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まるでVRゲームのリプレイを見ているような感覚だ。視界が揺れ、回転し、上下に動く。
エルフさんの二射目も剣で斬り裂いた俺は、突進してきたザーリッシュの大剣を受け流し、返す刀で横薙ぎの斬撃を放っていた。
とはいえザーリッシュも、流石は勇者といったところ。身体を捻って俺の斬撃を躱し、流れで後ろ回し蹴りを放ってくる。これをバックステップで躱したところへ、弓矢とガトリングガンの斉射が襲い掛かって来た。
「一気に畳みかけろッ! 魔将クラスの相手だと思えッ!」
ザーリッシュが叫ぶ。
「分かってるわッ! もう、坊やだなんて思わないッ!」
エルフさんは三本の矢を同時に番え、放っていた。鏃の色は緑や赤や青だ。恐らく全て精霊石で加工してあり、どれも違った効果があるのだろう。迂闊に斬れば、どんな目に遭うか分からなかった。
だが、暗黒剣が操作する俺の身体に迷いは無い。辺りの瓦礫を蹴り上げ、それを盾にして矢と弾丸の雨を回避。
瓦礫にエルフさんの放った矢がぶつかると、小さな竜巻と爆発が巻き起こった。壊れた調度品やめくれ上がった床が飛び散り、レスタトの放った銃弾と共に中空で乱舞している。
俺はそれを目眩ましにして、側面から敵の後衛へと駆けた。
「きゃああああ! 私が何をしたって言うんですかぁ~~~! 来ないで下さぁい!」
俺の接近にいち早く気付いた、白い神官服の少女が叫ぶ。手にした杖をブンブンと振って、後ずさりしていた。
彼女を斬れば勇者パーティーは回復役を失う。となれば継戦能力が著しく下がることは明白だ。
暗黒剣が水平に走った。漆黒の刃が半月を描き、神官の少女を両断しようというところ――重戦士のレスタトが身を挺してそれを庇う。お陰でガトリングガンが真っ二つに割れ、ヤツは眉間に皺を寄せていた。
「新型の銃がッ……! 高ェんだぞッ、クソッ!」
「レスタト、お前も下がれ――鈍重なお前では、ヤツには勝てん。命は金で買えんぞ」
槍使いの糸目の男が、最大限に目を見開いた。次の瞬間、神速の槍が繰り出される。レスタトが下がり、槍使いが前へ――見事な連携だ。
しかし糸目男の槍は、その全てが空転した。見事な槍捌きを、それ以上に見事な剣捌きで暗黒剣が回避したのだ。
その時、エルフさんの放った矢が背後から迫っていた。青い鏃の矢だ。どうやら追尾機能があったらしい。
「当たれッ!」
祈りにも似たエルフさんの声が聞こえ、苦笑する。
俺は振り返り、蒼く輝く矢を掴んだ。そのまま鏃を床に突き刺し、ぐりぐりと踏み潰す。
「後ろに目でもあるのか……おぬし……」
糸目の槍使いが、古風な口調で言った。だが、会話に付き合っている暇なんて無い。
俺は槍使いから距離を取ると、今度はザーリッシュの下へ向かった。ヤツがサーシャを狙い、足を進めたからだ。
おそらくザーリッシュは、サーシャの呪文詠唱を阻止したいのだろう。そして糸目はザーリッシュの為に、俺を引き付けておきたいのだ。
だからこそ、そんな思惑に乗る訳にはいかない。何しろ俺の仕事はサーシャが呪文を完成させるまで、時間を稼ぐこと。だから誰であれ、彼女に触れさせる訳にはいかないのだ。
――という俺の思考を、ザーリッシュは読んでいた。燃えるような赤毛の勇者が、ニヤリと笑う。
「悪いな――あいつを狙えば、お前が来ると踏んでいた」
「な……に!?」
「素早いお前を倒すには、罠を仕掛けるのが一番だからな」
ザーリッシュが万全の態勢で構えている。またもスチームブレードが、青白い雷光を纏っていた。どうやらパーティーが俺を引き付けている間に、内部の機関をフル稼働させていたらしい。
ヤツはサーシャを襲うフリをして、俺の行動を制限してのけた。真っ直ぐ向かってくる俺に向け、全力の一撃を放つ為に……!
「スチームブレード――零式迅雷ッ!」
半身になって剣を引き絞り、姿勢を低くして構えるザーリッシュ。だが次の瞬間、弾かれたように剣が前へと突き出された。その先端から収束した光の束が螺旋を描いて飛び出し、俺に向かってくる。
キィィィィィイイイイン――!
耳鳴りのような音が響き、雷光を纏ったビーム状の光が俺へと迫った。これを目視出来る事にまず驚いたが、躱せる程に遅いとは思えない。何しろ相手は光だ。これ以上の速度なんて、物理的に出せる者は存在しないのだから。
俺は死を覚悟した――けれど暗黒剣は言う。
『まだまだァァ』
足を大股に開き、強引に停止。光に向かって暗黒剣を打ち下ろす。閃光を漆黒の闇が断ち割った。
ゴォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ!
俺を中心にして、光と闇が渦巻いている。それは弾かれたように直上へと抜け、雲さえ突き破って天空を穿つ槍となり……。
「な、何なんだ……ザーリッシュの攻撃を受けて……生きているだと?」
粉塵の中から俺の影を見たのだろう。掠れた声でレスタトが言う。だが、同感だ。自分自身でも、生きていることに実感が持てない。
俺の足元は大きく窪み……同心円状に瓦礫の波紋が広がっていた。
天井は跡形も無く、赤みがかった夕空が広がっている。たった一つだけ浮かんだ雲には、ドーナツのような穴が空いていた。思わず苦笑……。
「は、ははは……」
確かに俺は生きている。けれど、恐ろしい攻撃だった。
俺は周囲を見渡して、そのまま片膝を折る。剣を支えにしても、力が出ない。倒れ伏さないことだけでも、精一杯だった。
唯一の救いは身体のコントロールを取り戻したことだけれど、その代わり暗黒剣の声が聞こえない。つまりもう、俺には戦う力が残されていないということだった。
しかし、勇者も呆然としている。
「零式は力を集約して……敵を穿つ技だぞ……ありえねぇ……対竜兵装をニンゲンに使って、それでも殺せねぇだと……ばかな……暗黒騎士ってのは……これ程の化け物だってのか……?」
パーティーメンバーも首を左右に振って、「信じられない」と口々に言っていた。
そんな最中、サーシャだけが明確な意思を持って言葉を叫ぶ。
「ガイッ! 準備ができたわッ! 早くこっちへ来なさいッ!」
来なさいったって……身体が動かねぇんだよ……。
「う、うう……」
「ああもう、仕方ないわね――今回だけは特別よ! このわたしが、アンタの側に行ってあげるんだからッ!」
言うが早いかサーシャは俺の側へ駆け寄って肩を掴み、呪文の最後の一節を口にした。
「我、今この者と共に転移せん――……」
俺と共に淡い光に包まれながら、サーシャが呆然と佇む勇者達に哄笑を向ける。
「ファーハハハハ! 我が従属者たる暗黒騎士すら倒せぬ者に、このわたしを倒せるはずが無かろうッ! 思い上がるのも大概にせよッ!
我が魔国ステリオンは永遠にして不滅なる魔族達の楽園なり。ゆえに寸土たりとも、ニンゲン共にはくれてやらぬ!
いいか、この地は必ず奪還するぞッ! その時こそ、うぬ等の首を等しく並べ、勝利の美酒に酔いしれんッ!
わたしは戻ってくるッ! 覚えていろよッ、ニンゲン共めッ! ファーハハハハ……ハッ……ケホッ、ペプンッ……!」
盛大な負け惜しみを述べる、四天王のサーシャ様。
彼女は「覚えていろよ!」などと最低の捨て台詞を残した挙句、慣れない高笑いをしたせいか、咽ている。
だが……ともあれ俺は無事、サーシャの命令を果たすことが出来たのだった。