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103 353-02 気になるジョエル様の視線と悪だくみ

 二月。


 ちょうど一年前に、ナスターシア、当時はナセルとマルセルがロスティス襲撃事件に巻き込まれた。襲撃では、父サイモンとアランの兄を含む二人の護衛剣士が命を落としたほか、街の住人も多く犠牲になった。


 ナスターシアは、命日にあたり、フェリアへと馬車で移動していた。

 同行するのは、アランとジョエルだった。他にも、護衛と従者を引き連れての四日間の旅程である。


 脳裏にあるのは、出発前ジョエルとソランジュとで、喧嘩したこと。




「ジョエル様! お菓子をお持ちしましたよ」


 最近は、なにかと理由を付けてナスターシアを訪ねていたジョエルは、聖堂でソランジュと出くわした。いや、待ち伏せに遭ったと言うべきか。


「ナスターシア様まで……」


 ナスターシアがいるのを見て、ソランジュの顔には『がっかり』が書かれたように、はっきりと嘆息がみてとれた。


「私が焼いたんですよ、どうぞ食べて下さい!」


 目立って綺麗と言うほどでもないが、少しふっくらとして、おっとりした感じのソランジュは、癒やし系の代表のような存在だった。


「ああ、ありがとう」


 ジョエルは、パンケーキをひとかけらつまんで、口に入れる。モグモグと動く口が、かすかに一度止まった気がする。


「どうですか?」


「とっても美味しいですよ」


「全部どうぞ。ジョエル様のために頑張ったんです」


「どれどれ? んぐ……」


 突如として手を伸ばして現れたのは、イーファだ。


「うわ、ちょっとこれ……。粉っぽいわ」


 正直に不味そうな顔。眉がくっつきそうなほど寄っている。

 そんなになのか?


「あんたこれ、食べてみなよ」


 ナスターシアに勧めてくる。いやいや、ここは聖女っぽくしなくては!


「遠慮いたします。ここは厳かな聖堂です。飲食は禁止です! それに、ジョエル様。もう少しはっきりと感想を仰るべきですよ?」


「やめてくださいっ! これは、ジョエル様の分です」


「じゃあ、あんたが食べな。ほれっ」


 ぐむっと、ソランジュの口にねじ込まれる。育ちがよかった可憐な唇に、ぐいぐいと遠慮なくパンケーキが押し込まれる様は、まるで陵辱……。

 むせるソランジュ。


「ぅぐ……。お菓子は、心です。私の心がこもったお菓子ですから、ジョエル様には美味しい筈です。ね、ジョエル様」


「そう……だね。別にマズイというほどのことは……」


「あああっ! いま、マズイと仰ったんですか!? 酷いです。でも、もっと頑張りますね。将来のためにも……」


「なにが将来ですかっ! あなたは、修道女ですよ。殿方と一緒になることはおろか、その……そういう行為も禁止されています。理解していますか?」


「聖女様こそ、王子様と二股だなんてこと、ありませんわよね?」


「なんですか、ふ、ふふ、二股なんて。私はまだ、婚約していないのですから……。それに……」


「まあまあ、二人とも。道ならぬ恋は、燃え上がっちゃうものってことだね。でも、ナスターシアも一途っていうか、頑固だよね。諦めが悪いっていうか」


 イーファが、両手を広げて理解不能とか、呆れる仕草。


「それについては……その……」


 ちらりとジョエルを見遣る。


「ああ、そうだね。私が心を決めかねていたから……。でも、今はもう、迷いはない」


「何を言っているんですか、ジョエル様! 王子に楯突いてこの国で生きて行けるわけないでしょう?」


 ソランジュが色をなして怒る。彼女の言い分はもっともだし、衆目の一致するところである。


「そうだね、困ったね」


 もはや達観したのか、さして困ってもいなさそう。騎士の身分も市民権もすべてを捨てる覚悟なのだろうか?


「ソランジュも、ありがとう。心配してくれて」


「それはそうと、ソランジュ」


 イーファが腕組みをすると、どこからかトマが現れてそこに飛び乗る。


「お菓子をもってきたことのお仕置きは、どうしましょうね?」


「え?」


「あなたは、私のことをどう思っているのかしら? 同僚?」


「もちろん、お友達です……よね?」


 びくつくソランジュに対して、なぜか喜びに溢れるイーファ。


「ホントに? じゃあ、今晩あたしの修室に来て! お仕置きは、ナスターシアにしとくから。というわけで、フェリアから帰ったら、体ほぐしましょうね」


「!」


 そういえば、最近してない……。

 イーファはフェリアからここの修室に、縄とか……とか、……とか持ってきたらしい。

 修室に二人で籠もれば、何が行われるか考えなくてもわかりそうだが、ソランジュは素質がありそうだから大丈夫だろう。




 宿場町、ロスティスに着いたときには、既に夕刻であった。

 従者や護衛の者は、酒場に向かう。

 ナスターシアは、うっかり外出するわけにもいかないので、宿でお留守番。護衛には、アランとジョエルがついた。


「宿で食事を用意してくれるそうだ。食堂があるらしい。行きますか?」


「そうですね。すこし食べます」


 アランの誘いに乗る。

 相変わらず、馬車酔いがひどいナスターシアは、動けるようになるまで時間がかかってしまった。


 正直、もう馬車の旅はうんざりなのだが仕方ない。馬車の方も、気を使ってゆっくり、なるべく揺れないように頑張ってくれていた。その所為で、通常より一日多くかかってしまうほどに。


「そういや、お屋敷は焼けてしまったらしいですな」


「すいません。力及びませんでした」


「あなたの所為ではありません。建築ギルドのメンバーが総力をあげて建て直していると聞きました」


「今は領主屋敷を使っているんですか?」


「そう聞いてます」


 領主屋敷は、呪いの館のような気がして近寄りたいとも思わない。


「それより、酒はもう飲まれないのですか?」


 アランは木杯のビールを手に、不思議そうに聞く。


「飲まないのでは無くて、飲めなくなりました。すぐに悪酔いするようになってしまって……」


「不思議ですね」


「手足も重くなったといいますか……。もう格闘も出来そうにありません。時間が出来たら鍛え直そうと思っています」


「その必要はないと思いますが……」


「そうだね、今度こそ、ちゃんと護るよ。そのためには、いつも側にいたいんだけど……」


 黙々と豆の煮物を食べていたジョエルが、口を挟む。


「お前の惚気(のろけ)は聞いてない」


「いえ、ジョエル様とはあとでお話ししたいと思っています。部屋までご足労願えますか?」


「え? でも、それは……」


「変なことしたら……わかってるよな?」


「はい……」




 ナスターシアにあてがわれた部屋は、宿で一番豪華な部屋で、実質的にここロスティスで一番いい部屋となる。

 だが、それでも冬の夜は冷える。

 部屋の中でも防寒は欠かせない。


 ジョエルとナスターシアは、部屋のストーブの前に置かれた丸テーブルに陣取って座った。


「で、なに? 話って」


「これからのことです」


 頬杖をついて考え込むナスターシア。ストールの間に、暖炉の明かりが差し、ちらりと胸元が見える。


「…………」


 ジョエルの視線が気になる……。


「ちょっと、ジョエル様! どこ見てるんですか!」


「えっ、いや。ごめん……」


「もうっ! 私、シャルル王子との婚約を断ろうと思ってます。だって……あの人ったら……」


「ああ、それなんだけど、やめた方がいいよ」


 どういう意味か? と、ナスターシアが怪訝そうな顔になる。


「そんなことしたら、君の家族や商会、最悪フェリアの人達に迷惑がかかる。だから、それはそういうことにしておいてよ」


「で、どうするの?」


「私に考えがあります。親父には迷惑かけちゃうけど、いまとあんまり変わらないし、ヘロンの老師様がなんとかできる範囲だしね」


 ならば、と、ナスターシアはリューネ公女の手が借りられるかも知れないことを話しておいた。もちろん、密約のことは言わずに。


「わかった。私からも話をつけてみるよ」




 ロスティスの長い夜が更けていく。

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