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どうやらサンコンも、ジョージの様子がおかしい事に気づいていたみたい。
サンコンは私がいる手前、話しづらそうだったけれど、ジョージが最近ずっとイライラしていること、帰ってくるのがおそいことを指摘してくれた。
「うーん、どうすれば良いのかしら」
「しばらく様子をみてはいかがでしょうか。
もしかしたら何か思い過ごしだということありますでしょうし」
「そ、そうよね。ありがとう、サンコン。
そうするわ」
サンコンは丁寧に挨拶してくれた後、帰っていった。
そうだ。そうかもしれない。きっと私の思い過しに違いない。
その日の夜、帰ってきたジョージは、珍しく自分の方から話しかけてきた。
「トロミィ。ちょっといいかい?」
「なんですこと?」
私のぎこちないお嬢様言葉にももう、笑うことはない。
「今度、オリバー国との首脳会談があるんで同行してほしい。君が一緒にいてくれたらきっと貿易交渉もうまくいくと思うんだ」
「え、ええ。勿論ですわ」
期待はずれの話題に、絶望感を覚えた。
ジョージの私に対する用は、"私"ではなく、"オリバー民族の血"としての用だった。
話しかけられて期待していた少し前の自分をひどく憎んだ。
やっぱり、ジョージは私のことを愛してくれていないのかもしれない。外交カードのひとつとしてしか見てくれていないのかもしれない。
そう思うと、急に不安に襲われた。
「じょ、ジョージ様!」
「ん?」
「それだけですか?!」
「なにが?」
「な、なにがって…えっと…私に対するジョージ様の用は私ではなくオリバー民族としての、え、えーっと………」
頭の中で整理がつかないまま喋り出したので、混乱してもごもごとどもってしまった。
「トロミィ。すまない。僕は忙しいんだ。
君の戯言を聞いている暇はない。おやすみ」
頭を金槌で打たれたような衝撃だった。
君の戯言を聞いている暇はない
君の戯言を聞いている暇はない
君の戯言を聞いている暇はない
君の戯言を聞いている暇はない
君の戯言を聞いている暇はない
何度も何度も、これでもかというくらい、ジョージに言われた言葉が頭の中を反芻した。
戯言ってなんだろう。なんなんだろう。
私が言っていることは戯言なのか。
妻が夫に対して愛を確かめることは、戯言なのか。
この時、私は確信した。ジョージという男に、最初から私に対する愛情などなかったのだ。
あまりにもショックだったけれど、認めないことには先へ進むことは出来ない。
異世界に飛ばされてから数ヶ月、ついに信頼のおける人物がいなくなってしまった。




