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「ダ、ダメよ! アンタは護衛なんだから、わたしの後ろで立っていなさ――」


 立ち去ろうとする俺の背に、狼狽えたようなサーシャの声がぶつかった。けれど俺は彼女が言い終わるより早く、言葉を被せて首を振る。


「嫌だね」


「でも、アンタはわたしの従属者サーヴァントで、魔王軍の軍曹なのよ!」


「さっきも言ったけど、軍曹なんて方便だろ。知らねぇよ――従属者サーヴァントはともかく、そっちを引き受けるなんて言った覚えはねぇ。じゃあな――」


 足を一歩前に出したところで、サーシャに手首を掴まれた。


「な、何でよ!? わたしのこと、助けてくれるんじゃないの? ふざけないでよ、こんなところでいなくなるなんて……!」


「あのさ……俺はお前の従属者サーヴァントなんだろ? 新たな契約もしたんだし。だから心配しなくてもさ、危なくなったら勝手に呼べばいいじゃねぇか……そん時は来るし、ちゃんと守ってやるよ。

 ――でもな、それ以外で束縛される筋合いなんてねぇんだし、どこに居ようが俺の自由だろ」


「で、でもアンタ、食事や住む場所は、ど、どどうするのよ……行く当てなんてないクセに……」


「ふぅん。そうやって、今度は他人の弱みに付け込んで支配しようってのか? ハッ、元帥様ってのは、随分とお偉いこった!」


「そ、そんなんじゃないわよ……キス……したじゃない。舌も入れたクセに……離れるなんて……ひ、酷いんじゃない?」


 思わず振り返る。俯いたサーシャの耳は真っ赤で、俺の手首を握る手が震えていた。意味が分からない。散々、変態だなんだと罵っておいて、コイツは俺と離れたくないのか――?

 いや、俺だって離れたくない。だけどこれ以上コイツと一緒に居たら、俺が欲望に負けるかも知れないし、逆にコイツの嫌な部分を見て、嫌いになっちまうかも知れないんだ。そうなったら、守るどころの話じゃねぇから。


 でも今のサーシャを見ていたら、その本質が悪徳貴族のそれと同じとは思えない。だったら考えられることは、一つしかなかった。


「……あのさ、お前今、自分が何をしたか分かってんの?」


「……なによ?」


「上手くいかない現状に腹を立てて、憂さ晴らしの八つ当たり」


「なんで、そんなこと思うのよ」


「だってそうだろ? 勇者に負けて逃げ出して、もしかしたら味方の裏切りかも知れないと思っても、証拠なんて一切見つからない。

 誰かに頭を下げて助けて貰わなきゃいけない状況だってのに、お前にゃそれが出来ねぇんだ。でも――そうしなきゃいけないってことは分かってんだろ。だから――……こうしてやり場の無い怒りが、簡単に他人へ向いちまうんだよ」


「そ、そんなんじゃ……」


「しかも、そのやり方が最低で――権力を笠に着て、どうでもいい理由をくっつけて、自分より弱い相手を虐げる。俺さ、そういうのが一番嫌いなわけ。

 四天王だから、元帥だから、公爵だから、何をやっても許される? ハッ――ふざけんなよ。外見がいくらすげぇ綺麗で可愛くても、そんなん中身はただのクソじゃねぇか」


「わ、わたし、か、可愛くて綺麗なんて――……」


「そこじゃねぇよ、話をちゃんと聞けッ! てめぇはただのクソだっつってんだ!」


「ク、クソって……な、何よ! ア、アンタにわたしの何が分かるってのよ!?」


「分からねぇよ! でもな、高貴なる者の責任ノブレス・オブリージュってのはお前が自分で言ってたことだろ? それが今の――これなのか!? そうだとしたら――失望したねッ!」


 言うだけ言って、サーシャの腕を振りほどく。いつの間にか個室の扉が開いていて、ウェイトレスの少女がこちらを覗いていた。

 

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよッ! 待って! 謝るからッ!」


「謝るんなら俺じゃねぇだろ! ウェイターさんだ! 少しでも反省する気があんなら、お前、大人しくここで飯を食えッ! 迷惑かけた分、しっかり味わってなッ!」


「ガイ――……本当に行っちゃうの!?」


「う、うるせぇ! その気になれば、お前、俺のことなんかいつでも呼べるだろッ!」


 そう言って、俺は早足で店を出た。と、同時に俺の腹もなる。ぐぅぅ……。

 やっぱり早まったかな。サーシャと別れたって行く当てなんかねぇし、何よりアイツ、謝ってたじゃねぇか。やっぱ可愛いよ、チクショウ。







「ちょっと!」


 店を出て暫く歩いたところで、慌てた声に呼び止められる。

 サーシャ? そう思って振り向くと、そこには紙袋を抱えたメイド風の女性が立っていた。さっき個室を覗いていた、ウェイトレスの少女だ。


「その――さっきはありがとうございます。ああ言って頂けなかったら、きっとジムは本当にクビになっていたと思います……」


「ジム?」


 問い返したところで、それがさっきのウェイターの名前だと思い至る。「ああ、そんなの……別にいいよ」


「それで私、あなたもお腹減ってるだろうなと思って、これを急いで詰めてきたんです。こんなもので、お礼になるのか分からないですけど」


 そう言って舌をペロッと出すメイド女子は、十分に可愛らしい容姿をしていた。

 彼女から紙袋を受け取って中身を確認すると、そこにはに肉と野菜を挟んだサンドイッチ、それからミルク一瓶が入っている。


「ああ、助かるよ、ありがとう」


 素直に御礼を言って、それを受け取る。これは貴重な食糧だった。

 紙袋を脇に抱え、少し離れたレストランをチラリと見る。サーシャが慌てて追ってこないかな――と僅かな期待を込めて。


「ところでさ、サーシャ……じゃなくてメロウ元帥は、どうしてるかな?」


「ジムに謝って、今は静かに料理をお待ちになっていますよ。四天王のサーシャ=メロウって、もっと怖い方だと思っていました。それが、あんな風に素直だなんて――驚きです」


「そっか……それなら良かった」

 

 サーシャはやはり、自分の怒りをウェイターにぶつけていただけだった。それを認めて謝罪したというのなら、やはり彼女の本質は嫌な権力者のそれとは違うのだろう。

 サーシャが今回のことを反省して成長するなら、きっと良い指導者になるはずだ。


 けれど――彼女が反省してくれたとして、その為に俺が失ったものは非常に大きい。何しろ衣食住――全ての保証を失ったのだから……。


 いや、まだワンチャン。

 目の前のメイド女子と新たな恋が始まり、彼女の家に居候をする――なんて可能性が。


「今回は、本当にありがとうございました! ジムと私、来月結婚するから……彼がクビになったらどうしようって、ハラハラしていたんです!」


 ――まあ、無かったよね。

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