99 383-01 王子と婚約したら王妃決定?(3274)
新年の祝賀会のあと、数日するとイーファが来た。事実関係の確認のため、修道院から呼ばれたのだ。
「おっひっさー!」
ナスターシアが部屋でひとり、紅茶とお菓子を楽しんでいるとイーファが訪れた。トマも一緒だ。
「お久しぶりです」
「あれ? なんか元気ないね。っていうか、別人? こんな、おしとやかな姫じゃないでしょ?」
「これでもずいぶん元気になったんですよ?」
「そっかー。死にかけたらしいもんね。でもま、生きててよかったじゃん」
本当に薄氷を踏む思いだったんだが、イーファにかかるととても軽く感じる。
「これから、オッサン連中の尋問なんだ。退屈だよね~」
「変なこと聞いちゃだめですよ?」
「マルセルのヤツと同じ事言わないでよ! ねー、トマ」
「なんか、トマ、太ってない?」
「そうなのよ! 腕がだるいったらないの。降ろそうとするでしょ? そしたら、ほら! 肩にのるんだよ~」
確かになんかちょっと、腕が逞しくなった気が……。
「そろそろ、修道院に帰ろうと思ってるから……」
「なんか、最近活気がハンパなくて~。もっと陰鬱な雰囲気が好きなのに」
「そこは荘厳と言ってよ。で、お気に入りの子はできた?」
「忙しすぎて、それどころじゃない!」
「頑張ってくれてるのね。ありがとう」
「そうだよ、感謝して」
イーファは、くるりとスカートを翻すと背を向けた。
「じゃ、行ってくるわ! 元気そうでよかった!」
「ありがとう。一緒に帰りましょう、修道院へ」
三日後、詮議が終わり罪がないことが認められたシャルル王子がやってきた。事前に知らせは受けていたので、豪華なソファとテーブルの応接セットで待つ。
騒々しく、やって来た……。
「ナスターシア!! おおっ!! 会いたかったぞっ! おやっ? なんだか、以前にも増して美しくなったのではないか? ひと目千金、自失して天に昇ってしまいそうだ。しかし、一時はどうなるかと思って肝を冷やしたぞ! それがどうだ、余を護ってくれたばかりか、こんなにも美しくなっているとはっ!!! 感激で言葉もないぞ」
(めっちゃ、喋ってるやんっ!)
「シャルル王子、息災のご様子、ご同慶の限りです。ときに、王子。騎士など止めてしまえと仰っていたこと、撤回していただけますか?」
王子は虚を突かれて、目をしぱしぱさせる。
「おっと。なんだ、気にしておったのか? そうだな、その節は申し訳なかった。だがっ!! 今度こそ、余が護るからな! 案ずることはなにもないぞ」
「期待しちゃいますよ? 私、もう翼を出したり武器を振るうのは無理になっちゃいましたから……」
シャルルの眉がピクリとする。だが、表情は変えない。
「本当に済まなかったな。だが、心より感謝しておるぞ。あとは余に存分に甘えるがよい」
「ありがとうございます。ところで、今回の騒動の首謀者は、結局誰だったのですか?」
「ああ……」
シャルル王子の顔は曇り、重い口調で語り始めた。
「そもそもの発端は、サラニアとセルヴィカの領主が余を担いだところから始まるのだ」
二人の領主は、シャルル王子排除のためにわざと近づき、おだて、褒めそやして兄王子との対立を煽っていた。そして、クーデターに乗じて兄王子フィリップへの謀反を明かし、手のひらを返してシャルル王子を亡き者にする計画だったようだ。だが、シャルル王子はのらりくらりと一向に行動しようとしない。
そこへ、守護天使が登場してしまった。
事は国境をまたぎ、領主達は帝国の教皇からの後押しも取り付けた。
最終的に、現王を討ち、フィリップ王子を立てて傀儡政権とする計画だったようだ。結局のところ、最大の黒幕は教皇といっていい。
領主達は、うまく利用されたのだが、一方でそれぞれの領主には、それぞれの目論見があったようだった。
「今度はその美しさで、傾国の美女と呼ばれぬよう、注意しないとな、ナスターシア」
「えっ? ちょ、私の所為と仰るのですか?」
「関係ないかと言われれば、関係者の一人ではあるな……」
今回の件で、次期王と目されていた兄王子フィリップは大いにその信用を失い、失意の底にあった。領主達と違い、共謀とまでは認定されなかったが教皇と懇意であったことは認められてしまった。また、ナスターシアを帝国に渡す手筈だったことも、心証を悪くした。
「王陛下は、兄上の処遇を決めかねているようだ……。余にどうこうできる問題でもないが……」
「それより」
と、ナスターシアに向き直って改めて聞かれる。
「サラニア領の領主になる気はないのだな?」
「ええ。私には荷が重いと思います」
「そうか。では、七月の建国祭の日に婚約しよう。そして、そなたの進む道の先には、王妃という未来があることは、覚えておいて欲しい」
(嫌だ……)
大きなため息をついてしまった。
「どうした? 嫌か?」
「王子は、こういってはなんですが、自由なお方だったので……。ですが、国王になられるということなら……」
「どこまでもわからんヤツだな。理解に苦しむ。これは朗報ぞ? 普通なら、競争相手を手にかけてでも、という女が多いだろうに……」
「そういう普通にはなりたくないのです」
「じゃあなにか? 余が王位を継がずに放蕩息子を続けていればいいと?」
刺のある物言いに、イラッとした。
「端的に言えば、そうです!」
「いい加減にしろっ! 余とて、いつまでも色狂いだの、放蕩息子だのと陰口を叩かれていたいとは思わぬ! お前は、自分の立場をもっと辨えることだ。影響力を自覚しろ! 紙幣の肖像にまでなっているんだぞ?! とにかく、数年のうちに王妃になるのだ。他の男と色恋の噂など、もってのほかと心得よ!」
「……はい」
ナスターシアは、目線を落とし、力なく頷いた。
(そんなこと言われても……。困っちゃうよ。そもそも、王子を愛しているわけじゃないし。嫌いかと聞かれれば、そうでもない。むしろ好きだ。けど、それとこれは違う。そりゃあ、煌びやかな生活に憧れが全く無いといったら嘘になるけど。でも、あの恐ろしい妬みや権謀術数渦巻く世界にはいたくない。それに……)
「なぁに? もう夫婦げんか?」
「?」
兄のやり取りを後ろから黙って眺めていたが、つい口を挟んでしまったというところか?
「ごきげんよう、ナスターシア様。気分が優れないようなら、わたくしがキスをして差し上げてもよろしくてよ?」
どうして、それで元気になると思うのか? だが、ありがたいことに沈んだ気持ちを温かくしてくれたことは確かだ。
「リデリア様」
「私は、諦めたわけじゃありませんのよ? あなたのこと。でも、マキナスと一緒になることにしました。彼の気持ちには素直に応えたいと思いましたので」
えっ? と、意外そうな表情をしてしまう。
「彼はその身を挺して私を護ってくれました。嘘偽りないのですよ、彼には。こないだ、父上に……王陛下に打ち明けたら、認めて下さいました。あなたも、お兄様と一緒になっても、気持ちまで捨てる必要はありませんよ?」
「な、何のことでしょう?」
とぼけるが、声がうわずってしまう。
「余は許さんからな。そんなことになったら、この世から消すまでだ」
「ふふっ、お兄様ったら。そんな子供みたいな事言ってるから、いつまでも振り向いてもらえないのです」
王子の言葉に慌てたのは、ナスターシアだった。
「あの、約束は……。私のゆかりの人物には危害を加えないと!?」
「もちろん、守る。そなたが、余を愛し、余がそなたに心を寄せる限りにおいてな。当然の話ではないか!」
「そんなこと言ったら、嫌われちゃいますよ? お兄様」
なに? と、いいながらも考え込んでしまうシャルル王子だった。