第四話【奴隷少女ミルカ】
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「――それで、当バルボス商会にどのようなご用件でしょうか?」
往来のど真ん中でバルボスに声を上げてしまった俺は、とりあえず店の中へと通された。
あまり騒ぎを大きくしたくない彼は、「ふむ……何か話があるのなら、店の中で致しましょうか」と招き入れたのだ。
パパルカさんは心配そうにしていたが、奴隷商の店に足を踏み入れただけで、俺が奴隷にされるわけではあるまい。
「……まさかとは思いますが、奴隷に同情されているのですかな? たまにいらっしゃるのですよ。あなたのような方は」
バルボスは、うんざりとした表情でそんなことを言う。
「こちらも商売ですので、調教が必要な奴隷には鞭をくれてやることも必要なのです。口を出さないでいただきたい。もちろん……あなたが奴隷を購入するというのなら話は別ですがね」
隠すことなく値踏みする視線をぶつけてくるバルボスには、正直少し腹が立った。
だけどまあ、別に奴隷商が悪というわけではない。
この世界においては、奴隷制度が禁止されているわけではないのだから。
「……奴隷って、どれぐらいの価格で売られているんですか?」
そんな質問をすると、バルボスは商人らしい狡猾な笑みを浮かべて言葉遣いを和らげた。
「そうですなぁ。奴隷にも様々な種類がございます。丈夫な戦闘用奴隷は高価になりがちですが、身の回りの世話をさせる奴隷などは比較的安価で販売しておりますよ。せっかくですから、店で扱っている奴隷を見ていかれますかな?」
一文無しだとバレたらすぐさま店を追い出されてしまいそうだが、俺はどうにもさっきの奴隷少女のことが気になっていた。
たぶん、この間まで俺も死んだ魚のような目をしていたから同情しているのかもしれない。
――奴隷が詰め込まれている部屋へと足を運ぶと、バルボスがお手頃な奴隷を何人か紹介してくれた。
その中には、さっきの奴隷少女の姿もあった。
「ほほう。そちらの奴隷に興味がおありのようですな。今日仕入れたばかりの商品ですが、気に入ったのなら特別に安くお譲り致しましょう」
俺たちの会話を聞いていた少女は、消え入りそうな声で何事かをつぶやく。
「……わたしなんか……買わないほうがいいですよ」
「黙りなさい」
少女の言葉に、怒りを露わにしたバルボスはまたもや鞭を振り上げる。
「ま、待ってください。購入を検討している客の前で商品を傷つけるつもりですか?」
奴隷を『商品』と言いきるのは抵抗があったが、さすがにその言葉にはバルボスも納得したようだ。
買おうか迷っている客の前で大切な商品を蹴り飛ばすような店員は、日本だったら速攻でクビである。
まあ……購入を検討と言っても、手持ちの金がゼロなので内心はヒヤヒヤしているが。
パパルカさんの店で様々な商品を見させてもらったところ、何種類か地球製品を異世界で販売することで相当な利益が出るだろう。
なので、購入を検討しているというのもあながち嘘ではない。
「えーと、なんで君を買わないほうがいいのかな?」
こういうのは、本人の口からしっかり理由を聞いたほうがいい。
「わたしは……呪いのスキル持ちだから、周りの人が不幸に……ひっ」
少女はそこまで口にして、黙り込んでしまった。
俺には見えない角度から、バルボスが目で脅したらしい。
ガタガタと震えている姿を見ると、ここへ運ばれてくるまでにも酷い目に遭ったのだろう。
「……バルボスさん。商品の状態を把握するのは買い手として大事なことだと思うのですが、それを邪魔するのがあなたの商売方針なのですか?」
「……いえいえ、そんなことはございませんよ。どうぞ、奴隷からしっかりと話を聞いてやってください。私は扉の外で待たせていただきますので」
バルボスは少しだけ面白くなさそうな顔をしていたが、すぐさま貼り付けたような笑みを浮かべて部屋の外へ出ていった。
身の上話でも聞いて、たっぷり同情したなら買ってやれ――そう言いたげな後ろ姿だった。
奴隷を検分する狭い部屋の中には、俺と少女の二人きり。
これでやっと、落ち着いて会話ができる。
「呪いのスキル……と言ったけど、それって具体的にどんなものかな?」
「わたしは……生まれつき【災厄の種】というスキルを宿しています。わかるでしょう? 周りに不幸を撒き散らす害悪のような存在です」
災厄の種……? この世界では一般的に知られているスキルなのかな。
俺はスキル売買を発動させて、さっそく災厄の種を検索にかけてみる。
災厄の種――品切れ。
自分自身には一切影響はないが、周囲に不幸をもたらす呪われたスキル。
所持者の絶望が大きくなるほど、周りへの影響も大きくなる。
なるほど……スキルっていうのは、プラスに働くものばかりじゃないんだな。
マイナス面が目立つスキルは、おそらく呪われたスキルとして世間一般に疎まれているのだろう。
……絶望すればするほど、周囲への影響も大きくなる、か。
非常に物騒な話だが、もしかすると戦略兵器としては有用かもしれない。
絶望のどん底に落としたスキル所持者を、敵国へと送りつけることで飢饉を誘発させたりとか……いや、自分で言ってて怖くなってきた。
「わたしが暮らしていた村は、盗賊の襲撃に遭って壊滅しました。わたしのことを呪われた子だとイジメていた子たちも、忌避するような目で見ていた大人たちも……わたしのことを呪われた子なんかじゃないと優しくしてくれた両親も、全員が無惨に殺された。村の中で生き残ったのはわたしだけです」
生気のなかった少女の瞳に、わずかに感情の色が戻ってきた。
村の襲撃事件のせいで、誰かと関わるのが怖くなった少女は、独りで生きていくことを決意したそうな。
血の滲むような努力を重ねた結果、少女はどうにか迷宮を探索できるほどにまで成長した。危険も大きい仕事だが、他に取り柄もない少女が食い扶持を稼ぐには、それぐらいしか道がなかったのだという。
そんなある日、迷宮探索に単独で挑んでいる彼女を心配して、声をかけてくれた一団があった。
その一団のリーダーは、少女が災厄の種というスキルを所持していると知った上で、一緒に迷宮へ潜ろうと誘ってくれたらしい。
少女は躊躇ったが、もう一度だけ、自分のスキルに負けないように頑張ってみようと決意した。
屈強な仲間たちとなら、多少の不幸など跳ね除けられると信じて。
絶望せずに、前を向いて歩こうと。
だが――その一団はまもなく壊滅した。
リーダーは魔物に食い殺され、メンバーの大半は迷宮内で命を落としたのだ。
無傷で生還した少女は、わずかな生き残りから責任を追求されることになった。
お前のせいだ――お前さえいなければ――そう罵られた少女には、もはや言い返す気力は残っていなかった。
遺族への弁償金を払えと言われ、奴隷として売られることになっても、もはや少女にはどうでもよかったのだ。
「――わかりましたか? わたしなんて買っても、あなたが不幸になるだけです」
「……そうか」
「そうです。もう行ってください」
そう突き放すように言った少女だが、しばし迷うようにしてから、ぺこりと頭を下げた。
「あの、でも……わたしを助けてくれようとしたのは、嬉しかったです。ありがとうございました」
……うん。よし、やってみよう。
「少し話を変えようか。君はそのスキルを手放そうとはしなかったの?」
スキルの書によって会得することができるのなら、反対にスキルを取り外すみたいなことも可能なのでは? と思ったのだが、少女の話を聞く限りそれは無理そうだ。
念のための確認だったが、案の定の答えが返ってきた。
「そんなことが可能なら、とっくにやっています。もしこのスキルをどうにかできるのなら、わたしはなんだってやりますよ」
なるほどね。
体に宿ったスキルは、簡単には取り外したりできないわけだ。
……さて、と。
もし俺のスキルが他人に使用できないのなら、今から実行しようとしていることは不可能なんだろうが……。
何事も、実験は大切だ。
「ずいぶん自己紹介が遅れたけど、俺の名前はマモル。君の名前は?」
名前を知らなくても、会話はできる。
だけど親交を深めるには、名前が必要だ。
「わたしは、その……ミルカといいます。猫人族のミルカです。まさか、わたしを買うつもりなんですか!? あれほど危険性は伝えたはずですが」
いや、まあ、実験が上手くいけばミルカを購入するつもりではあるのだが、その前に買わせてほしいものがあるわけで。
「――……なあミルカ。災厄の種っていうスキルだけど、俺に――売ってくれないか?」
今日も夕方ぐらいにもう一話投稿します^^