105 353-02 マリウスの結婚式でやらかすの巻(3456)
父の墓参りからの帰り道。
一行は、とりあえずナスターシアの泊まっている宿の部屋へ集まり、話をすることになった。
全員が入っても余裕がある広さ。
マリウスとレーヌ、マルセル、リュシスはソファ。マリーとフェルナンド、その侍女は丸椅子、ヘロンとナスターシアは寝台にそれぞれ腰を下ろした。
マリウスは、おもむろに全員を見渡すと、明日挙式という知らせが遅くなってしまったことを詫びた。
「すまんな、なかなか連絡できなくて。ちょっと、いろいろあってな。なんとか、明日結婚式を挙げるところまで持ってきたんだ」
「いえ、おめでたいことですから。それに馬車に揺られるのが辛いので、一度で済むなら、むしろありがたいです」
「まあ、兄のフェルナンドが領主に就任したばかりじゃからのぅ。一介の農家の娘が領主の弟に嫁入りでは、気後れして当然じゃろうし……ごふっ」
「お爺様! 大丈夫?」
ナスターシアが、ヘロンの背中をさすっていたわる。
ヘロンもまた、フェリア防衛の後遺症か、心労か、あるいはその両方なのか体調を崩していた。随分と痩せてきているのが気になる。
「ああ、大丈夫……かな。長くはない気がするが……」
「こんなときに、縁起でもないこと言わないで」
「まあ、去る命もあれば、生まれ来る命もあるじゃろ。それより、マリウス」
「はい! 紹介が遅れて申し訳ない。さっきは、気を失ってしまったが私の妻となるレーヌだ。近郊で農家をやっている。レーヌは努力家で栽培の天才だと思ってる。今後の家業にも、少なからず貢献してくれるに違いない。よろしく頼む」
マリウスが支えるようにソファから立つ、少し背の低い、ぽっちゃりとした、女性。
服はマリウスが買い与えたのだろう、地味だが縫製の良いワンピースに長袖のジャケット。
髪は手入れがわるいのだろう、艶のない波打つ栗色の髪が簡単に束ねられていた。
「レ、レーヌでございます。よ、よよ、よろしくお願いいたします」
挨拶しながらも、なかなか顔を上げようとしない。
めちゃくちゃ緊張しているのか、場違いな感じがするのか……あるいは、両方か。
アキナス家は、正式に爵位を得て、今は伯爵となっている。フェルナンド伯爵である。マリウスも、今では子爵であった。
フェリア市民どころか、周辺の小作農の娘が子爵に嫁入りするのだ。その心労は計り知れない。
「貴族の……子爵の妻になるんだから、もうちょっと偉そうにしてくれてもいいんだよ? かくいう私も、ついこないだまで平民だったんだけどね」
たまらずマリウスが助け船を出す。
「え? 私はまだ平民だよ? 一応、フェリアの市民証もあるし。レーヌさんと同じ! ねっ?」
ナスターシアのは、いったい何の自慢なのか……。
「お前は神格化されてるから面倒なんだよっ!! 平民じゃねぇよ! 聖女じゃんっ! てかもう天使だよ、天使! 大人しくしてりゃいいのに、フェリアどころか、王国の救世主だし、国王の命の恩人じゃねぇかよ」
マリウスは眉尻を上げて、ナスターシアを掴みレーヌに近づこうとするのを阻止する。
そんなに怒られても困ってしまう。
「明日は、目立たねぇようにしてろよ? 野良着を貸してやるから、それを着ろ」
「マリウス。無理を言うでない。それに、相手に失礼じゃろう」
ヘロンは、落ち着いた口調で息子をたしなめる。
「教会の上は飛び回れないから安心してよっ!」
「草葉の陰から見とけって言ったろっ?」
「まあ、こんな感じじゃから、そんなに緊張することはないぞ。じゃが、問題なのは明日も今日のような車列を作って行くわけにはいかんということじゃ。マルセル……」
たゆたう川の流れは、新婦の不安も流してくれるだろうか?
眼前に広がる大きな川。
フェリアの東側は、川が流れ、物資の輸送や生活用水に使われてきた。川を溯れば、シェボルにまで到達する。
護衛と従者をばっさりなくしたので、馬車は二台に集約できた。
「お兄様、もう大丈夫かと……」
「いや、まだ安心できない」
マルセルは、ナスターシアの小さな細い肩を抱き、ぴったりと体を寄せ合って歩く。馬車から、渡し船に乗り換えるためだ。
だが、声はすれども姿は見えず。
マルセルの神力で姿を見えなくしているのだった。彼の回りだけなので、離れると見えてしまう。
靴あとだけが、進んでいく不思議な光景。
渡河が済むと、再び馬車の旅。だが、それほど時間はかからない。
ほどなく、小さな村が見えてきた。
小振りな教会を中心として、約三十戸が寄り添う。
「ようこそ、お越し下さいました。私が村長を任されております」
なぜか村長一人。
「世話になるよ」
「マリウス様、お待ちしておりました」
「こっちが、祖父のヘロンと兄フェルナンド。兄は今、縁があって領主です。母のマリー。こっちは、弟のマルセル、フェリアで司祭をしています。で、これが出来の悪い妹です」
ナスターシアは、純白のブリオーに紺青色の腰帯とストール。寒いので厚い茶色の外套を羽織っていた。足下は、格好つけのためハイヒールである。
「これはっ! 知らぬ事とはいえ、大変失礼いたしました」
村長は、頭を地面にこすりつけんばかりに平伏すると、そのまま動かなくなってしまった。
「あ、あの、村長さん。今日は、マリウス兄様の妹として来ましたので、どうかお顔を上げてください……」
周りをみると、村人達が遠巻きにして見守っていた。村長を生け贄に捧げて、喰われるのを待っているような状況だ。
「そうですよ、村長。あんたが、もっと気さくに接してくれないと、他の人が困っちゃうだろ? いつもの調子が狂うぜ、まったく……」
マリウスは、村長に手を貸して立たせると、村人達を手招きして呼びよせる。どうやら、かなり慕われているようだ。
ようすを窺っていた子供達も、そろりそろりと近づいてくる。
「さっ、さっさと済ませて、酒でも飲もうぜ。上等なのを持ってきたんだ」
それを聞いて村の男衆が色めき立つ。
村の教会は、とても小さかった。
三十人も入れば満席だ。
ステンドグラスもない。あるのは、小さなカイル像と祭壇だけだ。
マルセルは、慣れた手つきで準備をし、的確に指示を与えて式の準備をさっと整える。
「では、始めますよ」
レーヌの家族も揃い、二家族が集い、村長立ち会いのもと結婚式を挙行した。
教会の外では、護衛として同行してきたジョエルが立っていたが、村の子供達のからかいにあって対応に苦慮していた。
やれ、剣をみせろだの、勝負しろだの……。男の子たちは、どうしてこうなんだろう?
やがて、新婦の家から純白の白いドレスに身を包んだレーヌが、父親に手を引かれて現れる。ゆっくりと、なれない衣装と靴に気をつけて。
「レーヌきれい」
「いいな~」
今度は、レーヌが村の女の子達に絡まれ始めた。
農家から、貴族に嫁入りすることになったレーヌは、村では羨望の眼差しで見られた。とくに、彼女より器量がいいと自負する者達の心中は穏やかでない。
「捨てられないように気をつけなよ」
「浮気されたら帰っておいで」
そんな言葉も投げかけられる。
教会に入ると、その暗さに目が慣れるまで良く見えなかった。
祭壇の前には、白いジャケットを着て正装したマリウスが立っているのが見えた。
レーヌの手は、やがて父親からマリウスに引き継がれる。
二人が並び立つと、マルセルが祝いの言葉を紡いだ。
背後の壁に特別に灯された蝋燭が、二人のシルエットを浮かび上がらせる。
それが終われば、マリウスから指輪を送る。交換はできない。レーヌでは買えないからだった。
マリウスは、跪き、レーヌの手をとると、その節くれ立って荒れた指に、銀の指輪をはめた。
その手は、遠目に見ても震えていた。
二人とも、感極まって涙袋が限界だ。
なぜか村長がすすり泣く。
「では、聖女ナスターシア」
「え?」
(なにも聞いてないんですど?)
マルセルの手招きに応じて、ゆっくりと立って祭壇に進んだのはいいが、なにをしていいかわからない。
「祝福を」
にやっと悪戯っぽい笑みを浮かべるマルセル。
(マジかっ! できないって言ってるのに! ……仕方ない。形だけ……)
「本日、ここに二人の門出を祝うことが出来ることを神に感謝します。マリウスとレーヌ、二人の歩む未来に、主カイルデュナス様の愛が溢れ、たとえ死が二人を別つとも、互いの心に、互いの暖もりの灯火がともり続けんことを」
ナスターシアが祭壇からその両の手を広げると、マルセルが控えめにウォームを放つ。
暖かな波動が、村全体に行き渡る。
「では、誓いの口づけを」
マルセルがそう促すも、二人はただ互いの手を取り、見つめ合って感涙するだけで、動こうとしなかった……。