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「つまり――その指輪は契約という名の魔力で出来ていると、そういうことか?」


 サーシャの左手人差し指に嵌められた黒い指輪を指差し、俺は言った。つい先ほどまで、彼女は召喚師エヴォーカー従属者サーヴァントについて、懸命に語っていたのだ。その結果として俺が理解した事柄は、この程度の事であった。


「そうよ。だから契約を続行する為には、その内容を知らなければならないの」


 サーシャが眉根を寄せて、困ったように言う。彼女にとって契約の更新は、死活問題だった。

 何故なら今のサーシャには、部下を含めて駒と呼べる存在が俺しかいないからだ。その俺すら契約の更新が成らなければ、失うことになる。魔国ステリオンの最高幹部でありながら、散々な有様だ。

 

 そもそもサーシャが俺を日本へ帰そうとしたのも、指輪の効力を切らさない為だった。

 俺がここに居続けたら、遠からず「契約の指輪」の魔力が尽きてしまう。そうなるくらいなら一度俺を日本へ戻し、万が一危機が迫った時、もう一度だけ呼べるようにしておきたい、という判断からだったのだ。

 

 そのことを相談しなかったのは、俺に嫌われていると思っていたから――らしい。実際は嫌いどころか「カワイイなぁ」と思っているのだが、そうと気付かれるのもシャクなので、そこは黙っておいた。


「じゃあよ、契約の更新以外で、何か手は無いのか? なんていうかこのままじゃ俺も、お前を見捨てるみたいで嫌だからよ」


 どんどん色合いの薄くなっていくサーシャの指輪を見て、俺も困っていた。これが消えてしまえば、俺は強制送還だ。そうなれば、もう二度とサーシャに会えなくなる。

 これを「運命の出会い」なんて言うつもりは無いけれど、せめて彼女が無事本国へ帰るところまでは見届けてやりたかった。


「……あるけど」


 言いにくそうに、サーシャが俯いた。そして言葉を続けて紡ぐ。


「――わたしとアンタが、再契約を結べばいいのよ」


「それだ! 何でもっと早く言わねぇんだよ! 時間がねぇ、再契約だ! 急ぐぞッ!」


「あ、でも……」


「でも、何だよ!? 指輪が消えちまったら、もう二度と会えなくなるんだぞッ!」


 煮え切らないサーシャの態度に苛立ち、彼女の肩を掴んで大きく揺する俺。


「――い、痛い、止めなさいよ!」


 身を捩り、俺の腕を振り解いてサーシャはしゃがみ込んだ。


「あ、会えなくなるって……なによ。別にアンタに会いたくて呼んだわけじゃないわよ……ばか」


 サーシャの頬が、ほんのりと赤く染まっていた。この反応――もしかしてサーシャも、俺の事を好きなのでは……?

 ――などと思ってしまうのは、童貞の悪い癖だとネットに書いてあった。落ち着け、俺。


「あ、そりゃ分かってるって。ピンチだったもんな――じゃなくって再契約の話をしろよ。時間がねぇって言ってんだろ」


「わ、分かってるわよ! でも――だって――……」


 言いにくそうに俯くサーシャ。


「言えって――早く」


「あ、あのね……わ、わたし、四天王だけど敗軍の将で……だからその、財産は全部総督府にあったの。つまり今は無一文で……アンタと契約を交わすとして……あげられるモノが無いのよ。だから……」


「銀行とか、そういったところに金は?」


「お金なんて、全部寄付したわ。だってお父様の稼いだお金を、わたしが使うなんて筋が通らないもの」


「公爵なんだろ? 国から俸給とかは?」


「公爵たる名誉ある地位の者が、卑しくも国家から金銭をせびるような真似なんてしないわッ!」


 ここで一旦胸を反らし、再び俯くサーシャ。なんだか忙しい。


「――だからね、つまりアンタにあげられるものが無いのよ、わたし」


 指先で地面をグリグリと掘って、サーシャが唇を尖らせている。


「何だ、そんなことか……」


 言いながら、俺の股間はムズムズとしていた。俺の中にいる悪の大魔王が、股間に宿ったようだ。

 俺もサーシャの前にしゃがみ込み、人生初めての顎クイを決める。眉根を寄せる彼女の頬が、またまた赤く染まっていた。


「――な、何よ? 気安く触らないでくれる」


 言いながらも、俺の指に顎を乗せたままのサーシャ。

 やはり憂いに満ちた彼女の蒼い瞳を今、希望に輝かせることが出来るのは間違いなく俺だけだ。そんな勘違いが、俺に最低なセリフを口走らせた。


「金も財産もねぇなら――お前自身を対価にすればいいじゃねぇか。俺はそれで満足だぜ……フッ」


「それって……どういう意味よ?」


「分かるだろ」


「わ、分かるけど……アンタ、そんなヤツだったの?」


「ふふ、何と言われてもいい。サーシャ=メロウ。俺の彼女になれ。それで契約成立だ」


「――……は? 彼女?」


 首を傾げ、サーシャが考え込んでいる。この世界では「彼女」と言っても、意味が通じないのかも知れない。


「たまにお出かけをしたり、て、てて、手を繋いだり……」


「そ、そそそ、それって、恋人になれってこと……?」


「ま、まあ、言っちまえばそうだな」


「そんなのそんなの……わたし達まだ知り合ったばっかりよ。それにアンタは従属者サーヴァントでわたしは召喚師エヴォーカー……」


「だからなんだ」


「そ、そそそ、それだけじゃないわ。わたしは魔族でアンタはニンゲン――しかも平民じゃない」


 ゴクリ――サーシャの喉が上下に揺れた。か、かか、考えてくれているのか? 俺、もしかして異世界に彼女出来ちゃう? え、え、えぇ~~! クリスマスとかどうしようッ!?


「地位や立場の差が気になるのか?」


「そ、そりゃ、なるに決まっているわ。でも、魔国においては身分差も覆すことが出来るの……だからアンタが将来、必ず軍に入り栄達の道を進むというのなら――……」


「じゃ、じゃ、じゃあいいんだな? お、俺達、これから恋人だな? な、なら今日の所は、キ、キキキ、キスをしてくれ。そ、そそ、それだけでいいぜ……! も、もちろん軽くでいい。口がいいけど、ダメならほっぺでも……――」


 心臓がドッキンバッキンと跳ねていた。いきなりキスをしろなんてハードルが高いかも知れないが、恋人になるなら必要だ。というか、サーシャとキスがしたい。キスをしてもらいたい!


「キ、キキキキ、キスを!? きょ、きょ、きょきょきょ……今日のところはですって!?」


「すーはー」と、サーシャが深呼吸をしている。その桃色の唇が、もうすぐ俺のモノになるのかと思えば胸はドキンコ、股間も期待に膨らむってものである。


 そこでふと、我に返った。


 ――――ダメだ! 俺は今、下衆になろうとしている! でも、でもッ!

 ――――ダメだ! ダメなんだガイ! ピンチの女の子に付け入るなんて、最低だぞ。それで恋人になっても、本当に好きになって貰えるのか? そもそも俺は、サーシャのことが本当に好きだと言えるのか?


 でも、サーシャとキスがしてぇ……あはは……。

 

 脳内で理性と欲望が激しくせめぎ合う。そんな時だった。サーシャが眉を吊り上げ、俺の頬を「ぱちーん!」と張ったのは。


「な、なななな、何バカなこと言ってんのよッ!」


「い、嫌なのか?」


「嫌とか何とかってより、いきなりキ、キ、キキ、キスだなんて! アンタ頭おかしいんじゃないのッ!」


 むぅ……正直、こうまで拒絶されるとは思わなかった。けれど言ってしまった以上、なぜか俺も後には引けない。


「じゃあ、軽くでいいから……俺だってお前の為に命を張るんだぜ? そのくらいいいだろ? チュッてさ、チュッて……どうせ恋人になるんなら……キスくらいイイじゃねぇか」


 目をぐるぐるにして、俺は言った。とても情けないことを言っていた。


「か、軽くとか何!? そもそも、そこがおかしいのよッ! キ、キスって、そんなの、け、けけけけけ、結婚式の時にすることじゃない! ア、アアアアアアア、アンタわたしと結婚したいわけ? 恋人になるかどうかも決めかねているのに、いきなりプロポーズしてくるなんてッ!? 

 無理よ無理無理! アンタばかなの死ぬの!? あああああもううううううッ! でも考えなきゃねサーシャ……男の人がこうして必死でプロポーズをしてくれているわけだからしててててて……」


「え、わ、分かった。サーシャ……とりあえず軽くキスをしてくれたら契約成立ってことにしよう。恋人とか結婚とかは、いくらなんでも飛び過ぎた、ごめん……」


 ちょっともう、サーシャが何を言っているのか分からない。なので俺も、キスで手を打とうとハードルを下げることにした。もう彼女にキスして貰えるなら、ほっぺでいい、ほっぺで。

 だというのにサーシャときたら、頭を両手で抑えて発狂している。


「ア、アアアアアアア、アンタ、何それ! 軽くでもなんでもキスしたら結婚なのよ! 馬鹿言ってんじゃないわよ、わたしには無理よ無理無理、絶対に無理! 

 よく考えて、わたしは魔国の柱石として責任ある立場なの。でも、もしもアンタがわたしと同じく四天王――ううん、せめて魔将になったなら考えてあげても……だってこんなに情熱的にプロポーズしてくれるんですもの……仕方ないわよね、うん仕方ないの。ああ、じゃあ約束なさい、絶対に魔将になるって。そうしたらわたしアンタと結婚しても……」


「いやだからサーシャ、結婚じゃなくてキスだけでいいんだけど……」


「ア、アアアアアア、アンタ、それって! わ、わわわわたしの、かかかか身体だけが目当てなのねねねねねね! お、おおおおお、乙女心を――踏みにじってッ! も、もももおももも……」


 サーシャは涙目でプルプルと震え、両手をピンと伸ばしている。

 そのまま手を大きく広げ、再び閉じて——パパァァァン!


 木々の間に鋭い音が響き渡り——俺のほっぺが真っ赤に晴れ上がる。まさか、両手で挟み込むようにビンタをされるとは思わなかった。逃げ場がまるで無い。

 そしてサーシャは、こう言い放った。


「——もももも、もうアンタなんか二度と呼ばないわ! さっさと帰りなさい! さよならッ! わ、わたしを安く見ないでよねッ!」


 サーシャの詠唱する呪文に呼応して、俺の身体が淡く光る。どうやらこれは俺を強制送還させる、転移の呪文らしかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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