5
山間に魔族の集落があるということで、とりあえずはそこを目指すことにした。そこはスクアードが魔国ステリオンの領土になってから、草食系の獣人が開拓した村だという。
「要するに、ディオン国の地図には載っていない村ってわけ。今夜はそこで休みましょう。日が暮れる前に辿りつくわよ!」
えいえいおー! とばかりに右拳を突き上げるサーシャ。さっきキスをしたばかりだというのに、切り替えの早い女だ。俺なんかまだ心臓と股間がドキドキしているというのに……。
とにかく俺は周辺に目を光らせつつ、サーシャの背中を追うことにした。
「ふぅん……ファーストネームがガイってことね」
歩きながら、お互いの境遇を語り合う。というよりサーシャが俺の容姿に興味を示し、「珍しい顔よね」と言ったことが始まりだった。「平たい顔族」とか言われたら、キレちゃうところであった。
「そっちはサーシャが名前でメロウが姓なんだろ?」
「ええ、そうよ。正式にはスクアード公爵サーシャ=メロウ魔国元帥。言ってしまえば国内有数の大貴族にして軍のナンバーフォーなのだわ!」
「へえ……俺と同い年なのに、そりゃすげぇや」
「でもアンタ、高等教育を受けているんでしょう?」
「あ、高校のこと? そんなもん、誰でも行くわ」
「へぇ……教育水準が高い国なのね。平たい顔なのに……。ねね、アンタの国の貴族は、どんな風な名前なの? やっぱり領地の名前で呼ばれたりするのかしら?」
結局、平たいって言いやがった……チクショウ。
「ええとな、昔は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵ってのがあったけど、今はもう無ぇよ。一応は今も立憲君主制なんだけど……あっても勲章くらいだな」
「ふぅん、そうなんだ。実はね、我が魔国も立憲君主制なのよ。理想としては貴族の既得権益を徐々に減らし、完全に中央集権化するのが目標だけれど、これが中々進まなくってねぇ」
「――え。ていうかサーシャ自身、大貴族なんだろ? 既得権益を減らしたら、自分が損するんじゃねぇの?」
「だから、わたしは財産のほとんど全てを国庫に納めたの! 同じ貴族でも魔王派と貴族派がいるのよ! 一緒にしないで頂戴!」
「お、おう……よく分からねぇが……」
「で、議会は貴族派が抑えているからね。魔王様と云えども彼等の反対を押し切って、改革を進めるのは難しのよ。しかも今は魔王不在――その上、新魔王の選定には議会が深く関わってくるものだから……シンフォニア様も苦労されているわ」
「シンフォニア様って、誰?」
「アンタって、ほんと、何も知らないわねぇ」
「知るワケねぇだろッ!」
「……ふふふ、まあいいわ、聞いて驚きなさい。彼女こそステリオン四天王の一人にして大元帥であられせられる、第一王女。わたしが唯一絶対の忠誠を誓うお方なのよ。ああ、もう――お美しくて気高くて、ご尊顔を拝するだけでわたし、幸せになれるの」
「お前って、百合か何かなの?」
「百合ってあによ?」
「……いやまあ、何でもいいけどさ。魔都に戻って裁かれるとして――じゃあ、その人がサーシャを守ってくれるんだな?」
「まさか。シンフォニア様は公明正大なお方よ。わたしに非があるとなれば、当然容赦なんかしないわ。そして敗戦の責は、紛れもなくわたしにあるのだから――守って頂くなんておこがましいことね」
「だったら、忠誠なんて……」
「いいの――忠誠というのは、相手の温情を期待して捧げるものじゃあないわ。そんなことより――……」
「なんだよ?」
「ガイって名前は中々強そうじゃない。わたしはいいと思うわ――暗黒騎士らしいって思うから」
手を後ろに組んで振り返り、ニッコリと微笑む彼女は、とんでもなく可愛い。俺はポリポリと頭を掻きつつ、彼女の後を照れながら進んでいく。
「暗黒騎士らしくても、別に嬉しくねぇけど……」
「ねえ、ガイの国って……どこにあるの?」
「どこって、ここがどこだか分からなきゃ、答えようがねぇんだけど」
「ここはレインリア大陸の南――西へ行けばニンゲン共の国家群があって、東へ行けば我が魔国ステリオンや、魔族達の国々があるわ。北は亜人達が暮らす広大な土地が広がっている――言ってしまえば争いの絶えない大陸ね」
「分かんねぇな……少なくとも俺の知ってる大陸じゃあねぇし」
「だから、アンタの国はどこにあんのよ?」
「アジア大陸のさらに東、日本って国から来た。島国だよ」
「何それ。この世界にある五つの大陸のうち、どれでもないじゃない」
「だろうな。俺だってレインリアなんて大陸、聞いたこともねぇ。だけどお前さ、俺をここに呼んだんだから、日本のこととか……ある程度は分かってたんじゃねぇの?」
「う、ううん、全然」
銀色の髪を左右に揺らして首を振るサーシャは、バツが悪そうにしながら歩く速度を速めた。
「で、でも……いいじゃない、そんなこと」
「いや、わりとよくねぇと思うんだけど。俺、サーシャをララオーバまで送ったら、一度家に帰らせてもらおうと思ってたし」
「だ、ダメよ。せめて魔都まで護衛して」
「何でだよ。ララオーバからは汽車に乗ればいいんだろ? 護衛、別にいらなくね?」
「い、いるわよ。もしかしたら、そこで襲われるかも知れないじゃない!」
「お前、四天王は強いんだ――とか言ってなかった?」
「それは、それ! い、いいじゃないッ!」
「分かった。いいけどよ……じゃあせめて、俺をどうやって呼んだのか、その辺の仕組みだけでも教えてくれよ」
サーシャは正面を向いたまま小さく頷き、森の木々を掻き分けながら説明を始めた。
「指輪よ、指輪。従属者がどこにいようと、媒介を通せば呼ぶことが出来るの。それはどれ程の距離を隔てていたとしても、関係無いのよ。
――ただし一方で送還時には制約があって、基本的には召喚師が認識している空間にしか帰してあげることが出来ないの……」
「は? 待てお前、それって俺を送り帰せないってことじゃねぇのか!?」
「あは、あははは……! うんまあ要するに……アンタの元いた場所が、余りにもわたしの想像を超えた世界だった――ってことなんでしょうね。あは、あはは……」
「なあ、サーシャ。お前いま、笑って誤魔化そうとしていないか?」
「な、何がかしら?」
「それってつまり、俺の送還に失敗したってことだろ? ……怒らないから白状しろよ」
歩きながらサーシャを問い詰めたところ、彼女はあっけなく自分の非を認めた。
「そ、そうよ! わたし、アンタを送り帰そうとしたら、自分の上に送っちゃったのよ!
で、でもそれがどうしたっていうの! あんたわたしとキ、キキキキ、キスして契約したじゃない! それにわたし、これでも魔国の公爵にして元帥よ! アンタがこの国で生きる限り、これ以上の身元引受人なんていないわ! ほら、運が良かったわねオメデトウ!」
「何もめでたくねぇよ……はぁ。だいたい、どうしてお前が俺の身元を引き取るんだ?」
「そ、それはほら、アンタは従属者なワケだし! これからは、わたしがアンタの帰る場所ってことで。あは、あはははは……!」
腰に手を当て笑うサーシャの目は、引き攣ってヒクヒクと痙攣をしていた。
「だから、笑って誤魔化すんじゃねぇよ」
「う、うるっさいわね。そんなに帰りたきゃね、いつか必ず帰してあげるわよ。そう思ってるから、アンタが居た国のことを聞いたんじゃない。しっかり認識しようと思って! そんなことより――ほら、もう集落に着くわよ」
どうやら最初の目的地、山間の集落へは夜になる前に辿り着くことが出来たようだ。
ここは家が十数軒という小さな村で、人兎という身長一メートル程度の可愛い獣人達が暮らしているらしい。
彼等が夕飯の準備でもしているのだろうか、藁ぶき屋根から覗く煙突から、ゆっくりと白煙が上がっていた。
俺とサーシャは集落へ向かおうと、小さな林道へ足を向ける。その時だった。灰緑色の制服を着た男たちが数人、一軒の家から出てきたのは……――。
「ディオン軍ッ!」
サーシャが左腕を横に伸ばし、俺に止まれと指示を出す。視線の先には肩に突撃銃を担ぎ、飾りのあるヘルメットを被った男達が歩いていた。
確かにあれは、勇者達と一緒にいた兵士達と同じ格好だ。ということは、ここも既に制圧されているということか……。
「おい、おかしいじゃねぇか……、敵にはこの辺りの地図が無ぇんだろう?」
身を伏せ木立の中に紛れ、親指の爪を噛みながら悔しそうに眉を顰めるサーシャ。彼女は今、どうすれば良いのか必死で考えている最中に違いないのだった。
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