第三話【はじまりの街ヴァレンハイム】
早めに書けたので、投稿しました~
異世界への扉があった家は、森の中にあった。
隠れ家のような洋館は外観も綺麗なもので、時々おじいちゃんが足を運んで手入れしていたに違いない。
俺は森の洋館に別れを告げて、とりあえず街道へ出るべく歩き始めた。
鬱蒼と茂る草木を踏みしめ、垂れ下がっている枝をマチェットで払いながら、ずんずんと歩く。
「へぇ……なかなかの切れ味だな」
マチェットは重心が先端部分にあるため、大きく振りかぶって打ち下ろすと、かなりの勢いで目標物を切断してくれる。
細い枝なんかは一発で、太い枝もニ、三回で断ち切れてしまうのだ。
輸入品のマチェットに満足しつつ森の中を進んでいると、ほどなくして街道に出た。
「えーと、この地図によるとあっちに街があるはずだけど……」
マチェットは鞘の中へと戻し、リュックにしまってあった水筒で水分補給をしてから街道を進む。
しばらくすると、俺の後ろからパッカパッカと蹄を打ち鳴らす音が近づいてきたため、振り返った。
馬が荷台を引いている――馬車が、ゆっくりと近づいてくる。
ああ……なんだか異世界っぽいなぁ。
とそんな光景に心を震わせていると、御者をしている人物を見てギョッとしてしまった。
その人物は、なんとも爬虫類っぽい風貌をしており、ぎりぎりホモサピエンスの枠に収まる顔立ちといえなくもないが……いや、やっぱり爬虫類ですわ。
つまりは、蜥蜴人だった。
こちらの世界では、様々な種族が文明を築いていると手紙に書かれていたし、きっとこの人も意思疎通が可能な文明人なのだろう。
爬虫類独特の縦長の瞳は少し怖いが、ここでマチェットを振り回せば大問題に発展するのは間違いない。
「こんにちは~」
とりあえず、俺はできるだけ友好的に挨拶をしてみた。
通じる……よね? 頑張って翻訳スキル!
「――ああ、こんにちは。今日はいい天気だね。あんたは旅人さんかい?」
……ホッ。言葉は通じるようだ。
声からして蜥蜴人は男の人のようだが、瞳を細め、舌をチロチロとさせている姿は、友好的な表情だと信じたい。
初めて出会う異世界人は、哺乳類から進化した種族が良かったなぁ……いや、蜥蜴人が悪いわけではないけども。
こちらを興味深そうに見ていた蜥蜴人は、柔和そうな声でこんなことを言った。
「もしヴァレンハイムまで行くのなら、一緒に乗っていくかい? 御者台はちょっと狭いけどね」
やだ~、蜥蜴人めちゃくちゃ良い人じゃないですか。
よくよく見たら縦長の瞳もチャーミング。
地図に記載されていた近くの街というのは、今言っていたヴァレンハイムのことである。
森の中を歩いて疲れていた俺は、せっかくなので乗せてもらうことにした。
よくよく考えれば不用心かもしれないが、このときの俺はまだ日本の平和な価値観が抜けていなかったのだろう。
舗装されていない街道を進む馬車はかなり揺れたが、歩くよりは楽だった。
「あんた、この辺りじゃ見ない格好をしてるね。けっこう遠くから旅してきたのかい?」
どうやら、蜥蜴人は俺の服装を見て興味を持ったようだ。馬車へ乗るかと誘ったのも、そのためかもしれない。
「ああ、自己紹介がまだだったね。おれは商人のパパルカというんだ。興味を持ったら知りたがるのは職業病みたいなもんだから、もし気を悪くしたなら許してくれよ」
「えっと、俺はマモルといいます。遠くから来たのは間違いないですね。パパルカさんはヴァレンハイムで商人をされているんですか?」
「そうだよ。扱っている商品は様々だけど、便利なものを安く仕入れて安く売るのがモットーだ。異国の物で面白そうなものがあれば買い取るから、いつでも店を訪ねてきてくれよ」
パパルカさんは、見た目はちょっと怖いがとても良い人だった。
街に到着するまでに色々と教えてもらうことができたのは、俺にとって幸運だったかもしれない。
「大きな荷台ですけど、たくさん商品を仕入れたんですね」
「まあね。本当はもっとたくさん荷物を載せたかったんだけど、このサイズの馬車だとこれが限界かな。空間収納のスキル持ちが羨ましいよ」
パパルカさんはそんなことを言った。
……やはり、この世界ではスキルというものが一般的に知られているようだ。
「変なことを言ってたら申し訳ないんですが、パパルカさんは空間収納のスキルを持っていないんですよね? 手に入れようとは思わないんですか?」
スキルというのは、先天的に所持しているものなのか? それとも後天的に会得できるものなのか?
おじいちゃんから餞別に渡された、スキルを会得する巻物みたいなものがあるのなら、後天的に会得することは可能なはずだ。
「そうだなぁ……おれがもっと大商人だったらスキルの書を購入するのもいいけど、なにぶんスキルの書は高価だからな。まあ、スキルは天から授かった才能みたいなもんだから、基本的にはあるもので頑張るしかないってことさ」
……なるほど。スキルは先天的に所持しているものだが、スキルの書を使えば俺のように会得できる……と。
「スキルの書って、そんなに高いんですか?」
「そりゃあ、迷宮でまれに発見される分しか出回らないからな。便利なものは高額な値段でもすぐさま売れてしまうし、とても手が出ないよ」
迷宮でまれに発見される貴重品……という扱いなのか。
まだ実際にスキル売買を試していないが、お金で欲しいスキルの書を購入できるとすれば、かなり有用なスキルかもしれない。
ちょっとワクワクだ。
――そうこうしているうちに、俺たちはヴァレンハイムの街に到着した。
綺麗に塗られた三角屋根は、いかにもヨーロピアンな街並みである。
これで自動車なんかが道路を走っていたら、海外旅行にでも来たのかと勘違いするかもしれない。
だが、大通りを歩く人々を観察していると、ここが異世界なのだとあらためて思い知らされた。
パパルカさんのような蜥蜴人もたくさんいるし、めちゃくちゃ厳つそうなオジサンが可愛らしい犬耳や尻尾を生やしていたりするのだ。
あれが罰ゲームではなく生来のものだとすれば、獣人というやつだろう。
「はは、ずいぶんと楽しそうだなぁ」
興奮している俺をなだめつつ、パパルカさんは馬車をゆっくりと進ませて、自分の店の前で停車させた。
「さあ、ここがおれの店だ。こうして会ったのも何かの縁。買いたい物、売りたい物があったら何でも言ってくれ」
パパルカさんの店は、様々な物を取り扱っている雑貨屋さんのような感じだった。
塩や砂糖、香辛料から、職人が作ったような工芸品から衣服まで色々と置いてある。
こっちが五百ゴールドで、ふむふむ……あっちの品物は二千ゴールドかぁ。
一文無しの俺だが、売られている商品を見れば、ある程度は貨幣価値を推測できる。
大雑把に言えば、一ゴールド=一円ぐらいかな。
わかりやすくていい。
「何か欲しいものはあったかい?」
面白そうなものはたくさんあるが、手持ちの金がゼロではどうにもできない。
「買取もやってるから、もし売りたいものがあれば言ってくれ。その腰にある剣やナイフ、衣服なんかは珍しい品物だから、高値で買い取るよ」
パパルカさんは、やはり商人というだけあって目利きができる人らしい。
鍛造技術なんかは、ひょっとすると異世界のほうが優れているかもしれないが、これらは現代技術を駆使して作られた炭素鋼の刃物だ。そこそこの価値はあると思う。
自衛のために必要だから、さすがにこれは売れないけども。
日本へ戻ったときに、売れそうなものを見繕ってこようかな。
異世界貿易で得た利益でスキルを購入するのも悪くないが……何がいいだろう?
こういうの、意外と難しいよな。
その土地や文化に合ったものを選んでこないといけないし、あまりに技術的に乖離したものを持ち込んだら、その地域の技術基盤を壊してしまいそうで怖い。
それと、おばあちゃんを探すといってもどこから手をつけるべきか。
おじいちゃんが過去に迷宮探索をしていたなら、その辺りから情報収集してみるのも悪くないかもしれない。
とまあ俺がそんなことを悶々と考えていると、パパルカさんの店の前を大きな馬車がゆっくりと通り過ぎていく。
「あれって……」
荷台には大きな檻が載せられており、檻の中には虚ろな目をした人間が鎖で繋がれていた。
「……あれは奴隷商人のバルボスだ。他人の商売に口を出すつもりはないが、あまり気持ちの良いもんじゃないな」
――奴隷。
この世界では、まだ合法なのか。
ブラック企業で働いていた頃、社員のほとんどが死んだ魚のような目をしていたが、あの奴隷たちも似たような虚ろな表情をしている。
その中でも、完全に目が死んでいる少女がいた。
獣人のようだが、耳や尻尾はだらしなくぶらんと垂れ下がっている。
もともとの器量は良いのかもしれないが、いかんせん目に生気がまったくない。
バルボスとやらの馬車が停まり、檻から出された奴隷たちが一列になって歩き始めたが、その少女は力が抜けたように地面に転んでしまった。
「あ、ぅ……」
そんな様子に怒ったバルボスは、手に持った革の鞭を大きく振り上げたではないか。
……だからといって、俺にはどうすることもできない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
できないのだが、俺は自然と制止する声を上げていた。
偽善と言われても仕方がない。
憐れみや同情は、相手に何も与えない。
しかしながら、この状況で見て見ぬ振りをできるほど、俺はまだ異世界に染まっていなかったのだ。
次回は明日の朝? ぐらいに投稿できればと思います^^