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ザーリッシュが嘘を言っているとは思えないが、しかしサーシャの言い分も聞いてみたかった。
「おい、サーシャ! お前は人間を……食うのか!?」
「馬鹿言わないで! 今の魔国ステリオンでは、ニンゲンにも魔族と同等の権利が与えられているわ! 殺すことも犯罪なのに、食べるなんて有り得ないッ!」
サーシャの声が凛として響く。こっちも、嘘を言っているようには聞こえない。
「よく言う――肉食系の獣人や吸血鬼といった種は、一体何を喰らって生きているんだ?」
「肉食の獣人は、それこそ牛や豚といった家畜よ! 人豚や牛頭人は、そりゃいい顔をしないけれど……。
吸血鬼に至っては、ニンゲン特区で製造された血液パックを飲んでいるわ! これが一つの産業になって、ニンゲン達の経済を助ける結果にもなっているものッ!」
「そんな話、信じられるかッ!」
「信じないのはアンタの自由だけどね、こっちは先の大戦以来、随分と変わったんだからッ!」
「それは、俺達ニンゲンの工業力を恐れたからだろう? 今までのように魔力でゴリ押しじゃ戦争に勝てなくなったから、力を蓄える為にニンゲンの知恵を取り込もうとしているんじゃねぇのかよ?」
「それは必要なことだわ。今回だってアンタ達が一方的に休戦協定を破り、このスクアードを蹂躙したのは、自分達の力に奢ったからでしょうッ! わたし達との約束なんて、毛ほどの価値も無いと思ってッ!」
「一方的じゃねぇ! 協定で締結された国境のラインを、そっちの兵士が超えてきやがったからだ。いうなればこれは、制裁だろうがッ!」
「アンタの言う制裁は、スクアードに暮らす市民達を、その自慢の武器で吹き飛ばすことなのッ!?」
「事前に通告をしたはずだ。降伏しろ――と。降伏しねぇテメェには、丁度いい見せしめだと思ったんだがな」
「何が見せしめよッ! アンタのやったことは、ただの虐殺じゃないッ!」
「……それがどうした? 魔族に容赦するほど、お人良しじゃあねぇだけだ」
ザーリッシュの声には、底冷えのするような凄みがあった。揺るぎない信念とでも言えばいいのだろうか――あるいは怨念のようなものが彼の中で渦巻き、噴出しているかのようだ。こいつの中にはきっと、魔族に対する激しい憎悪が宿っているのだろう。
「ふざけるんじゃないわよッ! 国同士の信義を破り、無辜の民を虐殺して何が勇者ッ! アンタなんか、文明の利器に奢り自らの力を過信した男の成れの果てよッ!」
ここで一旦言葉を切り、サーシャが俺を指差した。
「分かったでしょ、暗黒騎士――わたしが、このクズに投降するなんて有り得ないわッ! さあ、改めて命令よ! 我が敵を滅せッ!」
「ま、待て、サーシャ! そうやって突っぱねたから、攻め込まれたってことだろ? まだこれ、話し合いの余地が――」
「無いな、暗黒騎士。降伏勧告を飲まねぇ以上、手を差し伸べる義理も無ぇ。テメェもサーシャ=メロウに従うなら、ここで殺すぞッ!」
ザーリッシュが再び大剣を構え、俺とサーシャを交互に睨んでいる。
「暗黒騎士、何をしているのッ! これ以上わたしの命令を無視するなら、誓約の力を行使するわよッ!」
――ちくしょう。サーシャの方もブチギレて、また「デストロイ」「デストロイ」と喚き始めた。
「ニナッ! 暗黒騎士の契約を解いてやれッ! 誓約の力を行使されちまっちゃ、どうにもならねぇからなッ!」
「はぁ~い、今行きますぅ! 待ってて、ねぇ~」
ザーリッシュの呼びかけに応じて、神官服の少女がトテテと走ってくる。頭の右側で纏めた茶色の髪が、フワフワと揺れていた。
「さて……」
ザーリッシュは俺を目の端で捉えつつ、再びサーシャへ向き直った。突進しようという構えだ。
ダンッという鋭い踏み込みと共に、勇者が駆け出した。
だが、ヤツがサーシャの下へ届くことは無い。なぜなら俺がその足を、鉄パイプで思い切りぶん殴ったからである。
「ぐっ……! テメェッ!」
ゴィィィンと鈍い音が鳴り響き、ザーリッシュが片膝を付く。憎らし気な目で俺を睨み、頭を振っていた。
「ひゃん! ザーリッシュさぁん!」
間延びした声を出し、神官服の少女が左手を口元へ当てている。彼女は慌てて、しゃがみ込むザーリッシュの脛に手を添えていた。「腫れてます、腫れてますぅ~! 勇者に怪我をさせるなんて、凄いですねぇ~~!」
「いいから治療してくれ、ニナ」
「はいですぅ~!」
神官の少女に手を添えられたザーリッシュの脛が、ぼんやりと青白い光に包まれた。
「ザーリッシュ、その子は残念ながら四天王の従属者! もはや説得は無駄よ! ニナ、契約の解除は諦めなさい! せめて苦しませず、私が殺してあげましょう!」
ハスキーな女性の声と共に、ビュン――と大気を切り裂き、一本の矢が俺の眉間を狙って飛来した。放たれた矢と声の主は、金髪の綺麗なエルフさんだ。
彼女は若草色の絹服の上に、革の鎧を身に着けている。弓は白を基調として金の装飾が施された、見事な逸品を持ってた。
エルフたぁん――と、いつもの俺なら歓び勇んで彼女の元へ駆け寄っただろう。だが、今は出来ない。だって、眉間に矢が迫っているのだから。
「あ、危ねぇッ!」
飛び退って矢を躱すと、今度はガトリンングガンを射っていた男が両手で斧を振りかぶり、こちらに迫っていた。レスタトと言う名の重戦士だ。
「そういうこった、ザーリッシュ! いつも通り、ここは皆殺ししかねぇよッ! ニンゲンだって魔族と接する奴は異端だと――神もそう仰せになるだろうぜッ!」
交渉が決裂してザーリッシュを攻撃したせいで、一気に攻め込まれた。しかし敵の目を引き付けようと考えていた作戦は、一先ずの成功だ。
「サーシャ! 今だッ!」
「今って何よ!?」
「逃げろッ!」
「嫌よッ!」
「チャンスだろッ!」
「そうね! さあ、暗黒騎士! そのまま殲滅なさいッ!」
「違ッ!?」
まったく会話が噛み合わない……。
腕組みをしてこちらを見据える銀髪の暴君は、なぜか勝ち誇った笑みさえ浮かべているのだった。