表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/52


 山間に魔族の集落があるということで、とりあえずはそこを目指すことにした。そこはスクアードが魔国ステリオンの領土になってから、草食系の獣人が開拓した村だという。


「要するに、ディオン国の地図には載っていない村ってわけ。今夜はそこで休みましょう。日が暮れる前に辿りつくわよ!」


 えいえいおー! とばかりに右拳を突き上げるサーシャ。さっきキスをしたばかりだというのに、切り替えの早い女だ。俺なんかまだ心臓と股間がドキドキしているというのに……。

 とにかく俺は周辺に目を光らせつつ、サーシャの背中を追うことにした。

 

「ふぅん……ファーストネームがガイってことね」


 歩きながら、お互いの境遇を語り合う。というよりサーシャが俺の容姿に興味を示し、「珍しい顔よね」と言ったことが始まりだった。「平たい顔族」とか言われたら、キレちゃうところであった。


「そっちはサーシャが名前でメロウが姓なんだろ?」


「ええ、そうよ。正式にはスクアード公爵デューク・オブ・スクアードサーシャ=メロウ魔国元帥。言ってしまえば国内有数の大貴族にして軍のナンバーフォーなのだわ!」


「へえ……俺と同い年なのに、そりゃすげぇや」


「でもアンタ、高等教育を受けているんでしょう?」


「あ、高校のこと? そんなもん、誰でも行くわ」


「へぇ……教育水準が高い国なのね。平たい顔なのに……。ねね、アンタの国の貴族は、どんな風な名前なの? やっぱり領地の名前で呼ばれたりするのかしら?」


 結局、平たいって言いやがった……チクショウ。


「ええとな、昔は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵ってのがあったけど、今はもう無ぇよ。一応は今も立憲君主制なんだけど……あっても勲章くらいだな」

 

「ふぅん、そうなんだ。実はね、我が魔国も立憲君主制なのよ。理想としては貴族の既得権益を徐々に減らし、完全に中央集権化するのが目標だけれど、これが中々進まなくってねぇ」


「――え。ていうかサーシャ自身、大貴族なんだろ? 既得権益を減らしたら、自分が損するんじゃねぇの?」


「だから、わたしは財産のほとんど全てを国庫に納めたの! 同じ貴族でも魔王派と貴族派がいるのよ! 一緒にしないで頂戴!」


「お、おう……よく分からねぇが……」


「で、議会は貴族派が抑えているからね。魔王様と云えども彼等の反対を押し切って、改革を進めるのは難しのよ。しかも今は魔王不在――その上、新魔王の選定には議会が深く関わってくるものだから……シンフォニア様も苦労されているわ」


「シンフォニア様って、誰?」


「アンタって、ほんと、何も知らないわねぇ」


「知るワケねぇだろッ!」


「……ふふふ、まあいいわ、聞いて驚きなさい。彼女こそステリオン四天王の一人にして大元帥であられせられる、第一王女(ロイヤル・ハイネス)。わたしが唯一絶対の忠誠を誓うお方なのよ。ああ、もう――お美しくて気高くて、ご尊顔を拝するだけでわたし、幸せになれるの」


「お前って、百合か何かなの?」


「百合ってあによ?」


「……いやまあ、何でもいいけどさ。魔都に戻って裁かれるとして――じゃあ、その人がサーシャを守ってくれるんだな?」


「まさか。シンフォニア様は公明正大なお方よ。わたしに非があるとなれば、当然容赦なんかしないわ。そして敗戦の責は、紛れもなくわたしにあるのだから――守って頂くなんておこがましいことね」


「だったら、忠誠なんて……」


「いいの――忠誠というのは、相手の温情を期待して捧げるものじゃあないわ。そんなことより――……」


「なんだよ?」


「ガイって名前は中々強そうじゃない。わたしはいいと思うわ――暗黒騎士ダークナイトらしいって思うから」


 手を後ろに組んで振り返り、ニッコリと微笑む彼女は、とんでもなく可愛い。俺はポリポリと頭を掻きつつ、彼女の後を照れながら進んでいく。


暗黒騎士ダークナイトらしくても、別に嬉しくねぇけど……」


「ねえ、ガイの国って……どこにあるの?」


「どこって、ここがどこだか分からなきゃ、答えようがねぇんだけど」


「ここはレインリア大陸の南――西へ行けばニンゲン共の国家群があって、東へ行けば我が魔国ステリオンや、魔族達の国々があるわ。北は亜人達が暮らす広大な土地が広がっている――言ってしまえば争いの絶えない大陸ね」


「分かんねぇな……少なくとも俺の知ってる大陸じゃあねぇし」


「だから、アンタの国はどこにあんのよ?」


「アジア大陸のさらに東、日本って国から来た。島国だよ」


「何それ。この世界にある五つの大陸のうち、どれでもないじゃない」


「だろうな。俺だってレインリアなんて大陸、聞いたこともねぇ。だけどお前さ、俺をここに呼んだんだから、日本のこととか……ある程度は分かってたんじゃねぇの?」


「う、ううん、全然」


 銀色の髪を左右に揺らして首を振るサーシャは、バツが悪そうにしながら歩く速度を速めた。


「で、でも……いいじゃない、そんなこと」


「いや、わりとよくねぇと思うんだけど。俺、サーシャをララオーバまで送ったら、一度家に帰らせてもらおうと思ってたし」


「だ、ダメよ。せめて魔都まで護衛して」


「何でだよ。ララオーバからは汽車に乗ればいいんだろ? 護衛、別にいらなくね?」


「い、いるわよ。もしかしたら、そこで襲われるかも知れないじゃない!」


「お前、四天王は強いんだ――とか言ってなかった?」


「それは、それ! い、いいじゃないッ!」


「分かった。いいけどよ……じゃあせめて、俺をどうやって呼んだのか、その辺の仕組みだけでも教えてくれよ」


 サーシャは正面を向いたまま小さく頷き、森の木々を掻き分けながら説明を始めた。


「指輪よ、指輪。従属者サーヴァントがどこにいようと、媒介を通せば呼ぶことが出来るの。それはどれ程の距離を隔てていたとしても、関係無いのよ。

 ――ただし一方で送還時には制約があって、基本的には召喚師エヴォーカーが認識している空間にしか帰してあげることが出来ないの……」


「は? 待てお前、それって俺を送り帰せないってことじゃねぇのか!?」


「あは、あははは……! うんまあ要するに……アンタの元いた場所が、余りにもわたしの想像を超えた世界だった――ってことなんでしょうね。あは、あはは……」


「なあ、サーシャ。お前いま、笑って誤魔化そうとしていないか?」


「な、何がかしら?」


「それってつまり、俺の送還に失敗したってことだろ? ……怒らないから白状しろよ」


 歩きながらサーシャを問い詰めたところ、彼女はあっけなく自分の非を認めた。


「そ、そうよ! わたし、アンタを送り帰そうとしたら、自分の上に送っちゃったのよ!

 で、でもそれがどうしたっていうの! あんたわたしとキ、キキキキ、キスして契約したじゃない! それにわたし、これでも魔国の公爵にして元帥よ! アンタがこの国で生きる限り、これ以上の身元引受人なんていないわ! ほら、運が良かったわねオメデトウ!」


「何もめでたくねぇよ……はぁ。だいたい、どうしてお前が俺の身元を引き取るんだ?」

 

「そ、それはほら、アンタは従属者サーヴァントなワケだし! これからは、わたしがアンタの帰る場所ってことで。あは、あはははは……!」


 腰に手を当て笑うサーシャの目は、引き攣ってヒクヒクと痙攣をしていた。

 

「だから、笑って誤魔化すんじゃねぇよ」


「う、うるっさいわね。そんなに帰りたきゃね、いつか必ず帰してあげるわよ。そう思ってるから、アンタが居た国のことを聞いたんじゃない。しっかり認識しようと思って! そんなことより――ほら、もう集落に着くわよ」

 

 どうやら最初の目的地、山間の集落へは夜になる前に辿り着くことが出来たようだ。

 ここは家が十数軒という小さな村で、人兎ウェアラビットという身長一メートル程度の可愛い獣人達が暮らしているらしい。

 彼等が夕飯の準備でもしているのだろうか、藁ぶき屋根から覗く煙突から、ゆっくりと白煙が上がっていた。


 俺とサーシャは集落へ向かおうと、小さな林道へ足を向ける。その時だった。灰緑色の制服を着た男たちが数人、一軒の家から出てきたのは……――。


「ディオン軍ッ!」


 サーシャが左腕を横に伸ばし、俺に止まれと指示を出す。視線の先には肩に突撃銃アサルトライフルを担ぎ、飾りのあるヘルメットを被った男達が歩いていた。

 確かにあれは、勇者達と一緒にいた兵士達と同じ格好だ。ということは、ここも既に制圧されているということか……。

 

「おい、おかしいじゃねぇか……、敵にはこの辺りの地図が無ぇんだろう?」


 身を伏せ木立の中に紛れ、親指の爪を噛みながら悔しそうに眉を顰めるサーシャ。彼女は今、どうすれば良いのか必死で考えている最中に違いないのだった。

面白いと感じたら、ブクマ、評価、感想など頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ