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10 352-02 えげつない葬儀(2587)

 葬儀。襲撃事件の二日後には、もう執り行われることになっていた。


「マルセル、ナセル。葬儀はえげつない。毒気にあてられないように屋敷でまっておってはどうか?」


「父上の葬儀ですから。見送ってあげたいと思います」


「お父様に会いに行くの? 行くよ、行く!」


「そうか、二人とも無理せぬようにな」




 父上の葬儀は、フェリアの教会で行うことになっていた。

 彼の遺体は頸がないため、既に納棺されていた。大店の店主故に、前夜祭では取引先や近所の人、貴族の一部など多くの人が訪れていた。

「マルセル、ナセルと一緒に家で待っておってもよかったのじゃぞ?」


「いえ、お爺様。大丈夫です」

 マルセル兄様が気丈に振る舞う。


 不意にナセルが棺につかつかと駆け寄る。

「ねぇ、お父様をここから出してあげてよ!! 狭いから、こんなところに閉じ込めないで!!」


 長兄フェルナンドが、そっとナセルを抱きかかえ諭す。

「今は、じっとしていて、ね」



 参列者が遺族であるサイモンの家族のところに挨拶にやってくる。


「サイモン様の安らかな眠りをお祈りいたします……う……!」


 今日は母マリーも参列しているのだが、参拝に来てくれる人がみな母上を見て言葉を詰まらせる。


「安らかな……ぇ、お、おい。お祈りいたし、ます」


 マルセルはナセルを小突く。


「なあ。母上はやっぱり怖いよな?」


「あ…………う」


 ナセルはうつむき目を潤ませて、適当に相づちをうつ。

 マルセルは諦めた。


 吸い込まれそうな漆黒のブラウス、漆黒のくるぶし丈のロングスカート、黒のヴェールに黒の口紅、黒のアイシャドウに何故か目尻に朱を入れている。そして、腰には黒く染めた麻縄を巻いている。因みにいつもは深紅に染めた麻縄だったので、少しは気をつかっているということだろう。


 頭髪のサイドは刈り上げられ、耳にはもうこれ以上付けるところがないくらい、ピアスリングが付けられている……。サイド以外の髪は普通に前後に流されているが、サイドが異彩を放っているのだ。


 母は、すこしいかがわしい店を何店か持っていて、たまに客の相手もするらしい。

 マルセルは、ナセルが昼間に通っているのを知っていたが、怖くて理由は聞けなかった……。



 だが、よく考えてみれば、父は母を愛し、ナセルたちが生まれたわけで、明け方に帰ってきては父を無理矢理起こして……っていたのを、マルセルは知っている訳で……。この世は不思議だらけだ。





 前夜祭はカイルの賛美歌の斉唱から始まった。教会は吹き抜けの三階建てになっていて、聖歌隊は三階から清らかな歌声を供していた。オルガンとステンドグラスからの光が、教会を満たす。神父の正典朗読が終わると説教が始まった。


「偉大なる神の御子、カイル様の御許へ旅立つ老師ヘロンが子サイモンは、ここフェリアの地で商いを営み、その真面目な仕事ぶりにより、ここに住む者のみならず遠く異国の地の者でさえ、彼を敬愛し信頼しておりました」


 ひたすら生い立ちと業績が続く。

 しばらくすると、説教は終わった。


「どうかご遺族のみなさんにも、主のお慰めがありますように」


 葬儀式が滞りなく終わり、挨拶をしつつ、三々五々解散しているときだった。どこからともなく、いろんな会話が聞こえてくる。


「やあ、○※商会さん。よかったら次はうちから仕入れてくださいよ。いつまでもフィーデス商会が安泰とは限らんでしょう」


「ああ、そうは言ってもねぇ。考えとくよ」


 葬儀式だというのに、故人を偲ぶよりここぞとばかりに営業活動に勤しむ者が多数現れるのである。お爺様がえげつないと言っていたのはこのことだ。

 しかし、お爺様は穀物ギルドのギルド長なのに、その面前で大胆な行為でもある。そんな営業の声がだんだん大きくなってきたときだった。


「ああ、△屋さん! 世話になっとるね。今度王都で大々的に両替商をすることになったでな。倅が死んでしまって、こんなときになんなんじゃが、ヤツのためにも今後もよしなに頼むよ」


 わざと周囲に聞こえるように大きな声で挨拶をするお爺様。


 フィーデス商会は基本的に穀物商だが、穀物の先物証券を取り扱うことでかなり稼いだらしい。だから、貴族や領主、最近は王家にも金を貸しているようである。相手が不誠実だと、最初から貸さないし、取り立て部隊も苛烈だから貸し倒れも少ない。よって、どんどんお金が増えている。何故か屋敷は質素なままだが。


 そのお爺様が、両替商を始めるといい、『今後もよしなに』と言うということは、暗に『裏切ったら金貸さない』って言っているようなもので、収穫期以外での収益をフィーデス商会の証券取引で賄ったり、事業の拡大や戦費の調達に協力したりしてもらえなくなるということである。


 いろんな意味で、えげつない葬儀式だった。




 翌日、出棺し町の外にある墓地に埋葬しに行った。丘の上にあるのだが、そこまで大人達で棺を運んでいく。例によって朝から教会で出棺式を執り行い、聖歌隊の合唱と神父の説教に送り出された。


 ナセルは終始黙っていたが、埋葬の際は取り乱していた。棺にすがりつき、必死に抗議した。


「お父様をこんなとこに閉じ込めないでって言ってるでしょ?! 埋めちゃ嫌ぁっ!!! 埋めないでよーっ!!」


 ナセルは、棺から引き剥がされる。

 マルセルは、体の小さい弟を後ろから包むように抱きしめた。



 その小さな白い手が、別れを拒むかのように虚空に伸び、なにかを掴もうとする。



 花束と棺が穴にそっと納められ、スコップで土がかけられていく……。



「いやぁぁぁぁぁーーっ!! やめてぇーっ! ……お父……様……」


 その様子が一層周囲の哀愁を誘い、大人達にも涙を流させた。参列者の中には、ゴーティエ卿の家族、もちろんジョエルの姿もあった。


 マルセルは、思った。

(もし本当に神がいるなら、もうこんな悲しい思いを私たちにさせないで欲しい……。みんなの心を、暖かく、優しい慈愛に満ち溢れさせたい!!!)

 マルセルは、夜もずっとそう願い、祈っていた。


 サイモンの葬儀が盛大だったせいで目立たなかったが、護衛剣士ジャンとコルネーユの葬儀も行われていた。三人の棺は近くに埋葬された。死後もサイモンを護ってくれるだろう。


 サイモンにしろ、護衛剣士にしろ、経済的には裕福だったからきちんとした葬儀式が行えたが、そうでない場合にはお墓の費用が払えず、川に流されたりする者もあるそうだ。あまり考えたくはない。


 葬儀が終わると次は罪人の裁判である。

ご覧頂き、ありがとうございます。

「中小企業の社長さん葬儀のあるある」と「私の妹の葬儀での様子」がミックス……。

悲しさもMAX。

次回は、処刑。

よろしくお願いいたします。

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