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 黒魔術を使ってみろと暗黒剣に言われ、ハッとした。確かにビショップの記憶を得た事で、今の俺には魔術の知識があったのだ。けれど知識を得ただけで魔術が使えるものかと、今は痛みに耐えつつ首を傾げている。


「待て待て、暗黒剣。俺は俺に魔力があるのかどうかも知らねぇよ。だからいくら知識があったって、魔術を使えるとは限らねぇ」


『ま、確かに暗黒騎士ダークナイトの魔力容量なんざ、タカが知れてるからよォ。キョウダイの魔力も大したこたァねぇだろうナ』


「なんだ、俺――魔力がちゃんとあるのか!? じゃ、じゃあ魔術、使えちゃうな……!」


『いや、キョウダイの魔力の有無なんざオレァ知らねぇ。でもなキョウダイ――ここでおめぇ、四天王のネエちゃんの従属者サーヴァントであることが生きてくんだよ。例えおめぇの魔力がゼロだったとしても、今この場にある限り、キョウダイは確実に魔術が使えるんだゼ』


「はッ、意味が分からねぇ――どういうことだ?」


『いいか、従属者サーヴァントが扱う魔力ってなぁ、側に居る時に限り召喚者エヴォーカーが全て供給することになってんのよ。まあよ――そんくらいの特典が無きゃあ、誰も従属者サーヴァントなんざ、ならねぇよなぁ。

 そんでもってキョウダイの召喚者エヴォーカーはステリオン随一の魔力持ち――だったら、魔術を使わねぇ手はねぇだろうがヨ』


「なるほどね……つまりサーシャの従属者サーヴァントである限り、あいつが俺の魔力タンクになってくれるってことか」


 暗黒剣の説明を聞き納得した俺は、急いでビショップの記憶を掘り起こしていく。可能なら今、この怪我を――せめて痛みを取り払う魔術があればありがたかった。


 実際、ビショップが習得している魔術は多岐にわたる。分類で言えば黒、白の両系統魔術に加えて古代精霊魔術にも精通していたから、回復魔術の類はすぐにも見つかった。

 しかしそれは残念ながら白魔術に分類されており、暗黒騎士ダークナイトの特性を持つ俺には使うことが出来ないらしい。まじ、痛みと悲しみで泣きそうだった。

 

「畜生……!」


 声にならない声を発し、自分の特性を呪う俺……。

 だが、そんなことをしている余裕など無かった。ルークが再び攻め掛かってきたからだ。


暗黒騎士ダークナイトってなぁよ、攻撃特化だから確か――防御は弱いんだったよなァ……!」


 流石に近接戦闘の名手だけはある、ルークは暗黒騎士の弱点を知っていたようだ。しかも俺の怪我が重い事を察知するや、執拗に脇腹を狙う攻撃を繰り返していた。

 それもマリーンよりトリッキーな動きで高く飛び、攻撃時には腕の長さが若干変わるという恐ろしさだ。

 いや――正確には腕の長さが変わっているのではなく、動きによって間合いを錯覚させているだけか……。


「クック……いつまで凌げるかなぁ……え? 当たれば死ぬぜェ? ワイルドによォ」


 巨体に似合わない三次元攻撃を繰り返しつつ、ルークがニヤついている。


 ただでさえ脇腹を庇いながら戦っているのに、人間ではありえない機動に対処するという行為は非常に苦しかった。一つでも防御方法を間違えて攻撃を喰らえば、俺は二度と立ち上がれなくなるだろう。

 しかもルークは攻撃は、一手ごと明らかに俺を追い詰めている。その戦い方はまるで、数十手先を読みながら戦う棋士のようであった。


 つまりルークは単なる脳筋戦士ではない。それどころかかなりの頭脳派で、だからこそ近接戦闘の名手と呼ばれるに至ったのだ。

 例えば今も脇腹を狙うフェイントを織り交ぜ、顔を狙った打撃が本命だった。俺の意識が脇腹だけに集中していないと見れば、次からはまた執拗に脇腹を攻め出すのだろう……。


 あるいはこの攻撃が既に、次への布石ということも考えられる。いや状況を考えれば、その可能性の方が高いだろう。

 とにかく、この男の攻撃は一つ一つに意味があるのだ。それを読み解いた上で戦わなければ、俺に勝ち目は無いのだった。


「くッ!」


 ルークの打撃をバックステップで躱すと、腹に激痛が走った。思わず身体がぐらりと揺れる。


「ふんッ! 拳打を避けることは、分かっていた――だから、これで終いだッ!」


 ルークの筋肉が、はち切れんばかりに盛り上がった。突進の為にヤツが右足で蹴った地面、その土が抉られ高く宙に舞う。


「ラァァァァァアアアアアアアアアアアアッ! 獅子王蹴砲撃ライオンシューティングッ!」


 打撃から逃れるために飛び退いた俺が、着地の衝撃に耐えられずに隙を作る。そこまで読んでいたからこそ、追撃を仕掛けたルークは勝利を確信しているのだ。

 しかも地面を蹴って迫るヤツの身体は、青白く発光している。明らかにこれが詰めの一手――必殺技に違いなかった。


「猫が――必殺技にクソダセェ名前なんか付けてんじゃねぇよ。そんなモンで、俺が倒せるかってんだ……」


 よろけながらも暗黒剣の切っ先をルークに向けて、睨みつける。


「悪足掻きかッ! 力の入ってねぇ剣なんぞ怖くもねぇ! そのまま蹴り砕いてやるッ!」


 ルークの勢いは止まらない――まるで巨大な砲弾のように、飛び蹴りが大気を引き裂き迫っていた。ヤツが通り過ぎた後は、風が逆巻き地面が抉れていく。


 あれを喰らえば、俺の身体は木っ端微塵に砕けるだろう。そう思わせるだけの破壊力を秘めた攻撃だ。けれど――俺があれに当たることはない。


 俺がバックステップでバランスを崩したことは、紛れも無い事実だった。

 けれど、そうなること(・・・・・・)は俺も計算に入れている。その上でヤツが必殺の攻撃をぶちかましてくることも――予想の範囲内だった。


 むしろ俺は、それをこそ望んでいたのだ。

 つまり読み合いなら、俺の勝ち。

 俺は剣先をルークに向けながら、ある魔術の呪文を詠唱した。


「この時を待ってたぜ、チクショウ――」


 この魔術を成功させる必要条件は敵が間近にいて、かつ回避行動をとらないこと。

 その為にはヤツがキャンセル不可能な大技を放ち、俺に迫ってくる必要があったのだ。

 

「きやがれ化け猫ッ! お仕置きの時間だぜッ!」

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