7
本日2話目です。
「俺は自分が吸血鬼なんて、言った覚えもねぇがな――兄ちゃん」
「でも血を飲んでるだろ? だったら吸血鬼じゃねぇか」
「兄ちゃんは知らねぇのか? 色んな種族の血を吸う魔族は吸血鬼だが、ニンゲンの血しか吸えねぇヤツは吸血鬼じゃあ無く、魔族ですらねぇってことをよ」
「じゃあ、何だってんだ?」
「それが屍鬼だ」
ビショップが自嘲気味に、「ふん」と鼻を鳴らす。そして言葉を続けた。
「端的に言えば、俺達は死体扱いをされていて、吸血鬼は生きているってことだな」
「ふざけんなよ、だったら何で永遠の命なんて言った!? 俺ぁ死にたかねぇぞ!」
「世間一般の法的解釈ってやつだ。俺達は誰も、自分のことを死体だなんて思っちゃいねぇよ」
ビショップが苦笑を浮かべ、手にしていた本を閉じる。マリーンの呻き声に交じって、パタンと分厚い紙が合わさる音がした。
「おい、ビショップ――血だ、血をくれぇ……俺ぁまだやれる……」
マリーンがビショップの足に手を掛け、縋るような眼を向けている。だがビショップは冷然とそれを見下し、頭を左右に振っていた。
「マリーン、みっともねぇぞ。百年も生きて実力差も分からねぇなら、もうそろそろ死んどけ」
「な、何を……、ビショップ!?」
「弱者を養ってやる程、俺達は安泰じゃねぇんだ。あばよ――マリーン」
「お、おい、や、やめ――ぐぁッ!」
――バシャッ。
ビショップがマリーンの頭部を踏み抜き、その頭蓋を割る。けれど骨の砕ける音はせず、ただ水風船が割れるような音が響き、辺りに飛び散ったのは赤黒い血だけだった。
「俺達に寿命はねぇが――首を斬るか、頭を潰せば死ぬ。せっかくだから教えてやるぜ」
ビショップは自分の首を掌でペシペシと叩き、口の端を吊り上げて笑う。
「そんなこと、俺に教えていいのかよ」
「ああ、構わねぇさ。それでな――俺達のような屍鬼は死ぬと、灰になって消えるんだ」
マリーンの身体と割れた頭部が、いつの間にかサラサラとした灰に変わっている。つい数舜前まではドロリとした血液に見えたものが、今では灰色のサラサラとした粉だった。
――って、呑気に話している場合じゃねぇ!
「な、何でもいいけどよ、どかねぇならぶっ飛ばすぞ。そんでサーシャがいる場所を吐いて貰う」
「ぶっ飛ばす? 温いんじゃねぇのか、そいつは……俺をマリーンなんぞと一緒にするんじゃねぇぞ……」
ビショップが再び本を開き、浪々とした声で一言。「飛べ!」
途端、中空へと舞い上がった無精髭の男は右手を翳し、「爆ぜろッ!」と叫ぶ。刹那、俺の目の前に光球が広がり、轟音と共に弾け飛んだ。
ビショップの攻撃は唐突で、意表を衝くものだった。
しかし俺は、これに対応する。腕を交差して咄嗟にしゃがみ前方へと転がった。爆発の衝撃を転がることで逃す、そんな受け身らしい。
だが更に二度、三度と小さな爆発が俺を追う。その度に爆音を背にして転がり続け、何とかこれを凌いでいく。
まだ俺の肉体は暗黒剣が支配している。だからこそ、この攻撃を躱せたのだろう。しかも身体の位置を出口に近づけることが出来たから、これで前後に動くことも可能になった。
それにしても、ビショップの魔術は詠唱時間が圧倒的に短い。間髪入れず打ち出される攻撃は脅威だ。頬に冷たい汗が流れ、俺は奥歯を噛みしめて唸る。
「付け入る隙が無ねぇ。どうすんだよ、暗黒剣……」
――その時、ふと思い出した。
サーシャは魔術の詠唱に関して、こんなことを言っていたはずだ。魔術を行使する呪文は、魔力の大きさに比例して短くなる、と。
だとしたらビショップの魔力は、とんでもなく強大ってことになるんだろう。少なくとも、これだけ短い詠唱で魔術を使ってくるのだから、サーシャ以上の魔術師なのかもしれない……。
『ご名答だ、キョウダイ。サーシャ=メロウが召喚師だってことを差っ引いても、アイツの魔術は魔将クラスだろうヨ』
俺の内心に、暗黒剣が回答を示す。その声にはいつものトボけた調子が無く、むしろ焦燥感の滲んだものだった。
それでも暗黒剣は俺の肉体を素早く動かし、ビショップを狙って猛然と攻撃を仕掛ける。
俺は中空に浮かぶビショップへ向け、猛然と斬り上げた。漆黒の刃が同色の弧を描き、轟音と共に敵へと放たれる。
さっきマリーンを攻撃したのと同じ技だ。烈風が凶刃となり、ビショップを襲う。
だがビショップはまたも一言――「盾」と言って手を翳す。すると風の刃が霧散して、ヤツの身に着けた濃紺の長衣を、そよ風のように揺らすだけとなった。
とはいえ、俺の攻撃もこれで終わりではない。先程と同じように、飛び上がって追撃を掛ける。
「ウォォォオオッ!」
飛び上がり、暴風のような唸りを上げて暗黒剣を振るう。右から打ち下ろし、斬り上げ、胴を払い、喉を突き――。
ビショップは見えない盾を駆使して、何とか俺の攻撃を防いでいるように見えた。
このままなら押し切れる――俺がそう思った瞬間だ。ヤツは不敵な笑みを浮かべ、両手を大きく広げてみせた。
「血手展開――……!」
いきなりビショップの背中や脇から、合計四本の腕が生えて――それらが暗黒剣の攻撃を弾き、あまつさえこちらに攻撃を仕掛けてきた。
その腕はゴツゴツとしたワニの鱗を思わせる隆起があって、噴火したばかりのマグマのように赤黒い色をしている。そしてとても固く、攻防一体の武器になっていた。
こちらが高速で何度となく刃を撃ち込んでも、新たに生えた四本の腕がビショップの肉体を完璧に防御する。しかもこの腕は、暗黒剣でさえ傷一つ付かないのだ。
「長く屍鬼をやっていると、こんなことも出来るようになる。いよいよニンゲンじゃねぇよな……」
攻撃を終えて着地した俺を見下ろし、ビショップがポリポリと頭を掻いている。口調が余りにも自嘲的だったから、俺は思わず聞いてしまった。
「おっさん――あんた、そもそも屍鬼なんかに、なりたくなかったんじゃねぇか?」
「そんなこたぁねぇ――なりたかったさ、目的があったからな」
「目的?」
「――ああ、大した目的じゃない。妹をな、凌辱して捨てたニンゲンの貴族に復讐したかっただけだ。よくある話だが――ニンゲンのままじゃ、復讐にも限界があった」
「それで……屍鬼になったのかよ」
「――ああ、そうだ。以来百五十年――来る日も来る日も血を啜る毎日だ」
おっさんは苦笑を浮かべていた。
「で、今のおっさんは――後悔の真っ最中かよ? それでそんな顔してりゃ、世話ねぇぜ」
「まさかな。目的を達成したんだ、後悔なんざねぇ。ヤロウの領地を壊滅させて、妹の墓も作った。満足の上に、つり銭がくるぜ」
「だったら、墓守でもして大人しくしていりゃあ良いじゃねぇかよ」
「しているだろうがよ。墓はほれ、ここ――ララオーバだからな」
ビショップも床に降りた。そして無造作に俺の方へと足を進め、手を翳して再び呪文の詠唱を開始している。
「それで、教会を作ったのか?」
「ああ。さて――話は終わりだ……」
ビショップの掌に、怪しい輝きが灯る。それは指の隙間から溢れ、蛇のようにのたくっていた。
『キョウダイ――悪ぃがもう少し力を貰っていいか。流石にアイツは、このままじゃあヤバい』
焦りを含んだ暗黒剣の声に、俺は小さく頷いた。俺だって状況は理解出来ている。このまま殺されるよりは、肉体的に負担があったとしても勝つ方が絶対にマシだ。
「悪ィが、そろそろ本気を出すぜ。兄ちゃんも、死にたくねェなら本気でやれや――……」
ビショップの白目が無くなり、真っ黒に変わる。その内側で深紅の瞳がチリチリと怪しく煌めき、凄まじい威圧感を放っていた。
けれど、その時だ。どういう訳か俺には、今のビショップが泣いている少年のように見えて――……。
『行くぜ、キョウダイ』
だが、暗黒剣は俺の妙な感傷を許さない。
いつもの嗄れた声が脳内に響き、ドクンと心臓が大きく跳ねる。同時に激痛が全身を駆け巡り、より大きな漆黒のオーラが俺から立ち上るのだった。
面白いと思ったら、感想、評価、ブクマなど、よろしくお願いします。




