01 351-03 男子ならその痛さがわかるはず(2303)
純白のブリオー(袖の広がったワンピース)に紺青色のストールをつけた銀髪の聖女は、馬車に揺られていた。
カラッとして爽やかではあるが、盛夏の日差しはきつい。
鬱蒼とした森を抜けると、今度は荒涼とした原野が広がる。
そんな中を何日もかけて馬車で揺られて移動するのは、なかなかに大変だった。
「どうしてこうなったんでしょうね……?」
真っ黒な神父服姿の兄マルセルに聞いてみた。
「いや……どうしたも、こうしたも。やらかし散らした結果では……?」
七月八日。建国祭の次の日、王宮に呼び出しを喰らって行ってみれば、聖女認定である。オマケに王子からは追っかけ回されるわ、隣国の公女には迫られるわ……。
話は、1年半前から始まる。
「ナセル、危ないからやめろって!!」
「大丈夫、大丈夫!!」
10歳の誕生日を目前にした白銀の髪を肩口まで伸ばした男の子は、お屋敷の階段の手すりに跨がってはしゃいでいた。手すりは、しっかりと磨かれ、長年階段を行き来する者によって撫でられ、うっすら光沢すら帯びている。
「行くね!」
キュロットのような幅広の生成りのハーフパンツに、長袖のシャツ、短めのジャケットという貴族の子供を彷彿とさせる出で立ちの男の子は、器用にバランスをとり、スルーッときれいに勢いよく手すりを滑り降りていく。
白銀の髪が、煽られ、流れる。
手すりは二階から赤い絨毯の敷かれたホールに向かって狐を描き、90度向きを変えたところで終わっていた。
ゴスッ!!
「あぁっ!!」
股間に激烈な衝撃を感じ、手すりの終端からスローモーションで射出され、空間に放り出される……。
眼前には、だんだん赤い絨毯が敷かれた床が迫ってくる。
ドサッ……。
手すりの終端には水平部分があり、指一つ程度の小さい出っ張りもあったのだ。傍目には、男の子が手すりの最後まで無事に滑って、そのまま床に落ちたように見えた。が、実際には楽しい遊びから、一転大惨事に……。
彼は、倒れたまま悶絶して起きあがろうとしない。
「ナセル大丈夫?」
心配そうに覗き込むのは、彼の兄である。兄は、弟ほど白くも長くもないが、やはり艶やかな銀髪だった。
いつもは、お尻を下側にしてゆっくり滑っていたから大丈夫だったのだが、今回は調子に乗って前向きだったのが災いした。
ナセルと呼ばれた男の子は、倒れたまま時折、足をピクピクさせる。
強烈な痛みの中で、彼は今まで忘れていたことを急速に思い出していた。
(痛ったーーーっ!)
(ぐぬうっ、痛すぎる!! 痛すぎて動けない!)
(痛い! って何が? ていうか、私……)
「母上ぇ!! ナセルが大変!!」
「なによ? 昼前だってのにうるさいねぇ!」
兄に呼ばれて降りてきたのは、全身真っ黒なコーディネートの女だった。その灰色の髪は腰まで届くほどの長さがあったが、サイドが刈り上げられ、耳にはこれ以上付けられないほどのピアスリングがくっついていた。腰に巻かれた赤い麻紐が差し色になっている。
大声に侍女達や事務所で働いていた人達も、わらわらと集まってきた。
「まあ、たいへん!」
「どうしました? 坊ちゃん」
事務員をしている男性だ。
「なにがあった!?」
父サイモンが心配して出てきてくれた。なにかあると、いつも忙しい仕事をほっぽり出して見に来てくれる。
「ナセルが手すりで滑って遊んでて落ちたんだ」
「マルセル、貴方が見ていてなんで止めないの?」
ナセルの母、マリーだ。
「言うこと聞かないんだよ!」
お母様と呼ばれた女は面倒くさそうに、動かないナセルを見た。
「はいはい、大丈夫だから。あなたたちは仕事に戻ってちょうだい。大丈夫、大丈夫だから。あ、エレナはちょっと残ってくださる?」
侍女長のエレナが残され、他の人は帰るように促される。みんな心配そうに仕事にもどって行く。エレナは最古参の侍女の一人で、恰幅のいいタイプだ。屋敷の仕事を精力的にこなし、力もある。
「大丈夫よ、立ってトントンってすれば降りてくるから」
「降りてくる?」
「そうそう」
「いや待て! それは本当に痛いんだぞ! 女にはわからんだろうが」
そんなくだらない会話を、ナセル本人は聞こえても聞いてはいなかった。
(思い出したよ、私。 そうか、これは前世の記憶ってヤツなのか?
あ、いや待って。
確か私、作戦行動中に撃墜された気が……。
私のヘリちゃんもご臨終ってことかぁ。
ちょっと待って!
てことはなに?
転生?
転生なの?
まさかの転生?? ありえへんわぁ……。しかも、付いてるし。
彼氏いない暦=人生だった私が、よりにもよって自分が男になってるなんて……)
「ぐうぅっ……」
「あ、ナセルが動いたよ」
「イタタタタ」
ナセルは思わず、股間を押さえた。
「うぎゃーーっ!! ぶにゅってなったぁ」
「何言ってるの? 大丈夫なの? 変だよ?」
(びっくりした! でも、ああ、わかる。ここ最近の記憶もあるから。なんか、タマがなくなってる……)
「た、たた、た、タマがない……よ」
「ああそれね、お腹の中に上がってるだけだと思うから。そのうち出てくるし、心配しない!」
(母上だ。いつ見てもぶっ飛んでるよな~)
「そうは言っても、出てこなかったら大変だ。理髪師を呼んだ方がいい!」
医者がいなかったので、理髪師が医者のまねごとのようなことをしていたのだった。
「何言ってるの、大げさねぇ!」
「母上もああ仰ってるし、動けそうなら立ってみてよ」
「あ、うん」
(そんなことより、お父様にこんな姿を見られるのが恥ずかしいよ)
ナセルは、恐る恐る立ち上がってみる。下腹部の鈍痛がなかなかとれない。
「痛い……無理……歩けない」
「しょうがないねぇ。エレナ、ナセルを彼の部屋まで運んでやって」
ほらよっと、エレナは10歳の男の子を抱き抱え、ベッドまで運んで寝かせてやった。
数あるWEB小説の中から拙作を読んでいただきありがとうございます。
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今後の参考にもなりますし、作者のモチベーションが爆騰いたします。
至らない点も多々あろうかと思いますが、最後までお楽しみいただければ望外の喜びです。