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「居場所を教える前に、まず聞いとけ」そう前置きをして、ビショップは語り始めた。


「俺達の組織の名は神々の黄昏(ラグナロック)。サーシャ=メロウの襲撃は、ルークという男に任せている。ヤツは人獅子(ウェアライオン)の魔族でな、元は魔将だったという噂もある男だ。

 実際――ルークの強さは俺よりも遥かに上だし、ステリオンの組織を統括する幹部からも、自分の戦闘部隊に入れたいという打診が来ていやがる……兄ちゃんが行ったところで、助けられる保証なんかねぇぞ」


「だからって、見捨てる訳にはいかねぇよ!」


「……そうか」


 そうして聞いた話によれば俺とサーシャを分断して攻撃することは、おっさんの作戦計画だったという。その中で様々なパターンが考えられたが、どうあれ俺を教会へ連れ込むことが作戦の要だった。

 何しろサーシャが従属者サーヴァントを呼べなくする為には、俺を結界内へ閉じ込めるしかない。なのでおっさんの作戦は、計画通りに進んでいたということだ。


 その後サーシャ襲撃班は俺が教会に入ったことを確認し、彼女を襲う。そのポイントはサーシャの行動によって、いくつかの場所が設定されていた。

 今回のケースはパターンBとのことで、ビショップのおっさんが苦笑を浮かべている。


「パターンBって、何なんだ?」


「サーシャ=メロウが、姿を消した兄ちゃんを探しに来た場合……ってことだ。随分と仲睦まじいじゃねぇか」


「サーシャが、俺を探しに? なんで――……」


「さあな。でもよ、召喚師エヴォーカー従属者サーヴァントを探しに来るなんて、そうそうあるこっちゃねぇぜ」


「てことは……俺のせいで、あいつが危険な目に遭ってるってことじゃねぇか!」


「――兄ちゃんが気に病むようなことじゃねぇ。こんなもんはな、サーシャ=メロウの迂闊さが問題なんだ」


 それを言うなら、俺だって迂闊だ。サーシャは紛れもなく国家の要人な訳で、誰かに狙われる可能性なら常にあった。なのに俺はあいつの我が儘を責め立て、離れちまったんだ。

 俺のせいで、あいつが殺されようとしている。そう思うと、胸がチリチリと焼けるような気がした。


「……早く、サーシャの居場所を教えてくれ」


「ああ、そうだな。こうしている間にも、銀髪の元帥閣下が裸にひん剥かれているかも知れねぇもんな……」


「ひ、ひん剥かれるッ!?」


「あ~……ルークのヤツがな、何でもサーシャ=メロウの親父に個人的な恨みがあるらしくてよ、犯すだのなんだのって言ってたんだわ。最悪だろう。だから助けに行けなきゃ、兄ちゃんも俺みてぇになるんじゃねぇかと――……」


「な、なんでそれを早く言わねぇんだよッ!」


 ――地団太を踏む。キラキラとした銀髪、蒼く澄んだ瞳、桃色の唇に高く通った鼻筋など、そういったサーシャの姿が瞼の裏に浮かんだ。それが無残に踏みにじられることを想像したら、居ても立っても居られない。

 だというのに、ビショップのおっさんは焦ることもなく淡々と話している。


「で、サーシャ=メロウの居場所だがな……兄ちゃんも、ここに来る途中でバーを見ただろう?」


「ああ……錆びた看板を吊るしている、ボロい店だろ。そこにサーシャが居るんだな!?」


「そこじゃねぇ――その脇に、小さな路地があっただろう」


「あったような……無かったような……」


「あるんだ――サーシャ=メロウは今、そこで襲撃されている」


 ビショップはサーシャが居る場所を俺に告げると、静かに目を瞑った。外から子供たちが、ビショップを呼ぶ声がする。「神父さぁあああん! 遊ぼぉぉぉおお!」


「……おう、てめぇら! 今ちょっと大事な話をしてるからよォ! 後でなぁあああ!」


「ねぇーー! 夜ご飯はなにぃぃぃ!?」


「まだ決めてねぇよ!」


「ええええええ! 神父さんのハゲェェ!」


「お、俺はハゲてねぇぇぇえええ!」


 何事も無いかのように、外へ向かって返事をするビショップ。だが不本意の表情が、ありありと浮かんでいた。

 

「――ガキどもが帰って来ちまった。リューネのやつ、夜まで待てって言っといたのによォ……もう時間がねぇや、兄ちゃん、分かったんなら俺を――さっさと殺してくれや」


「おい、ビショップのおっさん。悪ぃが、あんたを殺すのは止めだ。俺は誰かの親の仇なんかなりたくねぇ……死にたきゃ自殺でもしてくれよ」


 そう言って踵を返そうとする俺を、暗黒剣の濁声が止めた。


『あー、キョウダイ。神々の黄昏(ラグナロック)って言やぁ、大陸中に拠点を構えた秘密結社だ。裏切者は許さねぇし、猟奇的な殺しの六割が奴等の仕業って言われているようなおっかねぇトコよ。しかも教会を隠れ蓑にしているからな、自殺はご法度ときたもんだ。

 ……だから今キョウダイが殺してやんなきゃ――コイツやガキどもはな、さぞや悲惨な目に遭うだろうぜ』


「マジかよ……」


『ああ、大マジよ。そんでもってコイツの首を刎ねんのは、キョウダイ――テメェの仕事だぜ。ビショップは、キョウダイに殺してくれ――って頼んでんだからナ』


「ああ……畜生、分かったよ……やりゃいいんだろ……」


『それにな……、殺しに慣れるにゃいい機会だ。他人に恨まれんのもナ』


「そんなもん、慣れたくねぇけど……」


 暫く前から、肉体の制御は俺に戻っている。

 それに……、暗黒剣の言わんとすることも理解できた。


 この戦いはサーシャを助けたいと、俺が望んだこと。戦闘の大半を暗黒剣に代行して貰ったが、決着だけでも俺の手で付けるべきだろう。


 けれど、剣を持つ手が震える。唇も喉もカラカラに乾き、唾も飲みこめない。俺は今、極度の緊張状態にあった。

 いくら相手は屍鬼グールだと言ったところで、人間と同じく言葉を喋る存在だ。これを殺すとなれば、相応の覚悟がいる。ゴキブリを殺すのとは訳が違うのだから……。


「約束は守って貰いてぇな――サーシャ=メロウの居場所は分かっただろ。早くやってくれ――兄ちゃんだって急いでるんだろうが」


 脂汗を額に張り付けている俺に、ビショップは苦笑を浮かべて言った。それから床で煙草の火を消し、首をペシペシと掌で叩く。ここを斬れ――ということだろう。


「ひ、人を殺すのは初めてだ。首を斬るのもッ! だ、だから、い、痛いかも知れねぇぞ……?」


「気にするこたぁねぇや、組織の拷問よりはマシだぜ。それにな、今までさんざん悪事を働いた。罪滅ぼしってわけじゃねぇが――まあ何度でも、斬れるまで斬りつけていいぜ……その程度の苦しみがなきゃあな……俺に踏まれて死んだマリーンも、納得しねぇだろうよ」


 座ったまま前屈みになり、ビショップが首を差し出した。


「何でマリーンを殺したんだ……?」


「温情だよ。あいつはもう――ニンゲンだった頃を忘れちまった。けっこう良い奴だったんだぜ」


「それだけ……なのか?」


「……さ、もういいだろ、早くれや。女を助けるのが間に合わなかったら、一生後悔するぜ……」


「――お、おう、分かった」


 ――俺は頷き覚悟を決めて、剣を振り上げる。

 漆黒の刃は風よりも速く走り、ビショップの首を胴体から斬り離した。


 ――ゴトリ。


 薄皮を残していたせいか、頭が音を立てて床に落ちる。……少しだけ暗黒剣が手助けをしてくれたような、そんな気がした。


「うっ……」


 斬り離された首を見ると、吐き気が込み上げてくる。自分のやったことで、一つの命を奪う。その重圧は、大きな手で胃袋を握り潰されるような感覚だった。


『吐くな――暗黒騎士ダークナイトなら、命を喰らえ』


 脳内に再び響く濁声は凛として、いつもとは違う迫力があった。


 ドサリと倒れたビショップの身体の下に、血溜まりが広がっていく。だがそれはすぐに灰へと変わり、サラサラと消えていった。


『来るぞ』


「……何がだよ」


『目を逸らすな――その男の全てを喰らえ』


 それからだ――俺の脳裏に様々な情景が浮かんで消えたのは……。

 それがビショップの記憶であると知るまでに、大した時間は掛からなかった。

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