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 キューリー=キュロプスに威勢よく啖呵を切ったサーシャだが、無一文の現状は如何ともし難く。応接室を出た後で、扉の外に控えていたヤツの副官を捕まえ金銭の要求をしていた。


「ねえ、アンタ――ベルムントへ行く汽車の切符の手配と、旅費を寄越しなさい」


 唖然とする俺をギロリと睨み、さも当然といった風に胸を張るサーシャ。やっていることは、もはやカツアゲであった。


 もしかしたらサーシャは、キュロプスに頭なんか下げたく無いと思い、けれど切符も金も欲しいから、こうして喚いてみせたのでは?

 そうした推察を伝えたところ、サーシャはムッツリと考え込んで、それから人の悪そうな笑みを浮かべ、こう言った。


「そういうことに、しておこうかしら」


 ……どうやら彼女は、特に何も考えていなかったようだ。

 




 金銭と汽車の切符、それから暗黒剣に合う鞘をキュロプス師団司令部で受け取り、外に出た時には正午を過ぎていた。

 太陽が中天に上ったことを告げる鐘がガラーン、ゴローンと鳴り響き、気温も朝に比べれば大分温かくなっている。


 ――ぐぅぅぅぅぅ。


 それと同時に、俺の腹時計も鳴った。


「腹、減ったな」


「そうね」


「汽車の出発は何時だ?」


「十七時」


「だったら、どこかで飯でも食って時間を潰さねぇか? いま駅に行っても、どうせ待つことになるんだろ?」


 俺としてはサーシャが汽車に乗るのを見届けて、彼女の下を立ち去るつもりだった。

 とはいえ、その場合は食事や寝床に困ることになる。なので、その前にせめて昼飯だけでも食べておきたかった。浅ましい考えである。


 サーシャは俺の提案に無言で頷き、通りに面した一軒のレストランに足を運んだ。白を基調とした建物で、赤や緑の旗が外に掛けられており、いかにも高級そうな店である。


 俺達がウェイターに案内された席は、中二階にある個室だった。白いクロスの掛けられたテーブルの上に、色鮮やかな花が飾られている。

 天井には一部に採光用の窓があり、降り注ぐ陽光が深緑色の絨毯を若草のように輝かせていた。


「おい、ここ、高いんじゃねぇのか。そんなに金、貰ったのかよ」


「高い? スクアード公爵デューク・オブ・スクアードサーシャ=メロウが足を運ぶ場所としては、これでも低級な部類だわ」


 ウェイターが引いた椅子に座り、サーシャがまたも小さな胸を反らしている。その同じウェイターが俺の方にやってきて、同様に椅子を引いてくれた。「ありがとうございます」と言って、俺も腰を下ろす。

 まさにその瞬間だ。サーシャの眉が吊り上がり、蒼い瞳が烈火のごとく怒りに染まったのは。


「――ガイ、アンタはわたしの護衛でしょう、何で座るの?」


 銀髪青目の元帥閣下が冷然とした声を発し、場の空気を凍らせた。ウェイターの怯えた目が、俺とサーシャの間を行き来している。


 俺は後頭部をポリポリと掻いて、小さく溜息を吐いた。今日は朝からサーシャの様子がおかしい。というか他人の前だからか、妙に居丈高に振る舞っているように見えた。

 自分の立場を示す為に虚勢を張っているのか、そうでなければ俺を他人の前で扱き下ろしたいのか……どっちにしても、気に入らねぇ。

 

「護衛だって飯を食うだろ。腹が減ってるのは、お前だけじゃねぇんだよ」


「食べるとしても、護衛対象と一緒に食べるなんてこと、あり得る?」


「は? 意味が分かんねぇよ。山ん中じゃ、さんざん一緒に食ってたじゃねぇか」


「いい――ガイ。さっきアンタは戦時特例法に則り、軍曹になったの。その軍曹が元帥と同じテーブルを囲むなんて、あり得ないでしょう」


「あんなのは方便だろうが」

 

「ア、アンタねッ! そういえば言葉遣いッ! 直せって言ったでしょッ!」


 サーシャがテーブルの上に載っていた銀製の食器を手で払い、ぶちまけた。それらが床にぶつかり、甲高い音を立てている。


「お、お前……物に当たるんじゃねぇよ……! しかもそう言えばって、忘れてるような事じゃねぇかッ!」


「物に当たるな? 忘れていた? あによ――アンタがわたしとの約束を守らないのがいけないんじゃないッ! だいたい――ウェイター! アンタ、わたしの軍服とコイツの服を見て、何も気付けなかったわけッ!? どうして同じテーブルに着くなんて考えるの!? 信じられないわッ!」


「も、申し訳ございません!」


 いきなり矛先を向けられたウェイターが、怯え切った目を白黒させている。それでも客商売だからか、平身低頭して謝罪の言葉を述べるしか彼には道が無かった。


「この店、貴族を相手にしているのでしょう? ハッ――それでこのミスは致命的だわ! アンタのやったことはね、主と使用人を同じ席に案内したってことなんだから! そんなことが許されると思っているの!?」


「こ、これは大変な失礼をいたしましたッ! すぐに別の席をご用意致しますので……!」


「もういい……責任者を呼んで……わたし、使えないヤツが大嫌いなのッ! アンタなんかクビよッ!」


「お、お待ちください……そればかりはッ! わ、私には力がなくて、炭坑や港で働くことも出来ません。ですから、この職を失ったら……ですからッ……!」


 ウェイターが涙目になり、震える声で両膝を床に着く。そのまま額を床に擦り付け、サーシャの足元に這いつくばっていた。


 正直、これはいただけない。客が自分の立場を笠に着て、弱い立場にある店員を虐める構図だ。

 確かにウェイターに促されて俺が席に着いたことは事実だが、しかし、これはあくまでも忖度出来なかっただけのこと。むしろ俺としては、大切に扱ってくれたので感謝したいくらいだ。

 仮にこれがミスだとしても、ウェイターが解雇されるほどの事じゃあ無い。しかもそれを、一客に過ぎないサーシャが決める権利なんか無いはずだ。

 ――だから俺は、カチンときた。


「おい、サーシャ、八つ当たりすんのは止めろよッ! 俺はともかく、自分より弱い立場の人間に当たり散らすなんて最低だぞッ! ましてそれで、他人の人生まで左右すんなッ!」


「なッ……八つ当たりですってッ!?」


 図星だったのか、サーシャの蒼い目がより一層吊り上がる。下唇を噛みしめ、悔しそうに両拳を握っていた。


「ウェイターさん、気にすんな。責任者なんか呼ぶ必要はねぇ。だいたいこれは俺達の問題で、あんたには関係ねぇ話だろ」


「あの……そう言っていただけると助かります……ですが、その……お席の方は、どうしましょうか?」


 跪いたままのウェイターが、睨み合う俺とサーシャを見上げていた。

 俺は溜息を一つ吐き――肩を竦めて言う。


「そうだな……騒いで悪かった。俺が出て行ってサーシャがここで飯を食えば、それで解決だろ」


 どうせ十七時になり、サーシャが汽車に乗ったらそれで彼女とは別れるつもりだったのだ。ここで立ち去るってのも、これはこれでキリが良い。

 それに何より、こんな事を言うサーシャには少し失望した。偉そうなことを言っていても、所詮は他人を虐げることに慣れきった貴族。それが彼女の本性だったのだろう。

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