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だいたい2話分ですが、キリが良いので繋げました。


「のじょこうとしで、しゅびばしぇんでした……」


 目の前のサーシャ=メロウに、深々と土下座する。そんな俺の両頬は彼女に引っ叩かれて、ぷっくりと腫れあがっていた。


「ふぅん――コイツがそそのかしたって、アンタはそう言うけど……これ、ただの剣じゃない。ちっとも喋らないわ」

 

 サーシャは今、暗黒剣で焚火の中を掻き回している。この作業に深い意味は無く、ただ単に俺が「暗黒剣、実は喋るんです」と言った為だ。


『熱ちッ、熱ちちちちッ! キョウダイ! 身内を売るんじゃねぇよォ! オレァな、オメェ以外と話なんざ出来ねェのにッ!』


 俺の頭には、暗黒剣の悲痛な叫び声が響いていた。

 どうしてこうなったのかと言えば、答えは至極簡単である。





 暗黒剣と共に意気揚々とサーシャの裸を見に行ったら、落とし穴にはまり、爆発が起きた。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺も何を言っているのか分からない。ただとにかく、その時点で俺は大ダメージを負い、穴の中で気を失ったのだ。


「アンタ、こんなところで何をしているわけ?」


 水浴びを終えたサーシャが、穴の上から俺に声を掛けてきた。凛とした美しい声だ。これで意識を取り戻した俺は、ぶるぶると顔を左右に振って状況を確認した。

 痛む全身と、妙な格好で穴の中に居る俺。そして穴の外から、虫を見るような目で俺を見つめるサーシャの姿……。


「た、助けてくれ、サーシャ。よく分からねぇが、こんなところに落とし穴が……しかも爆発まで起きやがった!」


「ふぅん――まあそれ、わたしが仕掛けた罠なんだけど……」


「罠? あ、そうか――獣を捕まえる罠に嵌っちまったのか……俺」


「ううん、違うわ。それはね、乙女の水浴びを覗こうとする、不埒者に対する備えなの……分かる?」


「え!?」


「理解したようね。わたしがアンタに下した命令オーダーは、見張り。でもアンタのやったことは……覗き。最低ね。

 ……アンタの事、少しは評価していていたのに残念だわ」


 こうまで言われては、反論の余地など無い。俺は意を決して、暗黒剣を捧げることにした。


「す、すまない、サーシャ。でも違うんだ、聞いてくれ! 俺はさ、暗黒騎士ダークナイトだから……暗黒剣に操られちまうことがあるんだ。ほら、昼間だってやたら強かっただろ……あの現象がだな……今もまた、起きたってわけで……あの、その……」


「なに、その苦し紛れの言い訳」


「う、嘘じゃねぇよ」


「そ――じゃあ、その剣が喋ったなら、信じてあげるわ」


 ……という理由わけであった。






 翌早朝――昨日の一件により、サーシャの機嫌は氷点下を下回る程に最悪だ。


「おはよう」


 俺の挨拶にも一瞥をくれただけで、小屋の方へと向かって行く。朝のお通じか……、と思った瞬間、「アンタはさっさと木の実でも拾ってきなさい! 薪もねッ!」と言われてしまった。


 大人しく森の中を歩き、薪と食べられそうな木の実を探して時間を潰す。その間、幾度か焚火の側へ戻ったが、サーシャの姿は一度も見えなかった。


人兎ウェアラビットは隔離されただけで、特に被害は無さそうよ」


 夜、再び眠る時間になって、サーシャがボソリと言った。

 

「そうか、良かった」


 けれど俺の言葉に対し、サーシャは何も返してくれない。痺れを切らした俺は昨日の件について、もう一度謝った。


「なあ、サーシャ! 昨日の事は悪かったよ! もうしねぇから、何とか言ってくれよ!」


「もうしないって……例えば犯罪に手を染めない人は、その一生を通じてそうでしょうね。でも一度犯罪に手を染めた者は、何度でも繰り返すものよ」


「は、犯罪者だって、きちんと更生するヤツも多いんだからなッ!」


「あっそ。でもわたしは、一度の過ちも犯さない者の方が好きよ」


「そ、そうだよな……」


 所詮俺は、覗きをした人だ。もう、彼女に微笑んでもらえる日は来ないのかもしれない……。





 翌日は朝から雨が降っていた。

 どんよりとした鉛色の空から降る雨は、時間と共に強くなり。俺はサーシャの為に木の枝を切り、木々の間に屋根を作ってやった。少しでも許しを得ようと、必死なのだ。


「ありがとう。ゴミにしては、役にたったわよ」


「ゴミ……」


「そうよ。覗きをするヤツなんて、ゴミで充分だわ」


 ゴミと言われて、目の前が真っ暗になった。

 そうだ、確かに覗きをやるヤツなんてゴミに違いない。だから俺はゴミなんだ……。


「はい、俺はゴミでし。食料、採りに言ってくるでし」


「いいわ――昨日採った分で充分よ。明日の出発に備えて、アンタも体力を回復させておきなさい」


「はいでし」


 それからは、ずっと無言だ。しかし一度だけ目が合った時、サーシャは顔を赤くしながら、こう問いかけてきた。


「ね、ねぇ、アンタ、わたしの裸が見たかったの?」


「はいでし……」


「それって、どうして? その……わたしのこと、どう思ってるの?」


「女の裸を見るのは、男の夢でし」


 その後、サーシャは俺のことを蔑むような目で見続けていた。


「――でし、でし! って何なのよッ! ああもう、腹立つわねッ!」


 ぬかるんだ地面をサーシャが蹴り上げ、跳ね上がった泥が俺の顔に掛かる。一瞬だけ表情を引き攣らせ、俺の側へやってきた彼女だったが、ハンカチを放るとどこかへ行ってしまった。


 昼を過ぎたころ、サーシャが召喚呪文を唱え、俺を呼んだ。召喚の実験だったらしい。もちろん実験は成功して、俺はサーシャが待つ、浅く広い洞窟の中へと呼び出された。


「これなら、この世界に居る限りは離れた場所にいても大丈夫ね」


「……そっか」


「っと――雨が降り続くようなら、今夜はここで寝ましょう。魔力も大分回復したし、もう薪も集めなくていいわ」


「……もう役に立てることが無いってんなら、いいよ、俺は外で寝るから。俺みたいなヤツなんて、側に居て欲しく無いだろ……ハハ、ハハハハ……」


「アンタね……何いじけてんのよ」


「だって本当の事だろ……ハハ、ハハハ……俺、覗きをするようなゴミなんだぜ……」


「何よ、勝手にしなさいッ!」


「……うん」


 きっとサーシャは、早く俺から離れたいのだろう。だから召喚魔術のチェックをして、俺と離れていても必要があれば何時でも呼べることを確認したかったに違いない。


 所詮俺は彼女にとって道具にも等しい従属者サーヴァントだから、そんな扱いも当然か。

 けれど、俺だってサーシャの為に命を張ったんだ。それなのに一度の過ちで、こうまで邪険にしなくてもいいじゃないか……ちくしょう。


 結局この日、俺はサーシャのいる洞窟では眠らなかった。

 




 翌朝、鳥のさえずりで目覚める。湿った衣服は気持ち悪いが、見上げれば雲一つない青空が広がっていた。

 サーシャは早々に身支度を整えたらしく、すでに出発の準備を終えている。白い肌には張りと艶が完璧に戻り、疲労の色は皆無だった。


「よく眠れたみたいだな」


「ええ――アンタもいないし、雨にも濡れなかったからね」


「そりゃ良かったな」

 

「でもアンタは酷い顔よ。雨の中、こんな場所で眠るから……ララオーバへ転移する前に、ちょっと水でも浴びてきたら。その間に、服を乾かしておいてあげるから」


 腰に手を当てて俺を睨むサーシャの表情は、眉が吊り上がっている。だというの言動は親切そのもので、俺は首を傾げざるえなかった。


「お、おう。でも何で?」


「いいから行きなさい! 駆け足ッ! これから街へ行くんだから、少しは身綺麗にしなさいよねッ!」


「あ、そういうことか――……」


 俺は頷き、サーシャの言行不一致にも納得した。


 キラキラと光る湖に入り、顔や身体、手足を丁寧に擦る。ザブリと水の中に潜って、頭もガリガリと洗った。冷たい水が皮膚に与えた刺激のお陰で、次第に意識が明瞭になってくる。

 いくら木の葉の傘があるとはいえ、雨に濡れながら寝るなんて実に無謀なことをした。風邪をひかなかった自分に、感動すら覚えている。


 けれど、この苦行は自分に与えた罰だ。

 俺はサーシャの裸を覗こうとした。これを日本の犯罪に当てはめれば、痴漢なのである……。

 だというのに許してくれないサーシャに対し、俺は心のどこかで腹を立てていた。ああ、非常に情けない。


 青空を見上げ、切なくなる。やっぱり俺は、最低な行為をしたのだ。

 そりゃあ謝ったって、簡単に許して貰えることじゃないだろう。サーシャが俺と離れたがっているとして、それも仕方が無いことだ。


 水浴びを終えて、俺は自分が作ったトイレ小屋へと向かった。ララオーバへ行く前に、出すモノは出しておこうと思ったのだ。

 そしてララオーバに行ったら、適当なところでサーシャと別れよう。何かあっても、彼女は俺を呼べるんだ。呼ばれたら、その時は全力で助ければいい。

 そう決めてトイレ小屋の前に立った時――突然の飛び蹴りが、俺の背中にヒットした。


「てりゃあああああ!」


 危うくオシッコが飛び出るところだったじゃねぇか。そう思い振り向いたら、「ふーっ、ふーっ!」サーシャが鬼の形相で立っていた。


「い、いきなり何しやがるッ!? しかもお前、俺、裸だぞ!」


「せ、背中に猛毒の蛇がいたわッ! 危なかったわねッ! さ、服は乾いているから、まず、それを着なさいッ!」


「は? 蛇? どこにいんだよ、そんなもん!」


「ど、どこかに逃げたようね! でも、ここは危険だわ! と、とにかく、まずは服を着なさい。裸で用を足そうなんて信じられないわッ!」


「ふ、服はお前が持って行っちまったから、どこにあるかも分からねぇよッ! だいたい、トイレくらい裸で行ってもいいだろうがッ!」


「そんなの、ダメに決まってるでしょ! あそこはわたし専用なんだから! さあ、服はこっちよ、取りに来なさいッ!」


「ていうかお前、思いっきり俺の裸見やがって。ちょっとは顔を背けるとか、遠慮しやが――……れ?」


 その時、風が吹いた。ほんのりと香る何かの香り……。


「くんくん……」


「匂いを嗅ぐなぁぁあああああ!」


「お前……俺に水浴び行けって言ったの……その時間を稼ぐつもりで……」


「そ、想像するの禁止ッ! ア、アンタ、ただでさえ水浴びを覗こうとする変態なんだからッ! わ、わたしのトイレとかも――……んーーッ!」


 両手をバタバタと動かし、サーシャが耳まで顔を真っ赤にしている。涙を溜めた目も、赤くなっていた。

 そこで俺はふと思う。ああ、俺って確かに変態かも……と。

 だったら、変態として生きてやる。そうだ、サーシャ……お前の従属者サーヴァントは変態だッ!


「すーはーっ……」


「深呼吸するなぁああああああああ!」


 サーシャの蹴りが、今度は腹にめり込んだ。

 だというのに顔を真っ赤にした彼女が可愛くて愛しくて……、俺、本当にコイツのこと、好きになっちまったのかもしれねぇな。

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