107 353-03 これは確かにまごうことなき罰(2502)
三月。
フェリアから修道院に帰ったナスターシアは、早速工房を慰労して士気を高めておいた。しばらく頑張ってもらわなければならない。
化粧品の生産もだし、紙幣もがっつり作ってもらわないと困る。
力がなくなっても、まだ誰かの役に立てる。そう感じた春だった。
「これで、今季のみつまたの納品は終わりです。今年は、栽培の方も頑張らないといけません」
「ありがとうございます」
紙幣の原料の最後の納品が来た。人夫によって工房の前にうずたかく積まれていく。原料が何であるかは、割と秘密だったのだが、この状態では秘密もへったくれもない。
お金である紙幣を作ったり、火薬の研究をしたり、工房で好き放題できるのは、ナスターシアと教会の後ろ盾と、正面は強大な武力によって守られているおかげでもあった。
「ようっ! 聖女様」
遠くから声をかけ、駆け寄る男がいた。
「スカートめくり男」
「ピエールだ……。あんときゃ、済まなかったな……。その、そんなにショックを受けると思ってなかったから」
腕組みをしたナスターシアの眉がピクリと動く。
「それで? アランには勝てそう?」
「ああっ! もちろんさ。あんたのお陰で強くなったぜ。見てくれよ」
そういって、力こぶを作ってみせる。
筋力強化を使っているんだろう。
確かに、そう言われれば服の上からでも、少し筋肉がついて体が大きくなったように見える。だが、あまりムキムキが似合う顔ではない。生来が、上品な顔立ちなのだ。
戦い方も、力任せな感じでもなかった気がする。
「あんまり、筋肉つけない方がいいですよ」
「あ? なんでだよ?」
「あなたは、多分、そういうタイプの剣士じゃないから」
「ん? じゃあ、どうしろってんだよ?」
「さあ? 自分ともっとよく向き合ってみることかな?」
「そんなもんかね?」
「いい? 神様はあなたの中にいるの。そとじゃない。だから、自分に聞いてみて。お祈りのとき鏡に祈るのは、そこに写っている自分に祈るっていう意味もあるの」
ナスターシアが、人差し指でその大きくなった胸板を突く。ピエールは、なんだか照れくさくなってそっぽを向いてしまった。
「よくわかんねぇけど、わかったよ」
「他の騎士にも教えてあげてね」
無言で手を振るピエールだった。
工房から自室に帰ると、居間のテーブルに花束が置かれていた。この季節に珍しい。うまく生かして運んできたみたいだ。
(こんなことするのは……、やっぱり)
花束には、手紙が添えられていた。シャルル王子からだ。誕生日おめでとうの文字がある。
恐るべき調査力とまめさ。他の男はなにをしているんだ? 他の男は?
「ナスターシア様、お帰りなさいませ」
クラリスだった。少し疲れているようだ。
「どうかした?」
「いえ、とくに。それより、素敵な花束ですね。そのような立派な花が、どこにあったんでしょう?」
「さあ? シャルル王子殿下からのようですから、お金に飽かして板ガラスで温室でも作らせたんじゃないでしょうか?」
ナスターシアは、花束に花を寄せ、香りを嗅ぐとクラリスに向き直って言う。
「お茶会でもしましょうか?」
えっ? と驚くクラリス。ここは、貴族の屋敷ではなく、修道院なのだ。お茶会などと世俗にまみれたことをしていいのだろうか?
「こっそりと、ここでね。お菓子を焼いてもらってください。理由は、そうですね……来客って事で」
「かしこまりました」
ジョエルとクレールも呼んで、四人でお茶会……、と思ったらイーファも来た。猫を抱いて。
「ソランジュを撒くのに苦労したんだから!」
「なんで、イーファとトマがここに? 椅子がたりないわ」
「椅子? じゃあ、ナスターシアがジョエルの膝に乗れば?」
「いいですねーって、ならないでしょ!」
珍しく、ノリ突っ込み。
「そうですよ、不潔です」
クレールはまだ少しジョエルが嫌いだった。まあ、もともと男は好きではない。
「シスター・クレール! これは、ジョエルへの罰なのです。見てご覧なさい、この立派な花束! どうせ、シャルル王子からでしょう? ここにいる木偶は一体なにをしているんでしょうねぇ?」
表情にはあまりださないが、むっとするジョエル。
えーっ? よく意味が……と、呆気にとられるクレール。しかし、イーファは有無を言わせない。そう、たとえ相手がナスターシアだったとしても!
「さっ、早く乗って。私足が疲れちゃう」
花の刺繍がされた生成のクロスが敷かれた丸テーブルには、紅茶と切り分けられたパンケーキが置かれ、真ん中にはシャルル王子からの大きな花束が飾られた。
その周りを四つの椅子に五人が座る。
ナスターシアは、ジョエルの膝の上でちんまりと座っていた。
(くっ、うかつに動けない……)
ジョエルは、必死に耐えていた。だが、限界はすぐに訪れた。
(ん? なにかおしりに当たる……? ちょ!)
「こ、これは確かに罰ですね。それも激しい……罰」
と、ジョエルが言うと、その腕が落っこちそうになるナスターシアの体を抱いた。ナスターシアの頭のすぐ後から、彼の息を感じる……。
「これを見ながら、お茶を飲むのですね……」
眉を寄せ、あからさまに不機嫌そうなクレール。だが……。
「クラリス、いらっしゃい。私の膝に座ってもよろしいですよ」
「えっ? あ、はい」
一瞬戸惑ったクラリスも、すぐに意図を汲む。椅子が余ってしまった。
空いた席には、トマが飛び移った。少し暑かったのだろうか?
「いいねぇ。じゃあ、後の人は、膝に乗った人にパンケーキを食べさせてあげましょう」
イーファは、満足げに指令を出す。
ジョエルはナスターシアの左手を取って体を抱き、右手でフォークを持ってナスターシアの口にパンケーキを運ぶ。
はむっと、ケーキを頬ばる。が、まったく味がわからない! もう、心臓がバクバクと鐘を打ち鳴らし、めまいがしそうだ。
金属音をたて、フォークがテーブルに落ちる。
ジョエルがナスターシアの右手もとり、そのまま両手で硬く抱きしめた。
「えっ、ちょっ、ちょっと」
彼の金髪と、ナスターシアの白銀の髪が混ざり合う。吐息が頬に感じられ、かわりに深く髪の香りを吸い込んでいく。
甘い一言が、耳もとで囁かれる。
「好き……」
ナスターシアは、くらくらと意識が遠のくのを感じながら、余韻に浸るのだった……。