振って火にかざして焼いていく。串は焦げない。
ちょっと待つと焼けた魚のいい匂いがしてくる。
「おーいっ! お前達も一緒に喰え!」
少し離れたところで辺りを警戒していた護衛の剣士二人にも、お爺様は声をかけて呼んでやった。
「ありがとうございまーす」
その後、みんなでわいわいと焼き魚を楽しんだ。いつもは、煮込んだりソテーだったりする魚も、こんなふうに川で焼いて食べるのも美味しい。実に単純な料理なのに……。
「休憩が済んだら、魚を捌くぞ。剣士は剣を包丁に持ち替えて、魚を切るのじゃ、カッハッハ!」
派手に笑ったお爺様だったが、急に顔が曇る。
「くそう、包丁を忘れたわい……」
よしっ! やった! 捌かなくていい! と、思いきや……。
「ナセル! ダガー持ってるな?」
「臭くなるから嫌です!!」
「いいから、寄越しなさい!」
「いーやっ! お爺様が作ったらいいじゃん」
ぷいっとそっぽを向いたナセルだったが、お爺様にほっぺたをぐりぐりつねられながら観念する。
「寄越すのじゃ」
「ふぁーぃ……」
ナセルは袖口に隠し持ったラペルダガーを取り出し、みんなに配った。マルセル兄様もどうぞ。
「えっ?」
「みんなで魚の腹わたを出すんじゃ! 持って帰ったら臭いからな。ここでやって捨てていく」
目を剥いて、信じられないといった顔をするナセル。
「マジかっ?!」
「マジじゃ!」
ナセルとお爺様は、いつしか暗号みたいな会話をするようになった。わかる人にだけわかる会話……。ネタとも謂う。
マルセル兄様達も聞かれてしまった、失敗……。
マルセル兄様はあからさまに『……解せぬ』という顔をしている。
「ここから差し込んで、こうするんじゃ。よいか?」
剣士を含め全員お爺様から手ほどきを受け、大量の魚を捌いて腹を出していく。気持ち悪すぎて死にそう……。手がヌルヌルついでに、魚に塩をまぶしていく。こうしておけば、しばらく腐らない。
作業をつづけながら、大事な話が続く。
「実はな。カイルデュナス様にどれだけ祈りを捧げても、奇蹟は起きんのじゃ。儂に言わせれば、彼は神ではないからじゃ。これは推測なんじゃが」
と断りを入れつつ、お爺様は続けた。
「カイル様は、イオス神とその他の神の存在に気づき、その神の力を授かることに成功したのだろう。だが、余りにも現実離れした力だったために、彼自身が神と崇められてしまったのかもしれぬ。真相は今さらわからんがな」
知らない人が聞いたら、なんとも衝撃的な告白だ。唯一神として崇められてきたカイル様が、実は神ではないなんて。
その後、お爺様から懇切丁寧に最高神イオス様とその眷属への祈りと、得られる力について説明を受けた。神力そのものはイオス神へ、生成については、土の神マルラ様への祈りが必要とのことだった。もっとも、武器を生成して闘うというのは、完全に人間の都合のようで、神様としては本来の恩寵の使い方ではないようだ。
マルセル兄様は、作業しながら、マルラ様に祈りを捧げていた。チャレンジ精神旺盛である。
ナセルは、ヘビがでそうな草むらを避けて移動するうち、みんなから離れてしまっていた。ごめんなさい、作業よろしく……。
マルセル兄様はひたすら作業しているうちに、経験値を稼ぎレベルアップしたのか、とても早く出来るようになっていた。
「お疲れじゃったな。ありがとうな。いつもなら使用人がするようなことも、やってみると面白いじゃろ?」
「……」
同意しかねる……。
マルセル兄様は、一時間以上かかった作業中、ずっと祈っていたが変化なし。何も起きません。
「お爺様、祈りを捧げても、とくになにも変化ないのですが……」
「まあ、そう簡単ではないな。年単位で気長にやったらどうじゃ?」
突然、ナセルが遠くで叫んだ。
「お爺様! 人がいる!」
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