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111 353-05 五月祭 たとえ愛に死すとも(3000)

 シェボルでの五月祭、二日目。


 夜遅くまで騒いだ騎士達もいただろうが、ナスターシアの部屋あたりはとても静かだった。修道女達は、ほとんど明るいうちに帰ってきていたのだ。


 ほとんど……。


 中には、ここぞとばかりに騎士とのアバンチュールを楽しんだ者もいたようだ。


 毎日、イベントのあとは中央の広場が開放されて、カップルを誕生させるための踊りが催される予定になっている。


 昨日は、クレールとクラリスが踊っているのを見つけ、ドキリとした。


「おはようございます、ナスターシア様」


「おはよう、クレール。今日も祭へ行くのですか?」


 クレールは、最近他の仕事が忙しいらしく、バタバタとしていることが多い。たまには、ゆっくり過ごすのもいいだろう。


「いえ、今日はここでお勤めさせて頂きます」


「あんまり、頑張りすぎないようにね」


「ありがとうございます」


 その目には、うっすらと涙をためて……。


 敢えて、何も言わないのがクレールらしい。




 ナスターシアは、祭に行かなければならなかった。


(毎日行く計画にしなきゃよかった……)


 ただ、座っているだけだが、流石にだらだらできないので、わりと疲れる。


 貴人席で、広場の楽士達の演奏を聴いていると、なにやら騒がしくなってきた。


「なにかあったのですか?」


 近くにいた従者に聞いてみる。


「わかりません……」


 アランとジョエルが警戒態勢で貴人席の下を固める。

 なんだろう? と、思っているとどんどん喧噪は大きくなっていく。


(何が起きているんだろ?)


「たいへんです! ナスターシア様」


 村長があわてて駆け上がってくる。服を乱し、脂汗をたらして、息を切らせる。


「シャルル王子がっ!!」


 村長の声とほぼ同時に、シャルル王子が馬で広場に少数の護衛を引き連れて現れた。


「久しいな、ナスターシア!!」


 ナスターシアは、貴人席の前の手すりを掴み、唖然とした。

 これでは、計画が水の泡だ!!


「お、お久しぶりです」


「お前と明日のダンスを踊ろうと思ってな。ジョエル君!! いるか?!」


「ここに」


 ジョエルは、貴人席の下の人混みから抜け出て、王子の前で跪く。


「明日、ここで貴様とのジョストを所望する。槍は、試合用ではなく本物を使う」


 おおっと、どよめく群衆。さらに、王子は続ける。


「勝った方が、ナスターシアを娶り、この国を治める権利を得る! よいな?」


 ナスターシアをめとり、この国を治める?!


「ちょっと待って下さい!! そんなの馬鹿げてます! だって、私はもう……」


 ナスターシアが色をなして口を挟む。

 年始の時だ!

 ジョエルをなんとかしたいと思案していた王子が、結論としてこんな無茶を考えたのかっ!!


「お前は黙っていろっ!! これは、余とそこの男の問題だ。ヤツと決着をつけねばならん。お前の瞳に他の男が写るなど、許すことはできぬっ!! そして、勝負はもちろん私が勝つ! 目の前で討ち果たしてくれる!! わかったかっ?!!」


「御意」


 顔面蒼白となって立ち尽くすナスターシア。王子のことばに返答をしたのは、涼しげなジョエルだった。


 いったいなんで、こんなことになっているのか?!


 リデリア王女はシャルル王子の暴走を知っているのか?

 次々に去来する疑問を打ち払うように、シャルル王子が宣言した。


「では、明日の正午っ!!それまでに、準備を整えよっ!!」




 ナスターシアは、もうそのあとの祭で何が行われたか覚えていなかった。ただ、勝手に決められた勝負の行方に、恐怖した。


 本物の槍を使うということは、勝負がついたときにはどちらかが死ぬ可能性が高いということでもある。通常の治癒(ヒール)では、助からないだろう。かといって、リュシスを招聘(しょうへい)している時間もない。


「大丈夫です、心配しないでください。必ず勝ちます。そうすれば、すべて終わる……」


 ジョエルの声も、届いてはいなかった。


(私のせいで、こんな……)


 力なくソファに腰を下ろし、背もたれに寄りかかる。




 日が落ち、修道院に戻る。修道院のナスターシアの部屋は、きれいに片付けられていた。


「クレール……クラリス……」


 部屋に入るなり、二人を見つけると駆け寄って抱きついた。

 二人の修道女は、既になにが起きたか知っていた。


 シャルル王子は、シェボルから修道院に移動すると、今日はここに泊まると言い出したのだ。そのため、急遽以前修道院長ようにしつらえられた部屋を使ってもらうことにしたのだった。

 修道士達が頑張ったのだが、二人も手伝わされていた。


 料理だ、寝所だ、服だなんだと大慌てである。


 アポなしで突然訪問するのは、本当にやめて欲しい。


「予定を早められるのでしょうか?」


 クラリスは、的確な疑問を口にした。

 だが、ナスターシアの首は横に振られた。


「ジョエル様に頼んだのですが、断られてしまいました……。このままでは……」


「わかりました。悲しいですが、明日は準備だけ整えて、ここでお待ちしております」


「ありがとう、クラリス……」


 明日のことを考えると憂鬱だった。

 最悪の事態が避けられたとしても、重体は免れない。五体満足では、いられないだろう。

 自分だけ、逃げてしまえばどうだろう?

 いや、ジョエルとシャルル王子がいれば勝負自体は実施されると思う。そのあと、追っ手がかかるだけだ。意味がない。

(やはり、なんとかしてジョエル様と逃げなくては……)




 まんじりともせず、夜明けを迎えてしまう。

 明けて欲しくない夜が明け、向かいたくないシェボルの祭に向かう。


 出発前、ジョエルを見かけたので声をかける。


「ジョエル様……。今からでも遅くありません。計画を……。闘う必要なんてないんです」


 周囲の目を気にすることもなく、憔悴しきった顔で最後の期待をかけ懇い願った。


「ナスターシア。私は、シャルル王子の騎士としての態度に胸打たれた。王子殿下のお立場であれば、このようなことをなされなくても良かったはずだ。だが、敢えて正々堂々と勝負することを選ばれた。なんという男気だろうか……。だから、王子殿下の勇気とお覚悟を大切にしたいと思う……。すまない……」




 道すがら、聞こえてくるのはシャルル王子とジョエルのジョストの予想ばかり。不謹慎な者は、自分も参加したいなどと言い出す始末……。


 どちらも傷ついて欲しくないっ!!




 到着して欲しくないのに、やっぱり馬車はシェボルに到着してしまった。

 広場の中央には、通りを利用してジョストが出来るように柵が作られていた。結構な手間だったろうに……。村長が頑張ったんだろう。


 始まるまでは、結構時間があったはずだが、なんとか勝負を止めさせる理由を考えていたが、いい考えは思いつかなかった。時間は、あっという間に過ぎてしまった。

 従者達が、飲み物や食べ物を持ってきてくれるが、ナスターシアは、まったく口にする気にならない。




「これより、シャルル王子と騎士ジョエルとのジョストの試合を開始します! ルールは……三ポイント先取! 落馬させれば二ポイント、槍を当てれば一ポイント、相打ちは双方に一ポイント。なお、今回使用するのは、試合用ではなく騎馬突撃用のランスである。双方、異議はないか?」


 返事の代わりか、シャルル王子の馬がいななく。


 通りにつくられた試合会場の両端には、それぞれシャルル王子とジョエルがいた。王子のとなりには、いつか見た端正な顔立ちの男がランスを手渡していた。

 一方、ジョエルの脇に立つのはピエールだ。なにやら、話しかけているがジョエルが応じていないようだ。


 いよいよ、ナスターシアをかけた戦いが始まる。


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