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本日2話目です。


「俺は自分が吸血鬼ヴァンパイアなんて、言った覚えもねぇがな――兄ちゃん」


「でも血を飲んでるだろ? だったら吸血鬼ヴァンパイアじゃねぇか」


「兄ちゃんは知らねぇのか? 色んな種族の血を吸う魔族は吸血鬼ヴァンパイアだが、ニンゲンの血しか吸えねぇヤツは吸血鬼ヴァンパイアじゃあ無く、魔族ですらねぇってことをよ」


「じゃあ、何だってんだ?」


「それが屍鬼グールだ」


 ビショップが自嘲気味に、「ふん」と鼻を鳴らす。そして言葉を続けた。


「端的に言えば、俺達は死体扱いをされていて、吸血鬼ヴァンパイアは生きているってことだな」


「ふざけんなよ、だったら何で永遠の命なんて言った!? 俺ぁ死にたかねぇぞ!」


「世間一般の法的解釈ってやつだ。俺達は誰も、自分のことを死体だなんて思っちゃいねぇよ」


 ビショップが苦笑を浮かべ、手にしていた本を閉じる。マリーンの呻き声に交じって、パタンと分厚い紙が合わさる音がした。


「おい、ビショップ――血だ、血をくれぇ……俺ぁまだやれる……」


 マリーンがビショップの足に手を掛け、縋るような眼を向けている。だがビショップは冷然とそれを見下し、頭を左右に振っていた。


「マリーン、みっともねぇぞ。百年も生きて実力差も分からねぇなら、もうそろそろ死んどけ」


「な、何を……、ビショップ!?」


「弱者を養ってやる程、俺達は安泰じゃねぇんだ。あばよ――マリーン」


「お、おい、や、やめ――ぐぁッ!」


 ――バシャッ。


 ビショップがマリーンの頭部を踏み抜き、その頭蓋を割る。けれど骨の砕ける音はせず、ただ水風船が割れるような音が響き、辺りに飛び散ったのは赤黒い血だけだった。


「俺達に寿命はねぇが――首を斬るか、頭を潰せば死ぬ。せっかくだから教えてやるぜ」


 ビショップは自分の首を掌でペシペシと叩き、口の端を吊り上げて笑う。


「そんなこと、俺に教えていいのかよ」


「ああ、構わねぇさ。それでな――俺達のような屍鬼グールは死ぬと、灰になって消えるんだ」


 マリーンの身体と割れた頭部が、いつの間にかサラサラとした灰に変わっている。つい数舜前まではドロリとした血液に見えたものが、今では灰色のサラサラとした粉だった。

 

 ――って、呑気に話している場合じゃねぇ! 


「な、何でもいいけどよ、どかねぇならぶっ飛ばすぞ。そんでサーシャがいる場所を吐いて貰う」


「ぶっ飛ばす? 温いんじゃねぇのか、そいつは……俺をマリーンなんぞと一緒にするんじゃねぇぞ……」


 ビショップが再び本を開き、浪々とした声で一言。「飛べ(フライ)!」

 途端、中空へと舞い上がった無精髭の男は右手を翳し、「爆ぜろ(エクスプロージョン)ッ!」と叫ぶ。刹那、俺の目の前に光球が広がり、轟音と共に弾け飛んだ。


 ビショップの攻撃は唐突で、意表を衝くものだった。


 しかし俺は、これに対応する。腕を交差して咄嗟にしゃがみ前方へと転がった。爆発の衝撃を転がることで逃す、そんな受け身らしい。

 だが更に二度、三度と小さな爆発が俺を追う。その度に爆音を背にして転がり続け、何とかこれを凌いでいく。


 まだ俺の肉体は暗黒剣が支配している。だからこそ、この攻撃を躱せたのだろう。しかも身体の位置を出口に近づけることが出来たから、これで前後に動くことも可能になった。


 それにしても、ビショップの魔術は詠唱時間が圧倒的に短い。間髪入れず打ち出される攻撃は脅威だ。頬に冷たい汗が流れ、俺は奥歯を噛みしめて唸る。


「付け入る隙が無ねぇ。どうすんだよ、暗黒剣……」


 ――その時、ふと思い出した。

 サーシャは魔術の詠唱に関して、こんなことを言っていたはずだ。魔術を行使する呪文は、魔力の大きさに比例して短くなる、と。

 だとしたらビショップの魔力は、とんでもなく強大ってことになるんだろう。少なくとも、これだけ短い詠唱で魔術を使ってくるのだから、サーシャ以上の魔術師メイジなのかもしれない……。


『ご名答だ、キョウダイ。サーシャ=メロウが召喚師エヴォーカーだってことを差っ引いても、アイツの魔術は魔将クラスだろうヨ』


 俺の内心に、暗黒剣が回答を示す。その声にはいつものトボけた調子が無く、むしろ焦燥感の滲んだものだった。


 それでも暗黒剣は俺の肉体を素早く動かし、ビショップを狙って猛然と攻撃を仕掛ける。

 俺は中空に浮かぶビショップへ向け、猛然と斬り上げた。漆黒の刃が同色の弧を描き、轟音と共に敵へと放たれる。

 さっきマリーンを攻撃したのと同じ技だ。烈風が凶刃となり、ビショップを襲う。

 

 だがビショップはまたも一言――「盾」と言って手を翳す。すると風の刃が霧散して、ヤツの身に着けた濃紺の長衣を、そよ風のように揺らすだけとなった。


 とはいえ、俺の攻撃もこれで終わりではない。先程と同じように、飛び上がって追撃を掛ける。


「ウォォォオオッ!」


 飛び上がり、暴風のような唸りを上げて暗黒剣を振るう。右から打ち下ろし、斬り上げ、胴を払い、喉を突き――。


 ビショップは見えない盾を駆使して、何とか俺の攻撃を防いでいるように見えた。

 このままなら押し切れる――俺がそう思った瞬間だ。ヤツは不敵な笑みを浮かべ、両手を大きく広げてみせた。


「血手展開――……!」


 いきなりビショップの背中や脇から、合計四本の腕が生えて――それらが暗黒剣の攻撃を弾き、あまつさえこちらに攻撃を仕掛けてきた。


 その腕はゴツゴツとしたワニの鱗を思わせる隆起があって、噴火したばかりのマグマのように赤黒い色をしている。そしてとても固く、攻防一体の武器になっていた。


 こちらが高速で何度となく刃を撃ち込んでも、新たに生えた四本の腕がビショップの肉体を完璧に防御する。しかもこの腕は、暗黒剣でさえ傷一つ付かないのだ。


「長く屍鬼グールをやっていると、こんなことも出来るようになる。いよいよニンゲンじゃねぇよな……」


 攻撃を終えて着地した俺を見下ろし、ビショップがポリポリと頭を掻いている。口調が余りにも自嘲的だったから、俺は思わず聞いてしまった。


「おっさん――あんた、そもそも屍鬼グールなんかに、なりたくなかったんじゃねぇか?」


「そんなこたぁねぇ――なりたかったさ、目的があったからな」


「目的?」


「――ああ、大した目的じゃない。妹をな、凌辱して捨てたニンゲンの貴族に復讐したかっただけだ。よくある話だが――ニンゲンのままじゃ、復讐にも限界があった」


「それで……屍鬼グールになったのかよ」


「――ああ、そうだ。以来百五十年――来る日も来る日も血を啜る毎日だ」


 おっさんは苦笑を浮かべていた。


「で、今のおっさんは――後悔の真っ最中かよ? それでそんな顔してりゃ、世話ねぇぜ」


「まさかな。目的を達成したんだ、後悔なんざねぇ。ヤロウの領地を壊滅させて、妹の墓も作った。満足の上に、つり銭がくるぜ」


「だったら、墓守でもして大人しくしていりゃあ良いじゃねぇかよ」


「しているだろうがよ。墓はほれ、ここ――ララオーバだからな」


 ビショップも床に降りた。そして無造作に俺の方へと足を進め、手を翳して再び呪文の詠唱を開始している。


「それで、教会を作ったのか?」


「ああ。さて――話は終わりだ……」


 ビショップの掌に、怪しい輝きが灯る。それは指の隙間から溢れ、蛇のようにのたくっていた。

 

『キョウダイ――悪ぃがもう少し力を貰っていいか。流石にアイツは、このままじゃあヤバい』


 焦りを含んだ暗黒剣の声に、俺は小さく頷いた。俺だって状況は理解出来ている。このまま殺されるよりは、肉体的に負担があったとしても勝つ方が絶対にマシだ。


「悪ィが、そろそろ本気を出すぜ。兄ちゃんも、死にたくねェなら本気でやれや――……」


 ビショップの白目が無くなり、真っ黒に変わる。その内側で深紅の瞳がチリチリと怪しく煌めき、凄まじい威圧感を放っていた。

 けれど、その時だ。どういう訳か俺には、今のビショップが泣いている少年のように見えて――……。


『行くぜ、キョウダイ』


 だが、暗黒剣は俺の妙な感傷を許さない。

 いつもの嗄れた声が脳内に響き、ドクンと心臓が大きく跳ねる。同時に激痛が全身を駆け巡り、より大きな漆黒のオーラが俺から立ち上るのだった。

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