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「二、三日、ここで様子を見るわ」


 湖畔の岩に腰を下ろしながら、サーシャが言った。完全に魔力を回復させるには、そのくらいの時間が掛かるらしい。

 だが実際の所ここに彼女が留まる理由は、集落の人兎ウェアラビットが気になるからだろう。何か不測の事態が起これば、サーシャはきっと集落へ飛んでいくに違いなかった。

 もちろん俺も人兎ウェアラビットを見捨てたくはない、だから彼女の意見に異論など無かった。


 ただ、異論はなくとも問題がある。現代日本で生きてきた俺に、森でのサバイバルなど出来るわけが無いのだ。その点だけは、サーシャに確認しておきたかった。


「なあ、サーシャ。二、三日様子を見るのはいいけどよ、メシはどうするんだ?」


「当然、獲るのよ」


 だ、ろうな――とは思っていた。だけどこの場合、俺は殆ど役に立たない。狩りも採集も、ゲームでしか経験が無いのだ。


「大丈夫よ。この辺りは木の実も多いし、野生の動物も多く住んでいるわ。だから人兎ウェアラビットが集落を構えたのだし」


 岩から立ち上がって伸びをしながら、サーシャが言う。それから彼女は細長い杖を振り、小さな声で呪文を唱えた。


「ラ・ディ―ムス。光と闇の間に生まれし調和の神よ、我等が営みを隠し、もってここに封じたまえ」


 サーシャが振り上げた杖の先、その一点を中心に半球形の帳が下りる。当初、銀色の膜だったそれは、しかし一瞬だけキラリと輝いた後、闇の中へと溶けて消えた。


「……これは?」


「結界よ。この中に居る限り、誰の目にもわたし達は映らないし、物音を聞かれることもないわ。まあ――大司教クラスの神官が探知魔術サーチマジックを使って、調べない限りはね」


「すげぇな」


「まあね。だから火も使えるし、水はそこに湖があるでしょう。だから三日位なら、どうとでもなるのよ」

 

 彼女はフンスと鼻を鳴らし、新たな魔術を詠唱した。「炎よッ!」

 サーシャが向けた杖の先端から、赤々と燃え盛る炎が現れた。大きさは焚火程度だが、腰くらいの高さでフワフワと浮いている。


「おお……かなり明るくなったな」


「感心していないでアンタは、この火が消える前に薪を拾ってらっしゃい。それが済んだら食料の調達、そしてわたしがお花を摘むための場所を作るのッ! アンタのやることは盛沢山よッ!」


 パンッと手を打ち鳴らし、「さあ、ぐずぐずしないでッ!」とサーシャが声を張っている。


「実はな、その点について相談があるんだが……」


「何なの、ガイ! わたしは疲れているのよ! 今日は戦ったし歩いたし魔力だって殆ど残っていないの! だいたいアンタは従属者サーヴァントなんだから、主の為に働くのは当然でしょ!」


「だからな、サーシャ。俺……狩りとかやったこと無いんだわ。あと、食える木の実も判断がつかねぇ。薪ぐらいは拾えると思うけど、少なくとも食料の調達は厳しいと思う。せめて昼間なら何とかなると思うけど、この暗さじゃ、森に入ったら殆ど何も見えねぇし」


 ガリガリと頭を掻きながら言う俺に、サーシャが呆然とした顔を向けている。


「狩りをやったこと無いとか……平民のクセにアンタ、今まで何を食べて生きてきたのよ」


「だから、ラーメンとか。コンビニで売ってるし」


「は? もう意味わかんない。じゃあ、どうすんのよ」


「サーシャ、夜目が利くんだろ。狩りとか出来ないわけ?」


「そりゃ、幼年学校のサバイバル訓練でやったわ。狩ることも捌いて調理することも出来るけれど……はぁ――……」


 盛大に長い溜息を吐き出した後、サーシャは立ち上がった。そして嫌そうな顔を隠そうともせず、蔑むような口調で俺に言う。


「分かった。従属者サーヴァントの為に狩りをするなんて屈辱だけど、わたしだって飢えたくないし、今夜だけは分業にしてあげる。その代わり、明日はアンタが狩りをしなさいよねッ!」


「お、おう。わりぃな――じゃ、俺は薪になりそうな木を拾ってくるわ」


 不愉快だったが、喧嘩をするわけにもいかない。ここは素直に頷き、周辺に落ちている木々を拾い集めることにした。


「待ちなさい! わたしがお花を摘む場所――これだって重要なの。火に薪をくべながら、大急ぎで作りなさい」


「お花を摘む場所?」


「ええ、そうよ。レディがお花を摘む言えば、分かるでしょう?」


 サーシャがモジモジしながら、俺から目を逸らした。そう言えば、どこかで聞いたことがある表現だ。三秒ほど考えて、流石に俺もピンときた。


「あ……トイレか? そんなの、その辺でしちまえよ。茂みに隠れりゃ、誰にも見られねぇからさ」


「ア、アンタにはデリカシーってもんが無いのかしら?」


「いや、あるけどよ。だってお前、集落に向かってる時はその辺でしてたろ? 音だって聞こえてたし、今更気にすんなよ」


「あ、あ、あああ、アンタが聞いたとすれば、それはとても清涼な湧き水の音よ! 断じてわたしのオシッコじゃないんだからッ!」


「いや、オシッコとは言ってねぇだろ。お前、なに自分で墓穴掘ってんだ」


「と、とと、とにかくアンタは、わたしの為に小屋を一つ作りなさいッ! あと今後、音は絶対に聞いちゃ駄目! 今度聞いたら耳を潰すわよ、わかったわねッ!?」


 手足をバラバラに動かし、器用に地団太を踏むサーシャ。よほど恥ずかしかったのか、そのままぴゅーっと走り、闇の中へと消えていく。


「――はいはい、分かったよ」


「返事が違うッ!」


 木の影からヒョッコリ顔だけを出し、サーシャが眉を吊り上げている。


「……了解ヤー


「それでいいのよ、従属者サーヴァントなんだから。じゃ、狩りに行ってくるから、あとはよろしくね」


「……了解ヤー


 という訳で暗がりの中、薪拾いと小屋作りが始まった。

 薪拾いはともかく、大した材料も無い中で小屋を作るというのは、中々にハードルが高い。しかし実は俺、建築家の親父の影響か――そうしたモノを作るのが結構好きなのであった。

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