106 353-02 商品の売り出し談義
村での挙式は無事……? 終了した。
マルセルのサービス精神で、聖女の祝福をさせたのが騒ぎになってしまった。
「せっかく、こっそり挙式しようとしてたのに、大騒ぎじゃねぇかっ!!」
マリウスが怒るのも無理はない。だが、もちろん本気で怒っているわけではない。その顔は、十分に嬉しそうだった。
村人達は、聖女の祝福を受けた結婚を、まるで村が祝福されたかのように喜び、騒ぎ立てた。
式のあとに、持参した酒を振る舞い、堅苦しさが抜けると、喜びは頂点に達した。
「レーヌのお陰で、凄いことが起きたよ!」
「これで、この村も豊かになっていくだろうよ」
働き者のレーヌが、村に幸福をもたらした。そう考えて、皆歓喜した。
静かでのどかな小さな農村は、熱気に包まれる。
広場に並べられた椅子とテーブルに、料理と酒を置き、日の高いうちからどんちゃん騒ぎである。
初めは遠巻きにしていた村人達も、ナスターシアやマルセルに気さくに話しかけてくれるようになった。
とくに子供達は遠慮ない。
「ナスターシア様、こっちこっち!」
手を引かれ、無理矢理引っ張っていかれてしまう。
「いいんですか、ジョエル様?」
マルセルは、ジョエルに水を向けてみる。
「ああ。だが、早めに退散しないと日が暮れてしまうな」
「そうですね」
結局、マリウスを生け贄に差し出して、他の面々は早々に村から引き上げることにした。泊まれる場所もないので、仕方ない。
翌日、フェリアに帰ったナスターシアは、マルセルにまた来てもらうように頼んであった。以前から行きたかったところがあるのだ。
「おはよう。来たよ」
相変わらず黒いキャソック姿のマルセルは、フェリアなら大抵どこでも顔パスだ。
「おはようございます、お兄様」
既に準備万端整っている。
「外に腕組みして立ってる人達、怖いんだけど?」
ジョエルは、護衛について行きたいのでマルセルに絡んだのだった……。
「ぞろそろ行くより安全だと思うし……。そんなに遠くでもないしね」
ジョエルとアランか部屋の入り口のドアの両端に立ち、侵入者や不審者が来ないか見張っていると、ドアが開いた。
ドアが開いただけで、誰も出てこない。
「行ってきます、アラン、ジョエル様」
ナスターシアの声だ。
ジョエルが、何もなさそうな空間を手でまさぐると、なにやら腕らしきものに当たったので掴む。
「それは、私の腕です」
マルセルの腕だったようだ。慌てて離す。
「気をつけて」
トコトコと歩く音がする……。
音やあしあとまでは消せないか。
「二人でお出かけなんて、久しぶりですね」
「そうだね」
歩く距離こそ遠くはないが、人通りが多い。気をつけないと、ぶつかってしまう。しかも、相手は自分たちが見えてない。
案の定、男の人と肩がぶつかってしまった。男は、チッと舌打ちして振り向くが、それらしい人間がいない……。不満そうな顔をして、去って行った。
「気をつけないと……」
マルセルと二人で合体したまま歩くのは、結構骨が折れる。ナスターシアの後から、ガバッと覆い被さるようにしてくっついているのだが……。
「お尻がでかいんだよ……。ああ、肩幅に比べてって言う意味で……」
何を言っても姿は見えない。
「弟に欲情する変態兄様ですか?」
「弟っていう意識があったとは……」
「ちょ、ちょっと言ってみただけです。妹です、妹」
「もう、着くから……」
流してくれて良かった。
到着したのは、フェリアの高級服飾店ギルロイ商店だった。
店に入ってから、可視化する。
急にドアが開いたかと思うとドアは閉まり、次の瞬間、ふわっと二人の姿が現れた。
店子の女は、なんだか目がおかしくなったのか? 疲れているのか? と我が目を疑ったが、特に異常はない。
「い、いらっしゃいませ。本日は、どのようなものをご所望でしょうか?」
「突然伺ってすいません。シャルロッタ様はおいでしょうか?」
ナスターシアの声に、初め二人を訝しんだ店子だったが、ハッと何かに気づき、奥へ小走りで駆け込んでいった。
顔が血の気を失って青いような気がする。
「奥様! たいへんです、奥様!」
すぐに奥から、店主のシャルロッタが姿をあらわした。
かなりバタバタと慌てた様子だったが、現れた彼女は呼吸の乱れもなく、落ち着き払っている。
流石だ。
「まあまあ、ご無沙汰しております、聖女様」
そう言いつつも、ナスターシアの姿の変わりように少し面食らった様子である。
「また、お目にかかれて光栄です」
優美な身のこなしは、変わっていない。だが、その手はすこし震えていた。
「今日は商談に参りました」
ナスターシアは、修道院で製造した化粧品群を、修道院のお土産として販売する分しか売れていなかった。在庫を大量に抱えつつあったのだ。
手持ちの資金に余裕はあったので、焦ってはいないが、現金化したいと思っていた。
王都とフェリアでの販売は、ギルロイ商店に独占させる代わりに、利幅を抑え高く売ってもらえるよう交渉しに来たのだ。輸送費の分担や、売れ筋の分析、商品開発に役立つ需要の話などを受けることもまとまった。
一方、修道女を派遣してメイクの講習をさせる事業は、教会に任せることにした。こちらは、マルセルがいるので話が早い。講習料は、教会の丸儲けである。ただし、商材はギルロイ商店への発注となる。
こうして、美しくなることにかけて、トータルで任せられるタッグが出来上がる。ナスターシアのブランドは、化粧品として圧倒的なブランド力を築きあげていくのだった。
(よしよし、これで一安心)
「ところで、紙のお金は使われてますか?」
「ああ、あのあなたの肖像の書かれた券ね。あれは、まだ数が少ないらしくて、金貨五枚だすから譲ってくれとか、そういう話なら聞きますわ」
「そういう取り引きは禁止されていると聞きましたが?」
「そんなこと言ったって……、欲しい人は欲しいのよ」
(ブロマイドじゃないんだけど……)
「頑張って製造していますから、そのうち普及すると思います。普及したら、金貨で納税できなくなると思いますから、その分は手元に置いた方がいいですよ」
「あら! いいこと聞いちゃったわ。ありがとう。そうさせてもらいますね」
なんだかんだで、お客として分け隔てなく接するシャルロッタは、流石としか言いようがない。ほかの店子達は、畏れ多くて近寄ることも出来ずにいた。
「では、また。ごきげんよう」
マルセルと二人で姿を消して、店から出る。
「たいへんね……、あのお立場は、それはそれで……」
ホッとして、椅子にへたり込んでしまうシャルロッタだった。