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 ビショップには孤児たちを養う善良な神父としての顔と、真逆ともいえる冷酷非道な犯罪組織の幹部という顔もあった。

 彼が所属する犯罪組織の名は、神々の黄昏(ラグナロック)。構成員五万を誇る、世界最凶の秘密結社だ。


 ビショップは組織において現在、ララオーバを任されていた。しかも彼は古参であり、幹部ともなれば得られる利益も当然多い。つまりビショップは血に塗れた金で子供達を養い、育てているのであった。


 無論、このような背景に後ろめたさはある。だからビショップはこの数年、常に組織から抜けることを考えていた。


 ――さらに言えば、後ろめたさだけではない。


 例えば仕事に失敗した場合は組織の粛清があり、それが自分自身にだけ向くとは限らない。制裁の対象が家族に及んだ例など、神々の黄昏(ラグナロック)においては枚挙に暇がない程だ。

 あるいは自分の立場が官憲に露見した場合も、子供達の未来を奪う結果になるだろう。だからビショップは常に細心の注意を払い、己の内心を見透かされぬよう振る舞っているのだった。


 だが、一方でビショップには組織を抜けられない理由もある。

 何故なら神々の黄昏(ラグナロック)という巨大な組織の後ろ盾があればこそ、彼は神官という表の顔を維持できているのだから……。







「メッセンジャー――……ん、ルーク……テメェもか?」


 教会の扉を開けて第一声。ビショップは眉間に皺を寄せながら、二人の招かれざる客に目を向けた。

 

「おう、遅ぇじゃねぇか、ビショップ。また家族ごっこに興じていやがったな? クク! あんなニンゲンのガキども、さっさと食っちまえばいいのによッ! グワハハハッ!」


 扉の先では、獅子の頭をした大男が肩を揺すり笑っていた。この男は獣人で、動物の力とニンゲンの頭脳を併せ持っている。

 特に人獅子ウェアライオンと呼ばれる彼の種族は、獣人の中でも一、二を争うほど強力な種族なのであった。


「うるせぇ――俺ぁテメェと違って、生肉を食う趣味なんざねぇんだよ。この獣が」


「ああ、そうだったな。てめぇは所詮、血をちゅーちゅー吸うしか能のねぇ、蚊の様な野郎だったぜ。グワハハハハ!」


「黙れ。ここで、その話をするなと言ったよな? 俺ァな、モノ覚えの悪ィヤツが大嫌いなんだ。あんまりトボけたこと抜かしてっと……バラすぞ」


「何だと……テメェに俺がやれんのか、おぉ?」


「まぁまぁ、ビショップもルークも、落ち着いて下さい。あなた方が争う意味なんて、全くありませんよ」


 ビショップと同じく神官服を着た細身の男が、二人の間に割って入った。彼は組織の命令をビショップへ伝えにやって来た、メッセンジャーと呼ばれる男だ。人獅子ウェアライオンと比べれば、その身長は肩程までしか無い。


「そもそもだ、メッセンジャー。なんでお前がルークと一緒にいやがる」


「ルークとは、ここへ来る途中で会いまして……他意はありませんよ。それより、どうか早く私の話を聞いていただけませんか。ステリオンの本部より、指令がありますので……」


 彼はチラリと人獅子ウェアライオンを見て、それからビショップに会釈をした。


「――おう。お前が来るってこたぁ……そうだよな。ま、入れや」


 ビショップは二人を貴賓室へと通し、彼等に席を勧めて自らも座った。古ぼけた部屋だが、掃除の手は行き届いているようだ。

 三人は年代物の黒いテーブルを囲み、厳めしい顔を突き合わせている。


「失礼します……」


 被っていた帽子を膝の上に乗せ、メッセンジャーが席に着く。


「相変わらず、しみったれた場所だぜ、なぁ――ビショップ」


 暗緑色のソファーにどっかりと腰を下ろしたのは、獅子頭のルークだ。その言い草に、ビショップが腹を立てている。


「しみったれてると思うなら来るんじゃねぇよ、ルーク。今からでも構わねぇ、テメェはさっさと帰りやがれ」


「あ、いえ――ララオーバ=ビショップ。この仕事は急ぎですし少々厄介なので、この地における最高戦力、ララオーバ=ルークにも同席して頂いた方がいいでしょう……」


「だ、そうだぜ。ララオーバ=ビショップさんよ」


「チッ……どんな仕事だ、メッセンジャー……? せめて手短に頼むぜ」


「……まあ仕事自体は、いつも通りのコト――つまり殺しなのですが。対象ターゲットが少し厄介でしてね」


 ボソボソと喋るメッセンジャーの顔は青白く、およそ生気というものに欠けていた。それが彼に、悪魔めいた不気味さを与えている。


「――フン。聞こうじゃねぇか。対象ターゲットの名前をよ」


 一つ深呼吸をしてから、ビショップが問うた。

 

「サーシャ=メロウ……ステリオンにおける四天王の一人ですね。強力な暗黒騎士ダークナイトが一人、彼女には付いています。資料はこちらをご覧ください。何でも迅雷の勇者が放った必殺の攻撃を、二度も止めたとか……」


 皮のバインダーに入れられた書類を机の上に置き、メッセンジャーが付け加える。


「もちろん、そのような者を相手にする訳ですからね、この仕事に成功すれば褒賞が与えられます。ララオーバ=ビショップ。何か欲しいモノはありますか?」


「いや――そうだな。しいて言えば、足を洗いてぇ……と言ったらどうだ?」


「はは……それは無理でしょう。アナタが足を洗えるのは、死ぬときだけです。それもアナタには、難しいのでしょうが」


 薄笑みを浮かべ、メッセンジャーがビショップを見つめている。


「そうか、ま、そりゃそうだな」


「……ビショップには考えておいて頂くとして、ルークはステリオン=ラグナロックの戦闘部隊にお迎えしましょう。前々から本部の直属になりたいと、希望を出していらっしゃいましたよね?」


 細めたままの目をビショップからルークへ移すメッセンジャー。


「なんだそりゃ、対象ターゲットがサーシャ=メロウで、ヤツを殺せば俺の出世も約束されるってのか? オイオイ、コリャ、いい事ずくめじゃねぇか――グワハハハッ!」


 望外の褒美を提示されて喜色を浮かべた獅子頭の男を窘めるように、ララオーバ=ビショップが頭をガリガリと掻いて言う。


「おい、ルーク。テメェは馬かよ。鼻先にニンジンぶら下げられて、簡単に走り出すんじゃねぇや。この話はな、褒美うんぬん以前の問題なんだよ。

 よーく考えてみやがれ――俺達だけで魔国の四天王を潰せってのは、ちょっと荷が勝ち過ぎるだろうが。死ねって言われているようなモンじゃあねぇか、えぇ!?」


 ルークを睨み、その視線を切ってからメッセンジャーを睨み据える。それからビショップは、手の平で机をバンと叩いた。


「なあ、どうなんだ、メッセンジャー。褒美で俺達を動かそうとするからには、それだけの危険を本部だって認識してるんだろう? 俺達は捨て駒なのか? ――だとしたら、なんでだ?」


「……そんなことはありませんよ、ビショップ。本部は、あなたの頭脳とルーク、マリーンの戦闘力を合わせれば、十分に暗殺も可能と判断しています。

 本部が戦闘部隊を送らないことに関しては、単に金銭の折り合いが付かなかったからで……」


「だったら、断ればいいだけの話だったんじゃあねぇのか? それとも、金の折り合いが付かなかろうが、仕事を断れねぇ相手だったとでもいうのかよ……!」


 ギリッと、噛みしめたビショップの奥歯が鳴る。


「――おい、まあ良いじゃねぇか、コイツァ天の采配ってやつだ。サーシャ=メロウは四天王の中でも最弱。しかも、あの憎らしいジョージ=メロウの娘……――じっくりいたぶりヒィヒィ言わせてから、時間をかけてゆっくりと殺してやるぜ……! グワハハハハハ! 俺に全部任せておけよ、ビショップ! あのヒヨッコなら、俺達で勝てねぇ相手じゃあねぇんだからよッ!」


「ん……ジョージ=メロウの娘? 娘っておまえ――そんなん、まだ若いんじゃねぇのかよ? それなら確かに殺せるかも知れねぇが、一体幾つ何だよ、そいつは……?」


 獰猛な笑みを見せるルークに、額を押さえて頭を振るビショップ。


「年齢は資料に書いてありますね……十七歳――ですか」


「おい、おいおいおい! この俺に、十七のガキを殺せってのか!? しかもルーク、てめぇ、ヒィヒィ言わせるってなぁ何なんだ!? 殺しはな、仕事であって遊びじゃねぇんだぞ! おい、メッセンジャー! てめぇも何とか言ったらどうだ!?」


「――依頼があり、受ければ必ずやり遂げる、それが私たち神々の黄昏(ラグナロック)。殺しの依頼ならば、殺し方は問いませんよ――現場の判断にお任せしています。獲物をどうしようと、それはる者の自由でしょう」


「そうだぜ、ビショップ。ここでゴチャゴチャ言ってても始まらねぇ。だいたいテメェ……家族ごっこなんぞやってるから、腑抜けたことを言い出すんだよ。不死のビショップ様ともあろうお方が、どうなってんだ、えぇ!?」


「――あのなぁ……殺すにしても、無駄に苦しませる必要なんぞ、どこにある? 仕事なんだ、サクっと終わらせりゃあイイだろうが」


「うるせぇッ! とにかく俺がサーシャ=メロウを殺る、ヤツの親父にゃ煮え湯を飲まされてんだ、恨みがあんだよッ! 分かったらテメェは暗黒騎士ダークナイトをどうにかして、俺がサーシャをる段取りでも考えやがれッ! いいな、ビショップ!」


「チッ……まあ、どのみち組織の命令は断れねぇしな……。でもな、ルーク。この仕事が成功して、テメェが戦闘部隊に行くまでは、あくまでも俺の方が上だ。そのこたぁ、忘れんじゃねぇぞ!」


「ああ、分かってらぁ。でもな――強さだけなら俺の方が上なんだ、そこんとこも忘れんじゃねぇぞ。だからどのみち四天王をるのは、攻撃役アタッカーである俺の役目だろうが」


「チッ――まあいい。だったら俺ァ、暗黒騎士ダークナイトを抑えりゃいいんだな。コイツも相当やるようだが……ま、テメェの悪趣味に付き合うのも、これが最後。我慢して、勝てる作戦を考えてやらァ……」


 ――こうして、サーシャ=メロウ暗殺の実働部隊が動き出したのであった。

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