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「はぁ……なんなの?」
余りにも我が儘なサーシャの言動に、開いた口が塞がらない。
「もう一度言うわよ! 我が敵を滅せッ!」
「それって、俺にあいつ等と戦えってこと? 無理だからッ!?」
サーシャが艶やかな銀髪を振り乱し、グイグイと迫ってきた。俺は両腕を突き出し、左右に振りながら後ずさりする。
「何言ってんのよッ! あんたは魔王軍の四天王である、このわたし――サーシャ=メロウが召喚した暗黒騎士なんだから、しっかり役に立ちなさいッ! ほら! そこに暗黒剣だってあるでしょ!」
「暗黒剣?」
サーシャの指差す方向を見ると、床にガランと転がる黒い鉄パイプが見えた。さっき降ってきたやつだろう……。
確かにこれは黒いが、だからといって暗黒剣を名乗るには些かというか、かなり違うと思う……。
「あの、刃が無いんですけど……」
「刃なんて飾りよ! 暗黒騎士の本領は、闇の力じゃないッ!」
「なんだよ、それ?」
「戦って敵を倒せば倒すほど強くなると言われているアレよッ! ほら! 我が敵を滅せッ!」
「いや、だから知らねぇし……」
「返事は了解だけでいいの! それ以外は求めてないわッ!」
「我が儘かよ……」
何なんだ、コイツは。
俺の夢の中に出てくる美少女なんだから、せめて理想の具現化であって欲しいのに……。
まあ、確かにサーシャの美しさは理想的だが、性格が余りにも酷かった。コレジャナイ感が半端ない。
何度も何度も「我が敵を滅せッ!」ばっかり連呼しやがって。しかも「闇の力」がどうのとか、わけが分からねぇ。
そりゃ俺は中二病だよ、自覚してるさ。だからって夢の中でまで、そのことを抉るように言ってこなくてもいいんじゃねぇかなぁ……こんちくしょう。
――流石にイラついてきたぞ。
俺だってそんなにヒマじゃ無いんだ。
なんと言っても俺は受験生――だから勉強しなきゃなんねぇ。
いくらラノベ展開が好きだからと言っても、こんな夢に付き合って現実を浪費する訳にはいかないのだ。
というわけで立ち上がるとサーシャの鼻先に指を突き付け、ガツンと言ってやった。
「サーシャ? 魔王軍? 悪いが、こんな夢の世界に付き合ってる暇はねぇ!」
「ゆ、夢って何言ってんのよ、アンタ……? どう考えても――……」
「――分かった、ここがお前にとっては現実だとして、その上で言おう。確かに俺は黒いジャージを着ているし、名前だって黒刀鎧だ。そりゃあ、暗黒っぽく見えるだろう。でもな、あくまでもそれだけだ。
俺は断じて暗黒騎士なんかじゃねぇ。完璧に、はっきりと、驚くべき、お前の勘違いだ――分かったな? じゃ、そういうわけで」
俺は肩を竦め、そのまま立ち去るムーブ。
まあここが俺の夢の中だとしたら、彼女だって別に死ぬわけじゃない……。
そう思い、踵を返したところで——パンッ。
いきなりホッペを叩かれて……。
「あれ、痛い。ナニコレユメジャナイ……?」
「あったり前でしょ、わたしはここにいて、この惨状は全て現実なのッ! だいたいアンタ、真っ黒い服着てるじゃない! 武器まで降ってきたしッ! それで暗黒騎士じゃ無いって、信じられるワケ無いでしょッ!」
「おぉん!? だから、こりゃジャージってモンなんですぅー! 部屋着ですー! 何度も言わせないで下さい〜〜! たまにコンビニくらいはコレで行ってますぅ〜〜!
あと、あれは鉄パイプ! なんであんなモノが降ってきたのか、俺だって知りません~~~ッ!」
などとやっていたら――。
「サーシャ=メロウ。やれやれだ……切り札が役に立たねぇってんなら仕方がねぇ、さっさと死ねッ!」
どう見ても勇者に見えない厳つい男、ザーリッシュが、“プシュー”と刃の根元から蒸気を出す剣を構え、こちらへと走り込んで来た。その威圧感たるや、凄まじいものがある。
「アンタね、いい加減現実を見て、早く戦いなさいよ! ボンヤリしてたら、アイツ等に殺されちゃうわよッ! わたしの部下達、全滅しちゃったんだから……!」
「そんなの知らねぇよ! なんで家でラーメン食ってただけなのに、いきなりこんな場所に呼ばれて、意味が分かんねぇし! だいたいお前の部下達が全滅したのは――……」
全滅したのは、お前が弱いからじゃねぇか――そう言おうとして、言葉に詰まった。サーシャの目から、涙が溢れそうになっていたからだ。
ここには彼女と同じ軍服を着た死体が沢山ある。文字通り全滅したというのなら、彼女は大切な人々を失った直後なのだろう。まだ戦っている最中だからと、悲しむことさえ我慢しているようだった。
「いきなり召喚しちゃったのは、謝るわよ! だけどわたしだって暗黒騎士を召喚するのなんか初めてだったし……でもっ――……だけどわたしの魔術障壁、アイツのスチームブレードには効かないんだもん……アンタが戦ってくれなかったら、これでもう……何もかも終わりなのよッ! だからお願い、わたしを助けてッ! 命令を聞いてよッ!」
サーシャの真剣な眼差しが、俺に突き刺さる。青い瞳から大粒の涙が溢れ、紅潮した頬を伝い床に零れていた。
「そんなこと、言われてもよ……」
「お願いよ……! わたしには、まだやらなきゃいけないことがあるの! 死ねない、死にたくないの! だからあいつ等をやっつけてッ! コクトー=ガイッ!」
銀髪の美少女が、恥も外聞も無く懇願している。
彼女は俺のジャージのギュッと掴み、下唇を噛みしめていた。身体が、小刻みに震えている。
『ドクン』
高鳴る心臓の鼓動が、俺に極限の選択を迫った。
死ぬかも知れないし、多分きっと勝てないだろう。
でも――戦おうと思った。
ここで彼女を見捨てたら、一生負け犬になるような気がしたから。
何より彼女のことを、守りたくなっちまったから。
「ええと――……了解」
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