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トイレ小屋作りの作業では、暗黒剣が大活躍をしてくれた。
何しろ柱にする為の木を伐り、枝葉を伐採し、トイレの穴さえも暗黒剣で掘ったのだ。
流石に暗黒剣の方は、目覚めるなり不平不満をぶちまけていたけれど……。
『おおい、キョウダイ~~オレァよォ~~、トイレ作りに使われたのは始めてだゼェ…………』
「あ、丁度いい。暗黒剣さ、また形状変えられない? 鉈とかスコップになってくれたら、スゲェ助かるんだけど」
『現状より小さくはなれねェよ……』
「そっか。じゃ、デカくてもいいからハンマーはどうだ」
『お、おう……それならまあ、いいぜ』
……コンッ、コンッ、コンッ、コンッ。
ハンマーになった暗黒剣を使い、杭を打ち込む要領で四隅に柱を打ち込んでいく。それから梁を作り壁を作り、何だかんだで三時間くらいは掛っただろうか。
俺が全ての作業を終えた頃にはサーシャも小ぶりの猪を狩り、解体して調理も完了したところであった。焼きあがった肉の香ばしい匂いが、俺の鼻孔を擽っている。
「やっと終わったようね」
ムスっとした顔が、焚火の炎に照らされ朱色に染まっていた。サーシャが大きな石の上に座り、こちらを見上げている。
なんて言い草だ――と思った。
これだけの短時間でトイレ小屋を作ったのに、労いの言葉すら無いなんて。もちろんサーシャだって狩りに解体、そして調理と大変だったことは分かる。けれど、それにしたって、もう少し言い方ってモンがあるだろう……。
俺は「はぁ」と聞こえない程度の溜息を吐き、サーシャの隣に腰を下ろした。
「結構大変な作業だったんだぜ。汗だってかいちまったし」
「こっちだって大変だったわよ。ニンゲン共に見つからないよう猪を探して、微弱な魔力で殺さなきゃいけないんだから」
「分かってるって、お疲れ。それよりさ、サーシャ。右手と左手に持ってる肉、どっちかが俺の分なんだろ? 早くくれよ」
眉間に皺を寄せ、サーシャが「ムム」と唸る。
「アンタね、さっきから聞いていれば、その口のきき方は何? それが主人に対する物言いなの!? こういう時は、下さい――でしょう!」
「何だよ、いきなり?」
むしろ俺がそれを言いてぇよ! と叫びたい。しかしサーシャは自らの主張を、捲くし立てるように話し始めた。
「あのね、狩りをしながら考えていたのよ! アンタのわたしに対する口調は、やっぱりありえない――って!」
「そんなこと……急に言われても、お前……」
「あのね、わたし達は決して対等ではないの。わたしが主人でアンタは従属者。この関係は絶対だってことを早く理解して貰わないと困るから、それで今、こうして教育することにしたのよ――分かる?」
「え、いや、でもな――……」
「でもな、じゃないわよ! アンタ、わたしに跪いて従属者になったでしょ! その時の気持ちを思い出しなさいッ!」
思い出しなさいと言われても、あの時は激しく隆起した活火山のごとき俺のおてぃんてぃんを隠す為、止む無く膝を付いたのだ。だからあの記憶を呼び起こせば、エッチな気分になってしまうだけである。
「――コホン。それはまあ、対価としてキスをした女性に対する礼儀という意味もあって、だな……その……」
「キ、キキキキ、キスのことはいいのッ! 重要なのはわたしが主人でアンタが従属者だってことなんだからッ! とにかく言葉遣いは改めなさい! 特に公の場では、絶対に丁寧な言葉を使うことッ!」
涙目になって俺をギロリ、ギロリと睨むサーシャ。キスしたことを思い出したのか、羞恥で顔が真っ赤に染まっている。
「なあ、サーシャ。俺が言葉遣いを改めなかったら……その場合はどうなるんだ?」
「このお肉が、両方ともわたしの胃袋に収まることになるわね」
何と卑怯な……、夕食が人質という訳だった。そうとなれば腹の減った俺に、反抗など出来ようはずもなく。なるべく丁寧な言葉を使うしかなかった。
「ヤ、了解、分かりました。ですから、その手に持った肉のどちらかを、卑しい私めに下さいませんか?」
「ん、アンタは肉が欲しいのね?」
「はい、そうでございます。何卒、何卒~~!」
「うん、そうね、それでいいのよ。じゃ、こっちの肉をあげるから、よく味わって食べなさい」
嘲弄するかのように口の端を吊り上げ、サーシャが笑う。流石は悪の四天王だ。
それから彼女はゆっくりと頷き、左手に持った肉を俺の目に前につき出した。
「へへー、ありがたく頂きますです、召喚師様」
「いいえ、違うわ。我が主と呼びなさい」
「はい、我が主」
「よし、食べていいわ。ただしそれ、明日の朝の分でもあるから、全部食べないようにね」
サーシャから肉を貰った俺は、そこで態度を翻す。
「――分かった」
「あ、アンタ……、その言葉遣い……図ったわねッ!」
「何とでも言え。食い物さえ貰えば、こっちのモンだからな」
「くッ……アンタが暗黒騎士だってこと、忘れていたわ」
サーシャの扱い方が少し分かった気のする、夕食の一時であった。
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