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一切逃げようとしないサーシャ=メロウに絶望しつつも、こうなれば戦うしかない。俺は美人なエルフの放つ弓矢を警戒しつつ、重戦士レスタト=グインを迎撃した。
レスタトは重そうな鎧を着てガトリングガンを担ぎ、戦斧を構えながら走ってくる。兜の中に見える顔は精悍で、首が恐ろしく太い。大柄な勇者よりも更に一回り大きいから、きっと背丈は二メートル以上あるんだろう。巨人族としては、微妙なサイズかも知れないが。
そんな男がガシャガシャと鎧の音も高らかに、瓦礫と死体の間を縫って俺に迫ってくる。正面からぶつかれば、勝ち目が無いことなんて明白だ。
けど、やっぱり遅い。予想通りというか、ヤツの動きが俺の目には丸見えだった。
振り上げた斧が下ろされるまでの時間が、俺にはとても長く感じられる。右にも左にも下にも――何なら上にだって避けられる気がした。
実際、レスタトの戦斧は横薙ぎに払われたけれど、俺はそれを難なくしゃがんで避けている。
頭上でブォンと凄まじい旋風が巻き起こった。逆巻く風が俺の髪を激しく靡かせる。でも、それだけだった。
俺は余裕をもって立ち上がると、レスタトのガラ空きになった顔面に鉄パイプの先端を突き入れる。容赦する気はなかった。
「ぐうッ!」
残像を残して突き入れられた鉄パイプの先端が、大男の鼻先を捉える。
くぐもった声が聞こえ、レスタトが顔をしかめてたたらを踏んだ。鼻から鮮血が飛び散り、仰け反っている。
「もういっちょぉおお!」
可能なら、ここでこの男を倒してしまいたい。そう思い、俺は追撃の為にもう一度、鉄パイプを繰り出した。
しかしこれは斧の平で防がれ、ギィィィンという金属音と共に弾かれてしまう。どうやら、この程度で簡単に倒せる敵ではないらしい。
「舐めるな――貴様がいかに速くとも、直線的な攻撃など一度見ればッ……!」
獰猛な獣を思わせる唸り声を上げ、レスタトが俺を睨んでいた。だが鼻が曲がり、血がダラダラと零れている。ダメージは、それなりにあったらしい。
「やせ我慢すんなよ。しっかり効いたろ」
もう一撃ぶち込みたいが、流石に敵も警戒し始めたらしい。鎧の防御が薄いところを重点的に守る構えを見せて、俺から一歩、二歩と遠ざかっている。
そんなレスタトの側に、神官服の少女が近寄って来た。
「レスタト――大丈夫ですかぁ? ……偉大なる地母神よ、奇跡を御業を示したまえぇ。回復ッ!」
「すまない、ニナ……助かる。だが、今は危険だから下がっていろ。ヤツは思ったより手強いぞ」
「は~い……! あっ、でもその前に、強化魔術を掛けますねぇ~」
「ニナッ! レスタトには増速ッ! ザーリッシュには魔術防御をッ! 二人は前衛として、暗黒騎士の接近を阻んでッ! ヘブライは槍で援護――あの子は私が遠距離から仕留めるわッ!」
そう言ったのは金髪のエルフさんだった。
どうやら彼女が勇者パーティーの頭脳らしい。指示通り、他の四人が動いている。
エルフさんの作戦は尤もだ。
確かに俺の獲物は鉄パイプ。弓矢なら俺の間合いに入らず、攻撃することが出来るだろう。
しかし彼女は俺の素早さを甘く見ている。何しろ今の俺には、飛んでくる弓矢さえ遅く見えているのだ。だから飛んでくることが分かっていれば、弓矢を避けるなんて簡単なことだった。
実際、今も俺は鉄パイプを軽く振り、飛来した矢を簡単に払い除けている。だが、それを見てエルフさんは笑っていた。
「――君が見えている矢を避けることは、分かっていたわ」
「ん?」
彼女の言葉の意味は、すぐに分かった。驚くべきことに、払った矢のすぐ後ろから別の矢が迫っていたのだ。
「でも、矢の後ろに矢が隠れているなんて、思わないでしょう?」
「なッ!? 同じ軌道で何本も矢を飛ばせんのかよッ!」
俺は首を横に捻り、矢を寸でのところで躱す。頬に筋が走り、たらりと赤い雫が足元に落ちた。背筋が凍える――これが命のやり取りであることを、改めて思い知らされた。
「あっぶねぇ! 顔に当たったら死ぬじゃねぇかッ!」
頬の傷をジャージの袖で拭い、すぐ正面に目を向ける。この隙に前衛が駆け寄ってきたら、危ないと思ったからだ。
案の定、ザーリッシュの姿だけが消えている。俺は上や横を見て、ヤツがどこから迫ってくるのかを確認した。
どこだ……ザーリッシュ!?
「フッフフフ――……私の言った言葉を鵜呑みにしてくれて、ありがとうね、坊や。これで私達の勝ちよ」
「ど、どういうことだ?」
エルフさんが妖艶な笑みを湛え、俺に投げキッスをしている。メロメロになりそうだったが、「ガキィィィン」という金属と金属が激しくぶつかり合う音で、俺はハッと我に返った。
俺が迫る矢に集中している隙に、ザーリッシュは背後のサーシャへ迫っていたのだ。俺がエルフさんの言葉を信じた為に、ヤツの奇襲を許す結果を招き……。
サーシャが迎撃の為に振り上げた左腕の手甲を、ザーリッシュの大剣が容易く弾いていた。サーシャは身体もろとも後方の瓦礫に吹き飛ばされ、今は頭を左右に振っている。
「サーシャッ!」
「う、うう……」
苦し気なサーシャの呻き声が聞こえた。
敵の作戦に乗せられ、時間すら稼げない――俺は自分の無力さが恨めしい。
ザーリッシュが再び剣を振り上げ、何事かを呟いている。
「終わりだ。機関出力最大――感謝しろよ、四天王サーシャ=メロウ――……俺の持つ、最大最強の技で葬ってやるんだからな」
ガシュガシュ――と、場違いな機械音が辺りに響き。ザーリッシュの剣が濛々と蒸気を噴き上げ、刀身が赤く輝いていた。剣の周囲にはバチバチと稲妻が走り、青白い閃光を放っている。
「暗黒騎士。わたし、ここまでみたい――だからいいわ……アンタだけでも逃げなさい……いきなり呼んで、ごめんね」
サーシャは瓦礫の中、埋もれるようにガックリと首を垂れて。
「おい、サーシャ! 一撃喰らっただけで諦めてんじゃねぇよ! 逃げるんだよ! 死ななきゃ負けじゃねぇんだからッ!」