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美少女と手足を絡ませ転がりながら、夢なら醒めるなと念じていた。あわよくばこのまま胸に手を当て、柔らかな肉の感触を味わいたい。
しかしその時。不埒な俺の耳を劈くような轟音が鳴り響き、目の前で火花が散った。
――――ババババババババ!
見たところこれは、銃撃だ。それも機関銃による掃射であった。なんて脈絡の無い夢だ! けしからんッ!
そんなことを考えていたら、今度は頭上から真っ黒な鉄パイプが降ってきた。ひび割れた大理石の床が派手な音を立てて、その鉄パイプを迎えている。ガランガランガランッ――――。
「ったく、何なんだよ……」
ガリガリと頭を掻いて、辺りを見回した。
散乱している調度品はどれも豪華だが、そんな物より遥かに目につくものがある。瓦礫となった彫像や、半ばから折れた円柱の下敷きになった死体だ。手足が千切れて内臓がはみ出ている。匂いも酷い。至る所に鮮血が飛び散り、赤い絵の具をぶちまけたようになっている。
「うっぷ……」
咄嗟に口元を押さえ、込み上げる胃液を飲み込んだ。夢の中でゲロを吐いたら、それはもう寝ゲロ。死んじゃうかもしれねぇからな……。
「ヒデェ状況だ……再現度高ぇし……」
「そう、酷い状況なの」
美少女はいつの間にか俺から身体を離し、立ち上がって再び杖を構えている。凛とした表情ときめ細やかな彼女の肌は、とても夢とは思えない仕上がりだった。
「暗黒騎士、戦況は極めて不利よ。アイツ等は勇者のパーティー。ここまで言えば、アンタを呼び出した理由くらい分かるわよね?」
美少女が、俺をちらりと見て言った。
やっぱり、ここは戦場らしい。陣営は銀髪美少女の勢力と機関銃を撃った男の勢力の二つで、美少女側が劣勢である……と。
少女の言葉を俺の理解力で補足するならば、自分の勢力が劣勢だから俺を呼び出した――ということになる。しかも彼女は俺を、暗黒騎士と勘違いしているようだ。
確かに真っ黒いジャージを着ているが、そんな理由で俺を暗黒騎士だと認識したなら彼女の目は節穴に違いない。どうかこのまま敗北して、安らかに眠ってほしい。
あと敵が勇者パーティーっていうのも、俺の常識から考えればちょっと変だ。
俺のイメージする勇者パーティーなら、金属鎧を装備した男がガトリングガンをぶっ放すなんて、あり得ない。剣と鎧とガトリングガン……語呂はまあまあだと思うけれど。
「グァアアアアア!」
変なことを考えていたら、断末魔の叫び声が上がった。同時に人間であったらしい肉体の首から、赤い噴水が大きく立ち上っている。巨大な剣を振るった大柄な戦士が、銀髪美少女と似た服を着た男の首を刎ね飛ばしたからだ……。
「エルリック!」
美少女が叫び、銀の手甲を嵌めた左手を伸ばす。だが、それは空しく宙に漂って力なく落ちた。
もう、美少女と同じ服装の者は誰も立っていない。正直言って、とてつもなく凄惨な光景だった。この有様を見ても俺が正常でいられる理由は、きっとこれが夢だと理解しているからだろう。
だが美少女の頬を伝う汗は、夢とは思えない緊迫感を俺に伝えてくる。
彼女の前にガトリングガンを構えた鎧の大男が迫り、低い声で言った。
「最後の味方も死んだな。観念しろサーシャ=メロウ。残りは貴様だけだ……」
「うるさいわね、重戦士レスタト=グイン! 巨人族の分際でニンゲン共の味方をしてッ! 生意気なのよッ!」
美少女が手にした杖で円を描く。すると金色の輪が広がり、辺りがキィィィンと冷えた気がした。
「フン――魔族に未来は無い……、これからはニンゲンの時代だッ!」
重戦士が腰に構えたガトリングガンを右から左へ流すように撃ち、「バババババババ!」と凄まじい音が響く。射線上には俺もいたが、何も出来ず頭を抱え蹲っていた……。
しばらくして射撃音が収まったあと、恐る恐る目を開いた。そこには不思議な光景が広がっている――俺は首を傾げざるを得なかった。
なんと全ての弾丸が、サーシャと呼ばれた銀髪美少女の翳す杖の先で止まっている。しかも次の瞬間、それらがパリンと音を立て、砕けて跡形も無く消えた。
「さあ今よ、暗黒騎士! 殲滅なさいッ!」
「はい? いやいやいや! そりゃ無理でしょ! 俺、暗黒騎士じゃないしッ!」
俺は身振り手振りを交え、慌てて拒否をする。たとえ夢だとしても、ガトリングガンに撃たれて身体を引き裂かれるのは絶対に嫌なのだった。
今日、もう1話投稿するつもりです!
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