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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
サーシャは街中へ戻ると、早速ガイを探し始めた。その方法は極めて簡単である。
彼女は街を歩く道すがら、魔王軍の軍服を着た者に出会うと必ず声を掛けた。声を掛けられた方は相手が四天王だと知るや直立不動の姿勢になって、彼女のよく分からない質問にテキパキと答えるのだ。
こうした事は彼女の肥大化した自尊心を大いに刺激したが、同時にガイの言葉が脳裏を過り、サーシャの口調から徐々に尊大さを奪っていった。
「ねえ、アンタたち。妙に伸び縮みする黒い服を着て、手に大きな剣を持った男の子を見なかったかしら? 身長はそうね――わたしより頭一つ分くらい大きいわ」
「――い、いいえ! 自分達は、そういった人物を見ておりません! 元帥閣下!」
「あらそう。じゃあいいわ——呼び止めて悪かったわね。ええと、名前は?」
「自分はバウアー伍長であります!」
「そう、バウアー伍長、ありがとう」
以前ならば格下の名前など気にも留めなかったサーシャが、わざわざ名を訪ねて礼を言う。「傲岸不遜な裏切者の七光り」「最弱の四天王」そう呼んで憚らない十二魔将などが見たら、これは卒倒しそうな光景だった。少なくとも今の彼女は決して、傲岸不遜では有り得ないのだから。
ましてや今のサーシャは会話をするという行為に対し、相手の時間を多少なりとも自分が奪っている――という意識が芽生えていた。そういったことから、ごく自然に感謝の言葉を口にすることが出来るのだ。
元来サーシャは同格やそれ以上の相手に対して、きちんとした気遣いが出来る。その対象が広がることによって、彼女の人格は大きく変わったように見えるのだった。
「いいえ、とんでもありませんッ!」
最初は怯えていた若い伍長も、今は目を輝かせてサーシャ=メロウを見つめている。
元帥という地位にある者に声を掛けられるなど、彼の立場では滅多にないこと。ましてや名を尋ねられ、礼を言われるなど彼にとっては初めての経験だ。若い伍長の胸は高鳴り、その心はあっさりと、サーシャに対する忠誠心じみたものを生み出すのだった。
(思っていたより優しくて、何より綺麗だ――俺、この方の為に戦いてぇ)
今回のことがきっかけで、のちにバウアー伍長はサーシャ=メロウの新たな軍団に志願する。
サーシャは敗戦により父親から受け継いだ全てを失ったけれど、そこで得たコクトー=ガイを通じて様々なことを学び、成長しているのだった。
こうして街ですれ違う下士官、兵達の好感度を闇雲に上昇させたサーシャ=メロウだったが、肝心要の情報は得られない。それでも時間はまだあるのだと自分に言い聞かせ、彼女はララオーバの中心街を右へ左へと徘徊するのだった。
「どこに行ったのよ、アイツ――」
――サーシャは、あれから一時間近くもガイを探し回っていた。とはいえ初夏の日差しはまだまだ高く、立ち込める熱気が銀髪の少女から徐々に体力を奪っている。
サーシャは、そんな陽光の届かぬ裏路地に目を止め「むう」と腕を組み一人考えた。日陰に入れば、少しは涼しいかもしれない。それに大通りは殆ど探したわけで、ガイがいるとすれば、この先――もう裏路地くらいしか無いのである。
事実それを裏付けるような証言を、サーシャは道行く男からついに得たのだった。その男は濃紺の神官服を着ており、手にアルコールらしき液体の入った瓶を持っている。
「ねえ、この辺りで真っ黒い服を着て、大きな剣を持った少年を見なかったかしら?」
「――ああ、それならしばらく前に見たな。教会の方に向かって行ったぜ。探しているなら行ってみなよ」
男は金髪で、歳の頃は三十前後だろうか。腰に曲刀を佩いていることから、ただの神官とは思えない。「お酒も持っているし、明らかに不良だ!」とサーシャは思った。
しかし、そういったことで差別などすれば、またガイに嫌われる。――そうも考えた彼女は「お礼よ」と言って百という数字の記載された紙幣を一枚懐から取り出し、男へ渡すことにした。
サーシャが男に渡したのは、ステリオン国で流通している百シャラ紙幣だ。
一シャラには、おおよそ百円程の価値がある。五十リングで一シャラとなり、大体タマゴ一つが十五リングというのがベルムントの相場だった。
「へっ……こいつはありがてぇ。だけどいいのかい、こんなに貰ってもよ」
「ええ、いいわ。こんなことで騙されたくもないし――だから、もしもわたしがガイに会えたら、もっと沢山のお礼をしてもいいわ」
「そうかい。じゃあ、もう少し情報を……その兄ちゃんは俺の上司と一緒にいたぜ。名前はまぁ、通称でビショップ――この辺りで孤児院をやってる変わりモンだ。
教会はホレ、そこにバーがあるだろ。その先の路地を曲がって、通りを二本抜けた先にあるぜ……で、礼の方は、どうすりゃ貰えるんだ?」
「その情報が本当に正しかったら……そうね、わたし、午後五時に出発するベルムント行きの汽車に乗るの。だから悪いけれど、時間までに特等席まで受け取りに来てくれるかしら? アンタが車掌に名を名乗れば、わたしの下へ連れてきて貰えるよう指示を出しておくから……そこで千シャラの小切手を切ってあげるわ。で、アンタの名前は?」
「俺はマリーン、情報に嘘は無いぜ。にしても、へぇ、この程度の情報に千シャラってのは――そいつぁ太っ腹だな。で、そんなに出すってこたぁ、その男は、あんたの恋人か何かかい?」
「ま、まままま、まさかッ! た、たたたた、ただの役立たずの従者で部下よッ! で、でも――いないと困から、ちょっと探しているだけだわ!」
「へぇ、そうかい。まあいいや――楽しみにしているぜ、サーシャ=メロウ様よォ」
マリーンの口元が歪み、鋭い牙が覗く。
サーシャは頬を膨らませながら顔を背けていた為、男の凄絶な笑みを見ることは無かった。
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