表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/52


 一切逃げようとしないサーシャ=メロウに絶望しつつも、こうなれば戦うしかない。俺は美人なエルフの放つ弓矢を警戒しつつ、重戦士レスタト=グインを迎撃した。


 レスタトは重そうな鎧を着てガトリングガンを担ぎ、戦斧を構えながら走ってくる。兜の中に見える顔は精悍で、首が恐ろしく太い。大柄な勇者よりも更に一回り大きいから、きっと背丈は二メートル以上あるんだろう。巨人族としては、微妙なサイズかも知れないが。


 そんな男がガシャガシャと鎧の音も高らかに、瓦礫と死体の間を縫って俺に迫ってくる。正面からぶつかれば、勝ち目が無いことなんて明白だ。

 けど、やっぱり遅い。予想通りというか、ヤツの動きが俺の目には丸見えだった。


 振り上げた斧が下ろされるまでの時間が、俺にはとても長く感じられる。右にも左にも下にも――何なら上にだって避けられる気がした。

 実際、レスタトの戦斧は横薙ぎに払われたけれど、俺はそれを難なくしゃがんで避けている。


 頭上でブォンと凄まじい旋風が巻き起こった。逆巻く風が俺の髪を激しく靡かせる。でも、それだけだった。

 俺は余裕をもって立ち上がると、レスタトのガラ空きになった顔面に鉄パイプの先端を突き入れる。容赦する気はなかった。


「ぐうッ!」


 残像を残して突き入れられた鉄パイプの先端が、大男の鼻先を捉える。

 くぐもった声が聞こえ、レスタトが顔をしかめてたたらを踏んだ。鼻から鮮血が飛び散り、仰け反っている。


「もういっちょぉおお!」


 可能なら、ここでこの男を倒してしまいたい。そう思い、俺は追撃の為にもう一度、鉄パイプを繰り出した。

 しかしこれは斧の平で防がれ、ギィィィンという金属音と共に弾かれてしまう。どうやら、この程度で簡単に倒せる敵ではないらしい。


「舐めるな――貴様がいかに速くとも、直線的な攻撃など一度見ればッ……!」


 獰猛な獣を思わせる唸り声を上げ、レスタトが俺を睨んでいた。だが鼻が曲がり、血がダラダラと零れている。ダメージは、それなりにあったらしい。


「やせ我慢すんなよ。しっかり効いたろ」


 もう一撃ぶち込みたいが、流石に敵も警戒し始めたらしい。鎧の防御が薄いところを重点的に守る構えを見せて、俺から一歩、二歩と遠ざかっている。

 そんなレスタトの側に、神官服の少女が近寄って来た。


「レスタト――大丈夫ですかぁ? ……偉大なる地母神よ、奇跡を御業を示したまえぇ。回復ヒールッ!」


「すまない、ニナ……助かる。だが、今は危険だから下がっていろ。ヤツは思ったより手強いぞ」


「は~い……! あっ、でもその前に、強化魔術を掛けますねぇ~」


「ニナッ! レスタトには増速ッ! ザーリッシュには魔術防御をッ! 二人は前衛として、暗黒騎士ダークナイトの接近を阻んでッ! ヘブライは槍で援護――あの子は私が遠距離から仕留めるわッ!」


 そう言ったのは金髪のエルフさんだった。

 どうやら彼女が勇者パーティーの頭脳らしい。指示通り、他の四人が動いている。


 エルフさんの作戦は尤もだ。

 確かに俺の獲物は鉄パイプ。弓矢なら俺の間合いに入らず、攻撃することが出来るだろう。


 しかし彼女は俺の素早さを甘く見ている。何しろ今の俺には、飛んでくる弓矢さえ遅く見えているのだ。だから飛んでくることが分かっていれば、弓矢を避けるなんて簡単なことだった。


 実際、今も俺は鉄パイプを軽く振り、飛来した矢を簡単に払い除けている。だが、それを見てエルフさんは笑っていた。


「――君が見えている矢を避けることは、分かっていたわ」


「ん?」


 彼女の言葉の意味は、すぐに分かった。驚くべきことに、払った矢のすぐ後ろから別の矢が迫っていたのだ。


「でも、矢の後ろに矢が隠れているなんて、思わないでしょう?」


「なッ!? 同じ軌道で何本も矢を飛ばせんのかよッ!」


 俺は首を横に捻り、矢を寸でのところで躱す。頬に筋が走り、たらりと赤い雫が足元に落ちた。背筋が凍える――これが命のやり取りであることを、改めて思い知らされた。


「あっぶねぇ! 顔に当たったら死ぬじゃねぇかッ!」


 頬の傷をジャージの袖で拭い、すぐ正面に目を向ける。この隙に前衛が駆け寄ってきたら、危ないと思ったからだ。

 案の定、ザーリッシュの姿だけが消えている。俺は上や横を見て、ヤツがどこから迫ってくるのかを確認した。

 どこだ……ザーリッシュ!?


「フッフフフ――……私の言った言葉を鵜呑みにしてくれて、ありがとうね、坊や。これで私達の勝ちよ」


「ど、どういうことだ?」


 エルフさんが妖艶な笑みを湛え、俺に投げキッスをしている。メロメロになりそうだったが、「ガキィィィン」という金属と金属が激しくぶつかり合う音で、俺はハッと我に返った。

 

 俺が迫る矢に集中している隙に、ザーリッシュは背後のサーシャへ迫っていたのだ。俺がエルフさんの言葉を信じた為に、ヤツの奇襲を許す結果を招き……。


 サーシャが迎撃の為に振り上げた左腕の手甲を、ザーリッシュの大剣が容易く弾いていた。サーシャは身体もろとも後方の瓦礫に吹き飛ばされ、今は頭を左右に振っている。


「サーシャッ!」


「う、うう……」


 苦し気なサーシャの呻き声が聞こえた。

 敵の作戦に乗せられ、時間すら稼げない――俺は自分の無力さが恨めしい。

 ザーリッシュが再び剣を振り上げ、何事かを呟いている。


「終わりだ。機関出力最大――感謝しろよ、四天王サーシャ=メロウ――……俺の持つ、最大最強の技で葬ってやるんだからな」


 ガシュガシュ――と、場違いな機械音が辺りに響き。ザーリッシュの剣が濛々と蒸気を噴き上げ、刀身が赤く輝いていた。剣の周囲にはバチバチと稲妻が走り、青白い閃光を放っている。


暗黒騎士ダークナイト。わたし、ここまでみたい――だからいいわ……アンタだけでも逃げなさい……いきなり呼んで、ごめんね」


 サーシャは瓦礫の中、埋もれるようにガックリと首を垂れて。


「おい、サーシャ! 一撃喰らっただけで諦めてんじゃねぇよ! 逃げるんだよ! 死ななきゃ負けじゃねぇんだからッ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ