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110 353-05 五月祭 破廉恥隊長は夢想する、やっぱりか!(3167)

 いよいよ、新しい街シェボルの五月祭が始まる。


 新緑も爽やかな五月。修道院からシェボルへのなだらかな上り坂は、修道士や修道女、騎士達が歩いていた。

 修道士と修道女には、小遣いとして銀貨が渡され、普段縁遠い俗世の買い物を楽しむことが許された。これは、ほぼシェボルの市民の収入にもなる。


「クラリス、ちょっと」


 自分の居室で、ナスターシアはクラリスに声をかけた。


「なんでしょう?」


 クラリスの結い上げられた長く艶やかな金髪が美しい。


「ちょっと話しておきたいことがあるんですけど……」


「?」


「あの、私……」


「?」


 なかなか話が始まらない。クラリスは、小首をかしげ、待つ。

 やがて、意を決したようにナスターシアは話し始めた。


「祭の最終日が終わったら、ここを出ます」


「どちらへ行かれるのですか?」


「それは言えません。修道院のあとのことは、あなたに任せますので、よろしくお願いします」


「え? それは、どういうことでしょう? ひょっとして……」


 真意をはかりかねて、怪訝そうな顔になる。が、すぐに思い当たることがあった。


「このことは、あなたとアランにだけ伝えてます」


「もしかして、ジョエル様と?」


 返事の代わりに、深く、ゆっくりと頷いた。


「いままで、ありがとうございました。これは、餞別……というほどでもないですけど」


 ナスターシアは、以前工房長にもらった紙幣を手渡した。


「そんな!!」


 紙幣をうけとるその手は、小刻みに震えていた。


「それは使えませんから、クラリスが何か使って下さい」


「使えない? ですか?」


 紙幣が使えない。少なくとも、ローディア王国内では紙幣を使うことは可能なので、国外へ行くことを意味していた。


「いよいよ、この修道院を出る決心がつきました。祭の最終日に彼が私を連れ去りますが、あとは追わないで下さい」


「い、嫌です! 見捨てないで下さいっ! 国民も皆悲しみます」


 すがるような目で懇願され、今さらながらに心がぐらつく。

 だが、そういうことも当然考えた。

 考えて、でも、やっぱり争いの種はいない方がいいのだ。


 ナスターシアは、クラリスの胸に頭をあずけて抱き寄せた。

 こうすれば、目を合わせなくて済む。目が合えば……泣くのを我慢できる気がしない。


「ごめんなさい、クラリス。私も随分悩みましたが、もう決めたことです。祭は、存分に楽しんでくださいね。今日は、剣術大会があるんでしたよね。あとでご一緒しましょう」




 ナスターシアの移動は、大仰なものだった。


 シェボルまで、距離としては三キロもない。


 わざわざ馬車を仕立てて、その脇を騎士達が固めて街の広場に設けられた、貴人用の観覧席まで送られるのだ。

 となりには、なぜかクラリスが座っていた。


「なんだか落ち着きませんね」


「でしょ? 私はずっとそんな扱いなんだから……」


 とはいえ、そこまでしなければ安全を確保できないのだから仕方ない。


 シェボルまでは、すぐだった。


 ジョエルは、騎乗し全体を観察して、人員と配置を覚え、計画の確認をしていた。失敗は許されない。それは、即ち死を意味した。




 観覧席は、広場がよく見渡せる場所に木材で簡単に作られていた。屋根付きなのが、ありがたい。五月とはいえ、日光にずっと当たっているのは、地味に体力を消耗するから。

 席は、わざわざ運んできたのだろう、おおきなソファだ。寝そべることも出来る。


 到着と同時に、村長が挨拶に来た。今日は、以前ほど着飾っていないし、いくぶんか緊張も和らいでいるようだ。


「ナスターシア様、ようこそおいで下さいました。存分におくつろぎ下さい」


「ありがとうございます」


 忙しいのか、挨拶が済むとさっさと降りて行ってしまう。なにやら、つぎつぎに打ち合わせをしているところを見ると、本当に大変そうだ。




 広場には、すでに多くの人が集まっていた。

 闘技場よろしく、円形につくられた試合場のまわりには、黒山の人だかり。

 通りには、その両側に店がでて、祭を盛り上げるべく酒や食べ物を売っていた。ここぞとばかりに、服や花を売っている店もある。よく見ると、騎士が女に買い与えているようだ。




 いよいよ、司会により、競技の開始が告げられる。


 ナスターシアは、席を立って貴人席の前に歩み出る。出場者を激励するためである。


 ナスターシアの姿が見えると、大きな歓声につつまれた。手を振り、愛想を振りまくと、さらに歓声が大きくなった。天覧試合の様相になる。


 ここからが、割と長いのだった。


 腕に覚えの約三十人が出場し、トーナメントが組まれいたので、単純計算でそれだけの試合数がある。一人の試合数は、四~五回といったところ。


 出場者達は、それぞれ試合場に立つと、ナスターシアに向かって跪き挨拶をして勝負を開始した。

 おおかたの試合は、二~三打ちあえばけりが着いてしまうのだが、なかには白熱する試合もあり、会場は大いに沸いた。


 ナスターシアは、自分用にしつらえられた観覧席にいると、なんだかんだ飲み物や、食べ物が運ばれてくる。焼き鳥、豚の煮込み、果実のドリンク……。


「なんだか、至れり尽くせりで悪いね……」


 横には、憮然とした表情で黙って立っているジョエルがいた。軽装ではあるが、いつでも抜剣できるように準備している。

 だが、二人は何も言葉を交わさない。


「あ」


 そんななか、ジョエルもその眉をぴくりと動かした。


 準決勝の組み合わせである。


 司会の声が高らかに出場者を紹介する。


「神聖騎士団、重装歩兵隊長にして、聖ナスターシア修道院が誇る大岩アラン!! 今回の優勝候補として、堂々の勝ちっぷりを披露してきました!」


 アランは、いつもの大剣ではなく、長くて大きい木剣を持っていた。鎖かたびらに、手足のガード、プレートの胴衣の中装。


 堂々とした登場である。暗黙の了解として、神力は使わない。


「対するは! 同じく神聖騎士団、軽装歩兵隊長。破廉恥ピエール!!」


 紹介とともに、ブーイングの嵐!


「おいっ!! なんだよ、今のは?! やり直せっ!!」


 ピエールの抗議も、まったく聞き入れられない。やれやれといった身振りで、仕方なく試合に臨む。


 二人とも、ナスターシアに向かって片膝をつき挨拶。しかし、ピエールは立ち上がると、観覧席を指差し、見てろよっとばかりにアピール。

 またしても、ブーイングを買うのだった。


 審判の、はじめっという合図とともに試合が始まる。


 アランの戦い方は、質実剛健。力も技も基本に忠実で、それでいて臨機応変であった。

 対するピエールは、自由奔放。トリッキーな動きで翻弄し、軽いフットワークで攪乱する。


 つばぜり合いから、ピエールが本気で打ちかかっていく。


 アランのスラッシュをかわし、そのまま足払い。だが、アランは、足払いなどものともせず、体勢が崩れない。


「もらったな」


 アランが上から叩きつけるように剣を振る。


 ピエールが紙一重のところで避けると、剣は地面に当たり、派手な音を立てて根元から折れてしまった。折れた剣先は、反動で跳ね上がる。


 うおっ、とのけぞるアラン。


 が、一瞬の隙を逃さず、ピエールが下から体当たりし、たまらずアランはひっくり返ってしまった。


 なんともあっけない幕切れではあったが、アランの首元には木剣が突きつけられ、試合終了を告げる声が響いた。


 ピエールがガッツポーズでナスターシアに駆け寄る。


 貴人席は、背丈ほど高くなっているので、下から見上げる格好だ。


「勝ったぜっ!! 聖女様、約束は覚えてるよな?」


「はて、何のことでしょう?」


 ナスターシアは、顎に指を添えて小首をかしげ、とぼけてみる。耳飾りの青金石がキラリと輝く。


「そりゃ、おめぇ……。め、めくるめく……やつだよ」


 ガラにもなく顔を紅潮させ、うつむき加減に上目遣い。


(そっちかいっ!!)


「ああ。ここでは無理ですから、祭がおわったら、二人きりでこっそりと……ね」


「っしゃーっ!!」


(ごめんね。そのときは、もう、ここにはいないと思うんだ……)

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