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109 353-05 五月祭 服に着られる村長から持ちかけられた話(2404)

 突然のヘロンの訃報は、ローディア王国のみならず、周辺国にも大きな衝撃をもって受け止められていた。

 ローディア王は、国葬にしたかったが、爵位を持たないヘロンが王と懇意だったことを妬むものは多く、反対されて断念せざるを得なかった。


 エスミキリア帝国の皇帝、ビクトール=アレクシウス=ヘスミキリアンからも書状が届いた。公式のものではなかったが、これには一同ひっくり返りそうになって驚いた。


 ヘロンは、帝国の皇帝の兄だったのだ。もっとも、既に死んだことになっていたから公式に認められたものではない。恨まれてはいたが、こうして死に際会して、皇帝としても思うところがあったのだろう。

 二人になにがあったのかは、マルセルが知っているが、語ろうとはしなかった。


 長兄フェルナンドは、王都の両替商をリュシスと侍女に任せるべく必死に教育している最中である。早くフェリアの領主として動きださなけれはならない。




 四月も半ば、修道院最寄りの街シェボルでも、祭の準備がすすめられる。内容は、フェリアのそれとほとんど変わりない。

 ただ、これまでと違って規模が一気に大きくなりそうだ。

 街の広場は、もとあった商店や家に立ち退いてもらい、だだっ広く拡張された。道幅も広くされ、珍しく馬車がすれ違えるほどの道が十字に作られている。




 ナスターシアは、自室で事務をしていた。


「ナスターシア様、今度のシェボルの祭はどうされますか?」


「うーん、行きたいけど……」


(どう考えても、無理だよねぇ……。きっと、大騒ぎになっちゃう)


 五月祭といえば、ジョエルと最終日に踊れず悔しかったのを思い出す。


(酒を飲み過ぎて失敗したときだな……)


 普通に出店で飲み物や食べものを買って、騒いでしたいけど……。聖女じゃねぇ……。

 いっそ、吹っ切って楽しんでしまうのもアリかも知れないけど……迷惑だよね。


「騎士様達は、もの凄く意気込んでる様子ですよ? なんでも、剣術大会が開かれるとか……」


「ふーん」


 騎士はともかく、ナスターシアは興味がない。


「なんでも、祭りのことで相談があるとかで、明日村長? が起こしになります」


(あは。そうだよね、割と最近まですっごい小さい町だったから……。元々は村だったんだ)


「わかりました。でも、何でしょうね?」




 翌日。

 お昼過ぎに、村長は姿をあらわした。


 アランとジョエルが、仁王立ちで護衛として、部屋の入り口の両脇につく。

 村長と名乗った男は、金回りがいいのか豪華な衣装を着込んで、いや、衣装に着られてやってきた。小太りだが、髪が薄くなり、顔に刻まれた深いシワの多さが苦労してきただろう事を物語っている。

 屈強そうな護衛に睨まれ、所在なげな手を揉みながら、縮み上がる。


「こちらへどうぞ」


 クラリスが客間へと手を刺しだし、案内する。

 村長は手と足が同時に出ているような、変な歩き方。余りの緊張に、もう、どうやって歩くかすら忘れてしまったようだ。


「失礼します。私が村長のサガモアでございます」


「初めまして。どうぞおがけください」


 ナスターシアが、作り笑顔で客間のテーブルにつくよう勧める。

 サガモアは、椅子にどっかと尻を据えるとしゃべり方すら忘れてしまったかのように、たどたどしく話し始めた。


「ああ、は、はじめまして……」


 なかなか顔を上げようとしない。


「どうぞ、お顔を上げてください。とって喰ったりしませんから」


「こんにちは、おひがらもよく……あ」


(緊張しすぎ! そこまで緊張しなくても……)


「まあまあ、お茶でも召し上がって、落ち着き下さい。シスター・クラリス?」


「かしこまりました」


 クラリスが、たおやかな立ち居振る舞いで、そっとハーブティをいれた木杯を運んでくる。サガモアは、編み上げた髪と修道服の間の白い肌に目を奪われた。




「それで、ご用件をうかがっても良いでしょうか?」


 なかなか話が進まないので、ナスターシアから水を向けてみる。

 表情が緩む。少し、緊張がほぐれてきたようだ。


「あの、初対面でこのようなことをお願いするのは、ぶしつけで気が引けるのですが……」


 ナスターシアは、どうぞと手振りをする。


「祭りの資金が心許なく……」


 なんのことはない。金の無心に来たのだった。

 聞けば急拡大する街に資金がついていかず、貸してくれるに任せて借りまくった結果、借金が膨れあがってしまったようだ。

 街が大きくなっているのなら問題ないと思うが、問題はその速度だった。税収がないのと、建築や土木工事で現金が底をついたのだ。


 とりあえずお金の件は、工面することで合意。村長は、恐懼(きょうく)感激する。


 聖ナスターシア修道院は、国中から寄進が集まった結果、そんなに集めてどうするのか? という程、金を持っていたから有効活用できるなら放出するのにやぶさかではない。


「かってなお願いばかりで恐縮ですが……」


 まだなにかあるらしい。


「是非ナスターシア様にも、祭にご参加頂きたく……」


 盛り上げるため……と言うよりは、警察権の問題だった。

 村長……の肩書きの通り、爵位もないし貴族でもなかったので、街に騎士達がいないのだった。最近は、治安も悪化してきているそうだ。

 なんとかしなくては……。


「わかりました。軍事教練への参加を条件に、教会と騎士の詰所を建設しましょう。教会が必要なのはわかっていましたし……」


(教会の件は、国王に嘆願しておけばいいのかな? 新しく小教区をつくってもらわないとだね。爵位の問題もあるし……でも、納税金額によるだろうな……)




 用を済ませた村長は、ほっと安堵の息をつくと、晴れやかに足取り軽く帰って行った。

 見ている方が清々しくなるほどに……。




 その後も、祭りの準備は着々と進められた。

 体制が整っていない所為で、フィーデス商会全面協力とはいかなかったが、マリウスに頼んでお酒だけは潤沢に用意してもらえた。

 今回も、三日間連続して開かれるらしく、そのこと自体はナスターシアも密かに楽しみにしていた。


 だが、それとは別に密かな計画が進められていた。

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