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97 353-01 君の側から離れたくない(2396)

 リュシスが聖女認定されそうな話から、ナスターシアが聖女を務められそうにない話になった。


「私はもう翼も出せないし、飛べないと思うの。だから、なにか期待されても無理なの」


「そっかぁ。頑張り過ぎちゃったのかな」


「そうだね」


「でも、過去の業績に対して認定されるんだよ、聖人って……。だから、きっと聖女のままだよ」


「えー、嫌だなぁ」


「嫌だなぁって、ふふふ」


 ころころと笑い合う二人。




「ダメです、困ります!」


 しばしリュシスと談笑してると、なにやら外が騒がしくなる。


 唐突にドアが開くと、押し込んできたのはジョエルだった。


「ジョエル様!」


「ナスターシア! よかった……」


 止めに入る侍女に、大丈夫と合図して引いてもらう。

 ジョエルは、珍しくキチンとした身なりでこぎれいにして現れた。清貧はどこへ行ったのだろう? ぱっと見て貴族っぽくなっていた。もともと、眉目秀麗な顔立ちが、ひときわ綺麗に見えた。

 ナスターシアにとりつくと、手を取って安堵の声を上げる。


「本当に、よかった。心配したよ。全然様態がわからないから……」


「あの~、お邪魔虫は消えますね~」


「なんだ? 別にかまわないぞ? というか、すまない。私こそ邪魔したようだ」


「いえいえ、ごゆっくり。じゃ、またねナスターシア様」


 リュシスは、気を利かせて部屋を出て行った。商会の会計もしながら、国の財政について意見するなんて、ヘタをしたら政商の(そし)りを受けてしまうかも知れないのに……。相変わらず、勢いだけで生きている感じである。


「ジョエル様、その格好は一体……?」


 互いの体が近いせいか、鼓動が高鳴るのも聞こえてしまいそうだ。


「ああ、変だっただろうか? 少しは気を使うべきだとリュシス君に言われてね」


 ジョエルは、少し恥ずかしそうに、そして所在なげに服の裾をいじったりしてごまかす。


「あ、いえ、素敵です、とっても。見違えちゃいました」


「そう、よかった」


「ジョエル様、私、ジョエル様をお守りするなんて言いましたけど、無理になっちゃいました。申し訳ないです。神の奇蹟はもう使えないのです」


 思いがけないジョエルの端麗な容姿に喜ぶのも束の間、現実に引き戻される。小さなピンク色の唇が、固く結ばれた。


「いいんだよ。生きていてくれただけで奇蹟だよ。私の方こそ、ちゃんと守ってあげられなくてすまない。まだまだ、鍛え足らないみたいで……。頑張ろうと思っているよ」


「ううん、ジョエル様がウスサスを抑えてくれたから、私が生きていられるの。ありがとうございます、本当に」


「それはこっちのセリフだよ。こちらこそ、ありがとう、ナスターシア」


 言葉が途切れると、なんだか急にまた意識してしまい、互いに頬を染める。心臓は、早鐘を打ち始める。ジョエルはたまらず、ナスターシアの手に目線を落とす。


「なんだか、とっても儚い感じに……。なんていうか、大人びたのかな?」


 もう一度、顔を見る。


「背が伸びた?」


「うーん、伸びたのは髪で、あとは痩せましたね。やつれた、っていうのかな」


 ふふっと笑みをこぼす。実際問題として背はたしかに少し伸びたが、印象としては肌が白さと透明感やきめ細かさが増したために、とても儚げに見えるようだ。


「本当に、君が血まみれで転がってきたときは、気が狂いそうだったよ……。いや、狂ってたかも」


「残念。その姿は見えませんでした」


「……ナスターシア。もう二度とあんなことは……」


 ジョエルは、そっと、ナスターシアの顔を胸に抱く。


「ねぇ、ジョエル様」


「なに?」


「このまま、私とどこかに行っちゃいましょう。なにもかも、ほっぽりだして……。私……もう……」




 長い沈黙。




 ジョエルの頭の中で、いろんなことがぐるぐる回っているのだろう。適当に安心させるようなことを言えない(たち)が災いして、なかなか何も言えない。


「ナスターシア様。私はいままで、自分自身を騙してきました。そして、あなたにも失礼なことを言ってしまった。赦して下さい」


「赦すだなんて……なにも」


「もう嘘をつきません。申し訳ありません。あなたに、いえ……。君を信仰して自分を捧げるなんて嘘を言ってごめん。本当はただ、好きだった。でも、それを自分で受け入れられなかったんだと思う。今は、君の側から離れたくない。ずっとこうしていたいんだ。たまらなく愛おしい……。それだけが真実」


 ナスターシアの嗚咽を感じたジョエルは、あわてて体を離し、顔をみる。その陶器のような透き通る頬を、涙がつたっていた。


「安心して。必ず、私がなんとかするから……。もう少し、時間をください」


「うれしい……です。ジョエル様、私……」




 その後、ジョエルとしばし、感涙に浸った。




 気分が晴れると、気の済むまで王都での戦闘の話や、食べ物の話、修道院での化粧品製造の話や休日に修道女達に教えたことなどを話し、再会を誓って別れた。


 修道院では、騎士団の旗揚げがあるのだ。その準備に忙しいようだ。




 その後聞いた、いろんな人からの話を総合すると、戦いのその後はこんな感じだったらしい。


 王都の騒乱は、最後はマルセルのウォームによって唐突に終焉を迎えた。

 なんとも締まらない終わり方なのだが、犠牲者が少ないという意味では最良の選択だった。


 王子二人は、まだ詮議が終わっていないため、それぞれ隔離され軟禁状態にあるようだ。シャルル王子が自由になっていたら、うるさく押しかけてきたことだろう。


 セルヴィカとサラニアの領主一族は、全員死刑が決まった。といっても、サラニアの領主一族は、はんかたフェリアの領主屋敷で死んでしまった。

 セルヴィカのソランジュは不憫だった。何も知らないまま、刑に処されるのだから……。


 領地二つが領主不在となったため、今回の騒動での武勲者が領主になるだろうと予想されていた。……最大の武勲者は誰あろう、ナスターシアだったので、当然領主候補として上がっていた。が、ヘロンはこれに強力に反対した。


(さすがお爺様。グッジョブ!)

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