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「なあ……暗黒騎士ダークナイトってのは、殺した相手の過去が見えるのか?」

 

 バーの錆びた看板を目標に駆けながら、俺は暗黒剣に問いかけた。サーシャのことは心配だが、自分の能力についても気になったからだ。


『――キョウダイ、オメェってヤツァこんな時でも弁当だけは忘れねぇんダナ』


 暗黒剣は答えの代わりに呆れた声を出し、『はぁ』と、肺も無いくせに溜息を吐いている。

 とはいえ――コイツに呆れられるのも分からなくはない。何故なら俺は教会を飛び出しざま、あの時ウェイトレスに貰ったサンドイッチ入りの紙袋を左手で抱えたからだ。


 もちろん、目に飛び込んでこなければ忘れてそのまま駆け去っただろう。けれど見てしまった以上、食べ物を捨ておく事など俺には出来なかった。

 そもそもサーシャを助けることと仲直りは別問題。だから首尾よく彼女を救出したとして、俺はそのまま立ち去るつもりなのだ。


「当たり前だろ――仕事は得られなかったし、このメシが俺の最後の頼みの綱なんだから」


『メシなんざ、四天王のねぇちゃんを助けたら、たらふく食わして貰えばいいだろうがよ』


「馬鹿野郎、それじゃ食いもんが目当てで助けるみてぇじゃねぇか。って――お前、話を逸らすんじゃねぇ! 俺が聞きてぇのは暗黒騎士ダークナイトってのが、殺した相手の過去を見ちまうのかどうかってことなんだよ!」


『まあ、見ねぇって言ったら嘘になるな……でもその能力はオマケみてぇなもんだ、気にしねぇことを強く勧めるゼ』


「気にするなったって、お前……気になるだろうがよ」


『……それより体調はどうだァ?』


「あ? そりゃ、なんか身体が軽くなったっつうか……お前が力を寄越せっていうとさ、胸がこうチクッと痛むんだけど、それも治まっちまった……なんつーか……すげぇ調子いいぜ」


『オウ……そりゃめでてぇな』


「めでたい……、どういう事だよ?」


『これでキョウダイも、一人前の暗黒騎士ダークナイトになったってこった。闇の世界へようこそ……ケケッ』


「意味が分かんねぇ」

 

 いまいち釈然としない答えだったが、暗黒剣はそれきり黙り込んでしまった。それに、もう目的地が見えている。これ以上は無駄話をしている余裕も無かった。


 バーの看板が風で揺れ、ギイギイと音を立てている。その音をかき消すように、奥の路地から人の争う物音が聞こえていた。


 俺は状況を確認する為、壁に背を付けて奥を覗き込む。ここで下手に焦って失敗したら、元も子も無い。サーシャを助けられず、自分も死ぬようなことになったら最悪だ。そういう悪手を避ける為には、僅かでもいいから勝率を上げる為の方法を考えるべきだろう。

 幸い、サーシャの怒鳴り声が聞こえてきた。ならばまだ最悪の事態には至っていない――考えろ、俺。


 サーシャは二人の大男に左右の腕を掴まれ、獅子頭の男と対峙している。どうやら男たちはサーシャにエッチなことをしようとしている風だった。

 正直、けしからんと思う。だがしかし――あの高飛車女め、少しは痛い目に遭えばいい――という風にも思ってしまった。


 ブルブルブル――首を左右に振って、自分の浅ましい考えを慌てて否定する。


 敵の戦力は、サーシャの前に立つ獅子頭の巨漢が主力でありボスのようだ。奴がルークと呼ばれる元魔将に違いない。

 サーシャの腕を掴む男達は神々の黄昏(ラグナロック)の下級構成員――いわゆるチンピラだ。


 他にも十人前後のチンピラが周囲に配置されていて、状況をニヤニヤしながら見つめている。奴等は外部から無関係の者が入り込まないよう、同時にサーシャを逃がさないよう見張っているようだった。


『気を付けろや、キョウダイ。拳銃を持ってる奴が何人かいやがる』


「ああ、知ってる。ビショップの記憶にあったからな――でも……」


『でも、あんだよ?』


「拳銃の弾なんか、当たる気がしねぇ」


『ハッ、だろうよ。分かってんじゃねぇか、キョウダイ』


 多分だが――俺がここから飛び出せば、ものの数秒で状況を変えられるだろう。それが可能だと自覚してしまう程に、俺は自分の能力を確信しつつあった。これが暗黒騎士ダークナイトの力だとしたら、相当なものだ。


 しかし、だからと言って過信はしない。

 ルークの強さは未知数だ。奴がビショップやマリーンよりも強いのなら、今の俺でも必勝とは限らないだろう。場合によってはまた、暗黒剣の力を借りる可能性もあった。


 だが、それならサーシャを掴んでいる二人の男を斬り、彼女を抱えて距離を取る。その上でサーシャの転移魔術で逃げる方が、リスクも少ないか……。


「わ、わたしは四天王なのよ、こ、こんなことをして、ただで済むと思っているの?」


 サーシャの上ずった声が聞こえてきた……。


 彼女は今、本当の意味でピンチになりつつある。……服に手を掛けられ、ズボンも脱がされてしまった。しかも獅子頭の男が、股間の如意棒をそそり立たせている。

 あんなものをサーシャに突っ込ませてたまるか! そう思ったら、俺の如意棒もニョッキリと伸びだしてしまった……。


 ヤバイ! 助けに行かなきゃいけないのに! でも、このままでは助けに行きづらい!

 そのとき、手に持っていたサンドイッチの袋が目に入った。


「ああ、そうだ。これを被せれば、股間を隠せるぞ!」

 

 …………。

 …………。

 …………。

 …………。


 もしかしたら俺は、すごく馬鹿なのかも知れない。膨らんだ股間に紙袋を被せて、一体何がしたいというのだろうか。

 その情けない姿を見て、少し冷静になれた。それは同時に、股間の火山が沈静化したことも意味している。

 だが一方でサーシャは、パンツに手が掛けられそうになっていた。このままではまずい! 今度こそ本当に助けに行かねば!


 でも――あれだけ啖呵を切った手前、慌てて助けに行くのも気恥ずかしい。


 俺は急いで股間に被せていた袋を頭に被り、駆け出した。顔を隠せば正体がバレないと、何故か思ってしまったのだ。

 おっと――前が見えない。気合で目の部分に穴を空け、鼻の部分にも穴を空けた。


 パパパァァァン!


 ――暗黒騎士の能力を無駄遣いした感があるが、仕方があるまい!


 とにかくサーシャの腕を掴んでいる男を、まずは蹴散らそう。蝶のように舞い、蜂のように刺す――ていうか、斬るッ!


「ウギャアアアア!」


「グアアアアアアッ!」


 一人を背中から袈裟斬りに、もう一人は逆袈裟に斬り上げる。剣が漆黒の軌跡を描き、二人の男が血を噴き悲鳴を上げた。


「何だ、テメェは……?」


 獅子頭の男が、鋭い眼光で俺を睨んでいる。だが下半身は丸出しで、サーシャの両足を掴んでいた。

 その様を見た瞬間――俺の中で何かが弾け飛ぶ。

 ああ……腹が立つ、腹が立つ。人生でこれだけ腹が立ったのは久しぶり――いや、初めてかも知れねぇ。


「何だ、じゃねぇんだよ――てめぇ、獣クセェち〇こ丸出しで、吠えてんじゃねぇぞ猫がッ!」


 黒鉄の剣先を獅子頭の男に向けて、俺は言った。

 ここで挑発する意味は、全く無い。それどころか本来なら、サーシャを連れて逃げ、転移して貰えばいいのだ。理性では、それが正解だと分かっている。


 そもそも、この男は類稀な戦闘能力によって神々の黄昏(ラグナロック)のボスからも声が掛かっている程だ。君子危うきに近寄らず、と古い諺だって言っている……。

 ましてや今は袋を被った変態仮面状態だというのに……それでも俺はコイツをぶちのめそうと、心に決めてしまった。


「ガイ……何で紙袋を被ってるの?」


 でも――速攻でサーシャに正体がバレたので……。


「お、俺はガイじゃねぇ。と、通りすがりのダークマターだ――……」


 とりあえず、嘘を吐いた。でもダークマターって何だ……? 自分で言ってて、意味が分からねぇ。

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