104 353-02 お父様の命日 そうそうたる顔ぶれ(2553)
フェリアの街並みは、二ヶ月前の惨状が嘘のように活気を取り戻していた。もちろん、街の所々で、修理中の建物や壊れたままの窓などもあったが、総じて雰囲気が良くなっている。
気になったので、お屋敷のあった場所へ馬車を走らせてもらった。
所狭しと並ぶ建物の林立するなかに、がらんとした一角。そこは寂寞とした空き地になっていた。木材や石など、建築資材が集められつつある。
記憶も思い出も、燃えてしまった。
領主屋敷は、フィーデス商会の事務所兼屋敷として使われているとはいえ、とても滞在する気になれないので宿屋に泊まる。
最近発展の著しいフェリアで、一番格式の高い宿。外観は、貴族のお屋敷を思わせる石造りで、ガラス窓がふんだんに使われていた。余所の領主や貴族の御用達。
宿屋の外には人だかり。街の人達の耳目を集めてしまったようだ。
護衛のアランが、重厚な扉を開けて入室を促してくれる。
「ようこそ、おいでくださいました。ナスターシア様」
ヒゲを蓄えた顔が、ヤリ手そうな壮年のオーナー。おずおずと進みでて出迎えてくれる。
「お騒がせして申し訳ありません。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
「滅相もございません。これで、ナスターシア様がお泊まりになった宿として箔がつきます。これからも、どうぞご贔屓にお願いします」
さらに、奥の方に手のひらをかざして続ける。なるほど、損にはならない。そんな損得勘定もあるみたい。
「今回、ナスターシア様のためにお風呂をしつらえました。予め申しつけて頂ければ、準備を整えさせて頂きます」
「それは、ありがたいです。早速明日の朝に使わせて頂きたいと思います。よろしくお願いします」
「では、お部屋にご案内いたしましょう」
全体に領主屋敷や王宮を真似たのだろう、ぱっと見豪華に見える。だが、王宮やリューネの屋敷を見て来たナスターシアにとっては、やや張りぼて感もあった。
金持ちの貴族相手の商売としても、これくらいが限度というものだろう。
居室には、ストーブとガラス窓。
大きな天蓋付きの寝台。
オシャレな木製のライティングビューローに、大きな姿見。
まるで、お姫様気分である。ずいぶんと頑張ったものだ。ここに泊まるのに、いったいいくら払う必要があるんだろう?
「では、ごゆっくり」
部屋の入口の外には、アランとジョエルが警備に立ち、鉄壁の護りを固める。
ナスターシアは、外套を脱ぎ、ソファに腰掛け、ため息とともに独りごちる。
「気が休まらないよ……」
物理的な力もなく、神力も失い、ただ肩書きが重い。
ぶっ壊れ者。
そう、王都での戦いで無理をした結果、死は免れたが壊れてしまったのだ。それなのに、肩書きは聖女のままで、やはり守護天使としての役割を期待されるのだろう。
(逃げ出してしまいたい……)
翌日。
馬車に乗ったまま家族と合流して、街外れの墓地を目指す。
一行の馬車の車列は、ナスターシアが来たときより、さらに増えたようだ。
墓地に到着すれば、ようやく久しぶりの再会だ。
ヘロンと次男マリウスは、二人ともなぜかとても疲れた顔をしていた。マリウスの傍らには恐縮しきった見知らぬ女性。
長男のフェルナンドはしっかりとした足取りで、いつもの妖艶な侍女がいっしょだった。
「マルセル兄様。お久しぶりです。お元気そうですね」
「ナスターシアも。だいぶ元気になったみたいだね。よかった。片付いてきたけど、王都は大変だったよ」
「ご無沙汰しております、ナスターシア様」
「リュシス! 元気そうね。お陰様で、この通り元気ですよ」
「そんな、私はただ……。それより……」
そういうと、リュシスはナスターシアにそっと耳打ちした。
こそばゆいひそひそ話が、内容のせいでさらにこそばゆくなる。
「えっ! ちょっと、それ……。……そうね、まだわからないもんね……、うんうん……」
ナスターシアが、マルセルをジトッと睨む。
(こいつめ!)
訳がわからないマルセル。
「えっ? なに?」
遠くでヘロンが呼ぶ声がする。
慌てて、皆でサイモンの墓碑へと足を向けた。
墓地には墓碑が並んでいた。さして広くはない。回りは土色の草原と、墓守の小屋が一軒あるだけだ。
父サイモンの墓碑の隣は、アランの兄ジャンと、同じく護衛剣士のコルネーユの墓碑が両脇を固めている。
母マリーが三人の墓に酒瓶を供えた。
マルセルが司祭として鎮魂の言葉を述べる。そして、一人ずつ膝をつき頭を垂れ、祈りを捧げた。
皆で、サイモンと二人の剣士に思いを馳せる。
(もう流す涙もありません。全て終わりました)
ナスターシアは、そう思って祈りを捧げた。だが、なぜかあふれ出る涙を止めることが出来なかった。
「お父様……」
墓碑に触れてみる。
それは、冷たく、硬く、ざらついていた……。
無力感に苛まれ、救えなかったと、共に戦えなかったと後悔した春。
ヘロンに神力について教わり、力を得、修練した夏。
努力が花開き、実を結んだ秋。
そして、全てが終わった冬。
そう。
もう、終わったのだ。
ひときわ強く吹いた風が、乾いた草の葉を運ぶ。
「ありがとう」
立ち上がったナスターシアは、母マリーの胸を借り、しばしその袖にすがった。
帰りのこと。墓地の細い道で、ナスターシアは脇で平身低頭するやつれた感じの女性を見て不思議がる。かがんで、訳を聞きたい。
「あの、どうしました?」
「ははーっ! お声がけ頂くなど、畏れ多いことでございます。ありがとうございます、ありがとうございます……」
「レーヌ! 大丈夫、それは俺のおと……妹だ! ただの親戚だからっ! 何度も言ってるだろ?」
「そんなこと……」
マリウスにレーヌと呼ばれた女性は、ちらりとナスターシアを見上げる。
「ひーっ!! 申し訳ありません、私ごときがこんな近くでおめもじかなうなんて……。なんと、畏れ多い」
恐縮しすぎて、死にそうな形相である。
「レーヌさん。さあ、一緒にまいりましょう」
ナスターシアは、手を差し伸べた。
だが、カチコチになって動こうとしない。
仕方なく、手を取ってすこし引いてみる。
「あ、う、か、こ……」
意味の分からない言葉を発して、レーヌは気を失った。
そのまま、地面に突っ伏してしまう。
「ちょっと! 大丈夫? しっかり!」
ナスターシア達が慌てふためく中、マリウスがそっと抱き上げて連れて行った。
「すまねぇな」
マリウスの言葉は、誰に対してのものなのか……?